「先輩のことがずっと好きでした」
「………」


2年間の片想い。
黙々と、何の進展のない月日を経て、私は今日先輩に告白した。
先輩はきっと、私のことを知らない。
ただ、多くいるファンの一人がまた告白をしてきたな、程度にしか思っていない。
それでもよかった。
私が伝えたくて、伝えた言葉。


「……そっ、か…。ありがとな」


赤い髪を少し揺らして、丸井先輩はにこっと微笑む。
これは作り笑顔。
そして、私の次の言葉を待つ。


「…すみません。それを言いたかっただけです。忙しい中、呼び出してごめんなさい」
「……付き合ってください、とか言わねーの?」
「そんなの……無理だって分かってますから」
「へえ…。まぁ、お前のこと知らないからな」
「……はい。ただ…、」


丸井先輩の言っていることは正しい。
わざわざなんの目的もなく、「好き」とだけを言うなんて珍しいんだろう。
だけど、私だって自分の立場をわきまえてる。
丸井先輩にとっては、顔も名前も知らないただの後輩。
私がどれだけ想っていても、その気持ちは言葉や行動にしないと伝わらない。


「これからも、ずっと想い続けてもいいですか……?」


たとえ私のことを知らなくても、私は2年間丸井先輩を見てきた。
もし丸井先輩さえよければ、これからもずっと想い続けたい。
私の初恋の人だから。


「……なんで?」
「え、」


丸井先輩は、細い目で私を見つめた。
その力の抜けたような視線に、私は一瞬きょとんとしたような顔をしてしまった。
万が一断られたら、とは考えていたけど、その理由を問われるとは思わなかった。


「自分を見てくれないような奴を想い続けるなんて、辛いでしょ?」
「それは……」
「お前が手に汗握る程の思いで俺に告白しても、俺は3日もしたら忘れる。……それでも、まだ俺のこと好きって言えんの?」
「……そんなの、覚悟の上ですから」


分かってる。
丸井先輩は人気があるから、私以外にもたくさん女の子が寄ってくる。
こんなちっぽけな私のことなんて、すぐに忘れてしまう。
スカートを握る自分の手を後ろに回す。
ああ、ほんとにべたべただ。


「へえ、結構本気で俺のこと想ってくれてるんだ。お前、名前は?」
「……秋月千鶴です」
「…秋月さん、」


急に名前を呼ばれたから、私は少し身構えてしまう。
一瞬丸井先輩は優しい顔をしたかと思ったら、少し厳しい顔つきになって、


「こんな俺に、本気の恋なんて止めた方がいいぜ。俺は、誰の気持ちにも応えるつもりはないから」


そういってポケットに手をいれて私から目を逸らした。
私より少し上にある丸井先輩の目は、ふいと左を見た。


「それに、そんな気持ち向けられても……重いだけだぜ」


そう言って丸井先輩は私に背を向けて歩いて行ってしまった。

これで、私は完全に振られた。
涙くらいは出るかな、と思ったけど、出なかった。
ただ呆然と、先輩の背中を見送った。
「重い」かぁ…、結構ぐさっと心に刺さったけど……。
それでも、やっぱりまだ先輩のこと好きだよ……。

―――あれは、入学式の日。
パリパリの制服に袖を通して、どきどきしながらこれから通う立海へとバスで向かった。
が、初めてのバス通学に、時間が合わなくて遅刻しそうになった。
初日から遅刻になるなんてやばいと思い、私はかなり慌てて校門に入った。
すでに新1年生は体育館に移ったのか、誰もいない敷地内をきょろきょろと見ていると、


「おっ!お前、まさか今年入ってきた1年?」


明るいくらいの赤色の髪を揺らして、丸井先輩が声をかけてきてくれた。
私は誰でもいいから体育館の入口を教えてほしくて丸井先輩に駆け寄った。


「体育館の入口?それなら俺が連れてってやるよ」
「あ、ありがとうございます」


案内してくれると聞いて、私は安堵の息をついた。
そして先輩の隣を緊張しながら歩いた。


「ま、このくらいの時間なら平気だぜ。ウチの校長は話が長いからなー」
「……あの、先輩は入学式出ないつもりだったんですか?」
「俺?俺は、部活の居残り。ちょっと朝部活遅刻しただけで新春早々部室掃除だぜ?」


きついよなぁ、なんて他愛のない話で私の緊張を解してくれる。
そんな優しい先輩に私は少しのときめきを感じたのを覚えている。


「な、何の部活ですか?」
「テニス部。言っとくけど、ウチのテニス部は凄いぜ〜」
「あ、聞いたことあります……」
「マジ?じゃあ今度見に来いよ。俺、一応レギュラー張ってるからさ」


体育館へはすぐ着いた。
丸井先輩は近くの先生に立ち会って私を中へ入れてくれるようお願いしてくれた。
その場はなんとか丸井先輩のおかげで無事入学式を終えることができた。
私はその日から丸井先輩のことを想うようになった。
きっとこれが、初恋なんだなぁって。
だけど、


「千鶴、テニス部見に行こっ」
「え、うん……」


たくさんの人の中心に居るあなたを見て、私は一瞬で自分の気持ちを落ち着かせた。
綺麗な赤い髪をしたあなたは、それに負けない輝きを持って、テニスコートに立っていた。


「あの赤い髪の人、丸井ブン太先輩って言うんだって!かっこいいよね〜っ」
「私は部長の幸村先輩が好み〜!」
「私、柳生先輩と同じ委員会なんだけど、すっごく優しかった〜」


テニス部は私たちにとって雲の上の人。
私は元から皆みたいにはしゃぐタイプではないから、この気持ちは誰にも伝えずにおこうと思った。
そこから、私の密かな片想いが続いた。
………長かった。
でも、今回…自分の気持ちを伝えられてよかったと思ってる。
なんだかすっきりしたよ。
変に誤魔化されるより、すっぱりと断られた方がよかったのかもしれない。
まだまだ、気持ちのけじめはつけられないけれど……。


「………」


私はふらふらと教室に戻る。
荷物を机に置きっぱなしだったから取りに行くため。
まだあまりショックから立ち直れてないけど、早く気持ちを切り替えなきゃ。
そう思いながら教室に入り、自分の席の荷物を取る。


「……もう、見ない方がいいのかな」


窓側の席。
ここからはよく先輩たちが体育をしているのが見えた。
中でも丸井先輩のことは一番に見つけて、楽しそうに運動しているのを見るだけで私も幸せになった。
でも、これからはそんな目で丸井先輩を見ると迷惑がかかる。
………諦められるかなぁ。
そう考えていると、誰かの足音が聞こえた。
その足音は教室に入ってきた。


「おっ!誰かと思えば千鶴じゃん」
「……なんだ、切原か」


女友達だったらどうしようかと思った。
私は帰宅部だから、こんな時間まで残ってるのは珍しいから、絶対に理由を聞かれる。


「なんだ、はねーだろ?」
「部活、今日ないんでしょ?なんで学校に居るのよ」
「呼び出し。そういうお前は何してんの?」
「………別に、何も」


切原は多分、男友達の中で一番仲が良い。
あんな性格だからか、変に気を遣わなくても良いし、楽だから。
良い相談相手になる。


「そっか」
「……ねえ、切原」
「?なんだよ」
「切原って好きな人いる?」
「ぶっ!」


そんなに変なこと聞いてないんだけどな……。
吹き出して、少しむせてから切原は私を見た。


「な、んでそんなこと……」
「聞いてみたかったから」
「………気になんの?」
「まぁね」


切原なら何か良い事教えてくれるかも。
今の私の状況で、私が考えもしないようなこと。


「(え、まじで?千鶴が俺の好きな奴知りたいって……何これ、俺もしかして期待していいのか!?)」
「切原…?」
「あっ、な、なんでもねえ!えっと、俺は……」
「うん」
「好きな奴とかは……いねーよ」
「あ……そうなんだ」
「(もっもしかして落ち込んでる!?)」


切原に好きな人がいるとか、聞いたことないしね。
でも……他に参考できる人なんていないしなぁ。
どうしよ……。


「ま、待った!」
「?」
「俺……やっぱ、いる。いるぜ……好きな奴」
「え…?そうなの?」
「あ、ああ」


やっぱり居るみたい。
さっきは何でああ言ったのかはわからないけど、聞かないでおこう。
……なんか色々と面倒だし。


「そっか……。その人のこと、本気で好き?」
「え、あ、もちろん……」


切原は少しだけ恥ずかしそうに言った。
ああ、普段ふざけてるような人に、こんな顔させるなんてすごいな。
切原は本気でその人のこと想ってるんだろうな……。


「じゃあさ…もし、その人に告白して、振られたとしたら……諦められる?」
「?……なんだかよく分かんねーけど、俺は諦めねーな」
「そうだよね…」
「……お前、何かあったのか」


切原が聞いてくる。
……私もだよ。
諦めたくないし、諦められない。
遠くから見ているだけでも
積極的に話しかけられなくても
あの、入学式の時の笑顔が忘れられなくて。
思い出すだけで、どきどきして……。


「私ね……、本気だったんだ…」
「…?」
「やっぱり、積極的にいかないとだめだったのかな……」


多くいるファンみたいに。
毎日テニスコートに通って、黄色い声援を送って、部活後には何か差し入れをして。
そんなふうに、自分をアピールしないとだめだったのかな……。


「千鶴……、まさか、お前……告白、したのか……」


私は頷く。
そして、短く、振られたよと言った。


「………。誰、だよ」


切原がすごく怖い顔で私を見る。
それは私のことを心配してくれてるからかな……。


「………丸井先輩」


私がそう言うと、切原は目を丸くして言葉を詰まらせた。


「なっ……丸井先輩…?」
「うん…ずっと、片想いだったの」
「おま、…だって、んな素振り全然見せなかったじゃねーか…」
「……ずっと隠してたから。友達にも、誰にも言ってなかったから…」


そう言って、俯く。
なんだか急に寂しくなってきた。
思えば、私にはこんなこと相談できる女友達が居なかったな……。
皆みたいに、好きな人に積極的な行動をとることができることができない、私のちょっとした劣等感があったから…。


「……よりによって、丸井先輩かよ…っ」
「?」
「千鶴、タイミング悪いぜ……」
「……どういうこと?」
「………。丸井先輩は、」


そこで私は、衝撃の事実を知った。


切原の内容はこうだった。

1ヵ月前、丸井先輩には本気で想っていた人がいた。
その人は重い心臓病を患っている、立海の3年生の人だった。
二人が出会って一緒に居た期間こそは短かったけど、それを超えるくらい、深くお互いを想い合っていた。
その人が、
その1ヵ月前に亡くなった――――
丸井先輩は深く悲しんで、そのショックからまだ立ち直れていないということ。
どうやら、一生その人を想い続けるって決めたらしい。
そのこと、同じテニス部員の人たちは気に病んでいるところがあるが、どうすることもできずにいたこと。

………そんなことがあったんだ。


「……だから、多分…いや絶対、千鶴以外のやつが先輩に告白したって、あの人はOKしたりしねーよ…」
「そっか……そうだったんだ……」
「千鶴……だめだぜ、丸井先輩は……あの人は、まだ…」


切原は少し悲しい顔をする。
…丸井先輩の心には今もまだその人がいるんだ。
ずっと病院に居たその人の初恋は、きっと丸井先輩だったんだろうな。
切原の話によると、その時丸井先輩も同じようにその人が初恋の人だったらしい。
………私が今、丸井先輩に振られて立ち直れないのと同じなんだ。
丸井先輩も、全然立ち直れていないんだ……。
それどころか、もう傍に居ないその人のことばかりを求めているんだ……。


「………なにそれ」
「え?」
「おかしいよ……」
「おかしいって、何が…?」


その話を聞いて、私が一番初めに思ったこと。
切ない。
その人に嫉妬しているわけじゃない。
ただ、丸井先輩を可哀想な人だと思った。


「……だって、そんなに一途に人を想える人が……幸せになれないなんて」


別に幸せになれないって決まったわけじゃないけど。
優しい丸井先輩は、きっといつまでもその人の事を想い続ける。
じゃないと……自分を見失ってしまうんだと思う。


「そんなのおかしいよ…」
「千鶴……でも、先輩に忘れろとは言えねぇだろ……」
「別にそこまではしない。だから、」
「だから……?」
「丸井先輩に今必要なのは、好きという気持ちを別の人に向けることじゃない」
「……つまり?」
「悲しんでる丸井先輩を、支えてあげられる人なの。………私、頑張る」
「え、ちょっとお前……頑張るって」


切原が目を丸くして聞く。
私ね、今決めた。
丸井先輩からウザイって思われても構わない。
私が……丸井先輩の心の溝を埋めてあげたい。


「私、初めて知った。自分が……こんなに頑固だって」
「………千鶴、」


切原は、私が何を言いたいのかを分かったらしく、大きく溜息をついた。


「わかったよ。じゃあ俺も協力する。……普段自分のことあんまり言わない千鶴がここまで言うんだからな。……本気なんだろ?」
「もちろん」


私、本気で丸井先輩のことが好きです。
気持ちを受け取ってほしいとは言いません。
ただ、私を傍に居させてください。
貴方の……心を癒してあげたいんです。
今でも愛しい、私の初恋の人だから。





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