「うへへ……」


宍戸さんとデートをした日から、千鶴はますます人間としておかしくなったと思う。
朝練ではにやにやと笑ってるし、
授業中では思い出し笑いをしては先生に注意されてる。
昼休みも昼食を食べるより心ここにあらず、のようにぽーっとしている。
………これ以上あのままだと目の毒だな。
仕方なく俺は部活前に声をかけた。


「おい」
「ん?あー…若ぃ」


えへへと笑いながら俺を見上げる。
幸せそうなのは何よりだが、何故こんなにも殴りたくなるんだろう。


「そんなに昨日のデートが良かったのか?」


内容はほぼ知っているが、一応聞いておく。
本人の反応ってのも意外と気になるものだしな。


「うん……すごく楽しかったよ!」


よくぞ聞いてくれました、とでも言うように立ち上がる。


「あのね、あのね、亮先輩が私のこと可愛いって言ってくれたの!」
「へえ、良かったじゃねえか」
「うん!やっぱり若に見てもらってよかったー」
「……俺は関係ないだろ」
「そんなことないよ!私、若しか頼る人いなかったし……ほんと、助かった……」


なんかそう言われると素直に喜んでいいのか……。
俺はあの時適当にあしらってたしな……。


「あ!あとね、……なんと!亮先輩と手をつないじゃいましたー!」


豪華な効果音でも聞こえそうな勢いで千鶴は言った。
余程嬉しかったんだろう。
今でも顔が少し赤い。
知ってるよ。
良い雰囲気だったもんな。
お前も幸せそうだったし……。


「随分進展したんだな。お前と宍戸さんが手を繋げるなんて」
「でしょ!もう私、何がなんだか分かんなくって……すっごく幸せだった……」


千鶴が頬に手を添えて、どこか遠くを見る。
昨日のことを思い出しているんだろう。
まぁ、思い出したくなる気持ちも分かる。
あれは確かに立派な恋人同士のデートみたいだったからな……。
でも、


「………で、いつ告白するんだ?」
「こっこここここく!?」
「言えてねえよ。大事だろ?……デートまでしたんだ、できるだろ」


いつまでも片思いのままじゃいられねえだろ?


「でっ…できないよ!私に、告白なんて……」


うじうじとしている千鶴の頬を、俺はつねった。


「にゃ!……わかひ?」
「お前は頑張ったんだ。……俺はずっと見てたからな、保障する」
「ふえ……」
「宍戸さんのことをどのくらい想ってるかも知ってる。……だから、早く千鶴にはその想いを伝えてほしい」


そう言って頬から手を離した。


「っ若……」
「……ま、だからと言って成功するとは言えないがな」
「……っもう、」
「心配するな。惚気くらいは聞いてやるから」
「そ、それは成功してからの話でしょー!」


千鶴も元気が出たようだし、現実も見るようになった。
これで部活の時もあの人たちに絡まれなくて済む……。
………まぁ、千鶴が心配だったのは本当だったけど。
こうでもしないと、元の調子に戻らなさそうだからな、こいつは。


そして元気になった千鶴を部活に連れていくと、


「あ、景ちゃんだ」


一番にコートに居たのは跡部さん。
珍しいな。


「今日は生徒会の仕事はないのー?」
「ああ、もう終わらせた」
「ふーん。珍しいこともあるんだねえ、景ちゃんなのに」
「………」


千鶴の嫌味ともとれる言葉と、止められていた呼び方をされたにもかかわらず、何も言わない跡部さん。
……この人の調子もおかしくないか?


「ど、どうしたの景ちゃん?お腹でも痛いの?」


さすがの千鶴もおかしく思ったらしく、じっと自分の顔を見てくる跡部さんを見る。


「…………」


そして何も言わないまま、跡部さんは千鶴の額にデコピンをした。


「いたっ!な、何するのよ景ちゃん!バカー、ナルシー!」


それに対して額を押さえて対抗する千鶴。


「………こんな奴のどこがいいんだか…。やっぱり宍戸に眼科を…」


跡部さんは今でも信じられないみたいですね。
昨日はあんなに応援していたのに。
いざ現実を見ると、冷静になるみたいだ。


「?……若、今日の景ちゃんおかしくない?」
「……そうだな」
「とうとう黒子に脳を侵略されたかな……」


こいつの発想も俺はおかしいと思う。
跡部さんの主体は黒子みたいな言い方だな。
当の本人は集まってきた部員に指示を出し始めた。


「おーい、千鶴………あ、邪魔しちまったか?」
「っり、亮先輩!」


ここでやってきたのは主役の宍戸さん。
千鶴は突然のことに驚いて振り向く。


「いえ、俺はこいつとは何の関係もないので。宍戸さんどうぞ」
「ど、どうぞって……」


少し顔を赤くしている千鶴が俺を見る。
俺は視線で「やってこい」と告げる。
そのプレッシャーを感じたのか、千鶴は少し苦笑いをした。


「えっと……じゃあ、ちょっと来てくれ」
「は、はい!」


二人は部室の方に向かっていった。
……それにしても宍戸さんがわざわざ千鶴を呼ぶなんて珍しいな。
何かあったのか?
それとも、昨日のことから少し親しくなったのか?
……少し気になるが、後をつけるわけにもいかないから千鶴が帰ってくるのを待とう。

その後、10分くらいして宍戸さんがテニスコートに戻ってきた。
その時はもう、俺たちは準備運動として何週か周りを走らされていた。
そしてその5分後、千鶴も戻ってきた。
どうして二人で話をしていたのに、戻ってくる時間が違うのか。
俺はテニスをしながら疑問に思っていた。


「日吉ー」


鳳が手を振りながらやってきた。


「どうしたの?千鶴ちゃんばっかり見て」
「………別に」


鳳に話すことでもないと思い、その場はそう言って誤魔化した。
……ただ、やっぱり気になるんだ、とか言ってからかわれたけどな。
俺はお前ほどではないと思ってるが。


「それにしても、今日はあまり宍戸さんと話てないよね」
「そうみたいだな」


テニスコートに二人ともいるものの、さっき以外全然接触する様子がない。
というより、千鶴は何か考え事をしているかのように身が入っていなかった。
ぼーっと空を見ていたり、時折俯いたり。
そして極めつけは、宍戸さんの様子。
そんな千鶴を見つめては、不安そうに下を向き、わざと練習に向く。
何かあった。そう確信せざるを得なかった。





そして部活が終了した。
いつものように、部室で着替えを済ませ、門で待っている千鶴のところに行く。


「千鶴」
「………若、」


早かったね、と言うような顔をした。
そして、手を少し震えさせながら、俺の服を掴み、


「亮先輩、が………」
「…?」


その声はすごく小さかった。


「私、亮先輩にっ……」


俺の服を掴む千鶴の手に、一つ二つと雫がこぼれる。
俺は驚いて何も言えずにいた。


「す、好きって言われた………っ!」


嬉し涙と思われるそれは、大粒として頬に落ち、
その頬は、綺麗な夕色に染まっていた。


「……宍戸さんが、告白…っ?」


俺は衝撃的すぎて、しばらく声が出なかった。
そうか、だからあんなに二人とも様子がぎこちなかったのか。
それにしても……千鶴なら飛んで喜ぶと思ったのに。
どうしてこんなに女々しいんだ……。
正直言って、千鶴のこんな姿は初めて見た。


「うん……だけど、私…すぐ答えることができなくて……」


千鶴は言った。
あの時宍戸さんに呼ばれて、少しぎこちない様子で告白をされたと。
だが、嬉しいのと突然の驚きで返事をできずにいると、宍戸さんが困った顔をして、

「まぁ、突然言われて答えられることじゃねえよな……。今じゃなくていい。だけど、明日には……答え、欲しい」

そう言ったらしい。


「私っ嬉しくって……ど、どうしよう……」


千鶴の手はまだ震えている。
そうか……そうだよな。
宍戸さんの前で緊張して言葉がろくに喋られないのも、
緊張に負けてデートを誘えなくて悔しがっていたのも、 
デートの日に40分もかけて服を選ぶのも、
手を繋ぐことができてあんなに喜んでいたのも、
全部。全部全部。
宍戸さんが本気で好きだからだもんな……。
千鶴、
だったら……お前の出す答えは一つだろ?


「どうするかなんて、もう決まってるだろ」
「……っう…」
「お前は、宍戸さんが本当に好きなんだろ?」
「っひく……うん」
「だったら、お前の正直な気持ちを伝えろ」
「……私の…」
「ああ。今まで頑張ってきたことが、お前の夢が、現実になるんだ」


自分でもよくこんな優しい言葉が出てくると思う。
今まで苦労してきて、ようやく……千鶴が幸せになれる。
俺も嬉しいんだ。


「……ほら、涙を拭け。今見せるのはそんな表情じゃないだろ?」


お前にはもっと、いい顔がある。
見てるだけでこっちまで悩み事なんかどうでもいいと思えてしまうような、笑顔。
誰でも惹きつける、愛嬌ある笑顔。


「うう……」


千鶴はハンカチを受け取り、涙を拭いた。


「……え、へへ、」


そして、まだ目は赤いが、いつものように笑って見せた。
それにつられるように俺も笑う。


「………良かったな、千鶴」
「うん……」


頭を撫でると、千鶴は目を細めて再び笑った。


「……明日、返事はするんだろ?」
「うん。……明日の、朝部活の時に…」
「そうか……ちゃんとはっきり言えよ?宍戸さんも緊張してお前に言ったんだからな」
「…わかってる。亮先輩みたいに、自分の気持ちちゃんと伝える」


そう言った千鶴の目に迷いや緊張はもうなかった。
そんな千鶴だから…俺も今まで夢中になって応援してこれたんだと思う。

そして明日、
一つの恋が実るんだ。





次の日。
千鶴の家に迎えに行くと、千鶴は相変わらずの笑顔で出てきた。


「おはよーっ若!」
「…どうやら元気になったようだな」
「もちろん!いつまでも弱気になってちゃいけないもんね!」
「そうか。腫れた目で宍戸さんに会うわけにはいかないからな」
「もう……私そんなに泣いてないよ」


そういつもみたいに他愛のない話をして学校に向かった。
少しでも千鶴に緊張を感じさせない為に、
俺もいつも以上、会話を繋げていった。
そして、


「……亮先輩、もういるかな」
「いるんじゃないか?あの人はいつも早いし」
「そっか……じゃあ私、探してくる」
「ああ、先輩達は俺がなんとか言っておくから、安心して行ってこい」
「うん……!」


千鶴は宍戸さんを探しに、テニスコートへ駆けていった。
俺も千鶴の健闘を祈るかのようにその後ろ姿をじっと見ていた。
………そして俺の後ろには、


「やっほー日吉ー!」
「なにしとるん?こんな所に突っ立って」
「早く来るのはいいけど、コートに行かなきゃ意味ねーぜ?」
「………(うるさい人たちだ)」


千鶴と入れ替えに、この3人が現れた。
一番面倒なメンツだ……。
しかも芥川さんは起きてるし。


「なんでもありません」


とりあえずそう言って、早歩きでコートに向かう。
すると、


「日吉ーーーー!」
「(こいつが一番るうさい)」


鳳が走りながらこっちに来た。
名前を呼びながら走るのは止めろって言ってるんだが。


「大変だよ!千鶴ちゃんが宍戸さんに話があるって言って……」


そこで俺は慌てて鳳の口を抑えた。
くそ、こいつ宍戸さんの傍に居たな……!


「話?……って、まさか……」
「もごふがぐが!!」


こ、こいつ俺が口を塞いでるのに喋りやがった……!


「そーか。千鶴ちゃんが宍戸をねえ……」


さっきの鳳の言葉で何かを悟ったのか、忍足さんがにやにやしだす。
気持ち悪いからやめてほしいんだが。


「おいお前ら、着替えもしないで何やってる」


ここで跡部さんまでやってきた。
ああもう……俺だけでは手に負えないメンバーだ。
だが、千鶴の為……。
仕方ないから、俺も頑張ろう。


「………」


訝しげに俺たちを見る跡部さん。
この人だけには知られたくない……。
かなり面倒だ。


「もがっ!」
「…………鳳と日吉は何やってんだ?」
「聞かないでください」


俺だってこの状態は嫌だ。
だが、こうでもしないとこいつは喋りかねない。


「いや、実はなぁ…「それより跡部さん、今日の練習内容はなんですか?」
「あ?今日は……そうだな、適当にペアでも組んで打つか」
「い、いいですね」


何とか忍足さんが話出そうとするのを防いだ。
だが、周りに居るのは鳳と忍足さんだけじゃない。


「千鶴がさー「跡部さん、今日の昼休み、テニスコート使ってもいいですか?」
「別に構わねーぜ?……つか、昼はいつも自由だから許可なんていらないんだがな」
「そ、そうでしたね」


向日さん……少しは黙ってて欲しいです。
少し面白がってるのがタチが悪い。


「宍戸をー「跡部さん!放課後俺とテニスで勝負してくれませんか?」
「……いいけど、さっきからどうしたんだ?日吉」


何故今日に限って芥川さんは起きてるんだほんとに……!
大体俺はそう会話が得意というわけでもないのに……こういうのは苦手だ。


「やからー、千鶴ちゃんが宍戸をー「忍足さんいい加減に止めてください」
「い、いきなりきつくなってないか?」


おっとつい本音が。
……これが俺の限界か。


「なんなんだよさっきから。俺様に何か隠してんのか?あーん?」


とうとう跡部さんが怒ってしまった。
はぁ……しょうがない。
今更だが鳳の口から手を離す。


「ぷはーっ!酷いよ日吉!途中から酸素が回ってこなかったんだから!」
「ああ、悪かったな」


鳳は大きく深呼吸をする。


「で、何があった?」
「えっと、千鶴ちゃんが宍戸さんに話があるって言って、二人でどこか行っちゃったんです」
「何!?」


跡部さんが驚きのあまり無意味なインサイトポーズをとる。
俺は溜息をついた。


「まさか……いや、俺のインサイトに間違いはねえ!これは……告白だな!!」


なんだか跡部さんが燃えている。
そんなに従兄妹の千鶴が心配なんだろうか。


「はぁ……その通りですよ。だけど、あまり騒ぎ立てないでください。一応俺達は知らないっていうことになってるんですから」
「それもそうやなぁ……今までずっと知ってて、しかもデートは後をつけてましたーなんて言ったら絶交されそうや」
「……もう少ししたら帰ってくると思いますが、あまり変なこと言い出さないでくださいね」
「でもさー、日吉は別でしょ?ずっと千鶴ちゃんの恋応援してたもんねー」


芥川さんが笑いながら言う。


「お、俺はそんな……特別関係ないですよ」


本当はもっと他に知ってるだろ、と少し問い詰められそうになったが、時間の関係で部室に向かうことになった。


「いいかお前ら、あいつらをからかったりすんじゃねーぞ。惚気られても困るからな」
「了解やー」


先輩たちは先に歩いて行った。


「………はぁ、疲れた」
「日吉も色々と大変なんだね」
「お前のせいもあるけどな」
「あはは、そう?」


悪気がないから俺もあまり責めたりしないが……どっと疲れた。


「それにしても、跡部さんは千鶴のことになると性格が変わるな」
「え?」
「普段はどうでもいいとか言って千鶴を虐めてるのに。……よくわからない人だ」
「(日吉も人の事言えないと思うな)」


鳳が変な……微笑ましいように目を細めてみてきたが、気味が悪かったから無視した。
今頃、あの二人はどうなってるのか……。





千鶴side


「亮先輩……その、話があるんですけど」
「………分かった」


鳳くんの傍に亮先輩が居た。
本当は話しかけようか迷ったけど、早くこの想いを伝えたくて思わず駆け寄った。
亮先輩は優しく笑って、私をテニスコートから離れた場所へと連れてってくれた。


「………答え、聞かせてくれるんだよな」
「はい……」


私たちは向き合う。
や、やっぱり面と向かうと緊張するな……。
それは亮先輩も同じみたいで、頻繁に髪をくしゃくしゃっと触っていた。
昨日、亮先輩が一生懸命言葉を繋げて言ってくれた言葉。

「俺……今までずっと、お前に言えなかったことがあったんだ」
「お前の事……好きだ」


顔を少し赤くして、それでも私と目を合わせてくれた。
気持ちが本当のものだと伝える為に。
それが……本当に心に響いて、嬉しかった。
だから私も、亮先輩みたいに。


「私も、亮先輩の事が好きです。……大好きです」


言うと、亮先輩は目を丸くして私を見た。


「……まじ、かよ…」


私が頷くと、嬉しそうに笑ってくれた。
私が一目惚れしてしまった、くしゃっと笑った顔を私に向けてくれた。


「っしゃあ!…っまじで嬉しい……!」
「きゃっ!り、亮先輩っ」


亮先輩は興奮からか、私に抱きついてきた。
私と亮先輩とは頭一つ分くらい身長差がある。
一方的に抱き締められる形だから、私の頭は今亮先輩の胸にある状況で……。
亮先輩の鼓動がとても近くに感じ、その鼓動の速さは私と同じくらいだった。
……もしかしたら、私の鼓動の速さもこんな風に亮先輩に伝わってるのかな…?


「まさか……本当に、こんな返事が聞けるなんて思ってなかった……」
「っえ…?」
「情けねーけど、ずっと…俺の片思いだって思ってたんだ」


亮先輩の声が耳元で聞こえる。
それに更にどきどきしながら、私も亮先輩を抱き締め返した。


「……亮先輩、も?」
「え、……も、って…」
「私も、ずっと……片思いだって、思ってて……す、すごく緊張してたんですよ…?」


初めの頃は緊張しすぎて日本語を話せているのか不安になった。
でも、亮先輩は新しくマネージャーになった私を気遣ってくれた。
優しく、色々と教えてくれて。
それでもまだ……先輩と後輩という関係だった。


「千鶴も……」
「はい……でも、亮先輩にとって、私はただの後輩なんだろうなって……思ってて、」
「そんな……っ俺は、女のこと名前で呼ぶの、お前くらいだし…は、初めてだったんだよ、誰かと居て胸がどきどきしたのなんて…」


亮先輩は少し早口で私に言ってくれた。
その言葉一つ一つが嬉しくって。
ああ……また涙が出てきそう。
でもそれだとまた迷惑をかけちゃうから。


「私……嬉しい」


ぎゅっと亮先輩に抱きつく。
今までずっと……好きな人とこうしたかったんだなぁ、って感じた。
こんなに幸せな気持ちになれるなんて、知らなかった。


「千鶴………」
「私、本当に亮先輩が好き……です。今までも、これからも……っ」
「っ……!」
「?……亮先輩?」
「……か、可愛すぎるんだよ…」


亮先輩が真っ赤な顔をして言うから、私まで顔が赤くなるのが分かった。
頬が熱を帯びているのが、触らなくても分かる。


「えへへ……だって、今本当に幸せだから……」


私がそう言うと、亮先輩は少し顔を近づけて、


「俺も、千鶴が好きだ。……千鶴が思ってるよりずっと、な」
「っ!」


私は思わず言葉に詰まった。
まさか、こんなに嬉しい事を言ってくれるなんて。
幸せ過ぎておかしくなっちゃいそうだよ……。


「わ、……私だって、亮先輩に負けてませんっ」


少し強く言うと、


「はははっ、この勝負は引き分けかもな」


亮先輩はまた笑った。
私も同じように笑って、
二人でもう一度、好きと囁いた。





日吉side


朝部活が終了する頃になると、今度は二人一緒に帰ってきた。
雰囲気からして、もう二人がくっついたのは分かった。
それは他の皆も同じようで、


「宍戸、お前なに部活サボってんだよ」
「わりーわりー。……ちょっとな、」
「………。千鶴、お前もだ」
「ご、ごめん…」


跡部さんが強く言うと、二人は少しよそよそしいとも取れる態度で答えた。
それに跡部さんは怒っているのか喜んでいるのか、


「あーん?何か言いたいことがあるんだったら言えよ!」
「跡部、それはただの八つ当たりや」


この人はだめだ。
どうしてもこの二人の事となるといつもの調子をなくしてしまうらしい。


「今まで何してたのー?」


本当は気付いているのに、芥川さんは誘導尋問のように聞いた。
にこにこと、悪気のなさそうな笑顔だったから二人も少し安堵の息をついて、


「ちょ、ちょっと二人で話を……な」
「あ、はは……」


もうばれているのにいい加減気が付け。
二人ともそんなに顔が赤いくせに……。
向日さんと跡部さんはいらついている。


「あーん?何二人して顔赤らめてんだよ。もしかして、付き合ってんのか?」


結構直球に聞く跡部さんに俺は驚いたが、この二人の様子だと逆にその方がいいのかもしれない。
どちらも自分から話せないタイプだろうし。


「ま、まあ……そうなる…な」
「えへへ…そうです」
「よかったーっ!二人とも恋が実ったんですね!」


その言葉を聞くと、鳳は飛んで喜んだ。
まるで二人の気持ちを分かっていたという発言だが、二人は今気持ちが高ぶっているのか、気にしていない。


「お、マジかよー!宍戸のくせにー」
「なんだよ…」
「岳人、すねんなや」
「すねてねーよ。ただ、あんだけ進歩しなかった二人が……もがっ!」


ここで忍足さんが空気を読んで向日さんの口を塞いだ。
向日さんには自覚がなかったのか、少し意味がわからないという感じに抵抗していた。


「?なにやってんだよ」
「な、なんもあらへんよ?それより、二人ともおめでとさん」


いつものように笑顔を浮かべ言う忍足さん。
おめでとうの言葉に更に顔を赤らめる二人。


「うんうん、おめでとう!」
「おめでとうございます」


芥川さんと鳳も続けて言った。
二人も照れくさそうにありがとうと言う。
とても幸せそうだ。


「千鶴、よかったな」
「うん……若、今までありがとうね」


宍戸さんに聞こえないくらいの声の大きさで告げる。
俺はそれだけで十分だ。
千鶴の笑顔を見れただけで……これまで協力をしてきてよかった、と思える。
今はまだ皆からからかわれたり、注目を浴びるだろうけど。
きっと千鶴なら大丈夫。
……俺もその時はまた相談に乗ってやるから。

だから、俺に苦労をかけた分、
幸せでいてくれよ。





ようやくこの日が
(恋が叶ったあいつの笑顔は、いつもよりずっと輝いて見えた)

End.