そして、千鶴と宍戸さんがデートをする日になった。
集合時間は9時。
今は7時。
何故か千鶴が俺の家にやってきた。


「お、おお…おはよう、若」
「……お前何しに来たんだよ」


バッグやら風呂敷やらを5個ほど持って千鶴は玄関の前に立っていた。
かなり不審だ。


「き、今日はいよいよ亮先輩とデートだから……」
「ああ。そうだな」
「で……でも、私こういうこと初めてだから、どんな服着て行けばいいのか分からなくて……!」
「……それで?」
「若に見てもらおうと思って!」
「迷惑だ」
「そんな事言わずに!」


俺が止めたのにもかかわらず、千鶴は無断で家に押し入った。
そうして俺の部屋まで来て、バッグから服を取りだす。
勝手に俺のベッドに広げやがって……。
これって不法侵入だよな?


「り、亮先輩はどんなのが好きなのかな……」


一人呟きながらフリルのついたスカートや、短すぎるんじゃないかと思うズボンを見てる。


「……そんなこと、跡部さんにでも聞けばいいだろ」
「嫌だっ!景ちゃんなんかに話したら、私の人生が終わる!」


そんなに嫌なのか。
……まぁ、二人の後をつけてみようなんて無理矢理実行する人だ。
嫌がらせされるというのも分かる。


「よーし、とりあえずこれ着てみる!若、外出てて!」
「ここ俺の部屋なんだが」
「…あ、もしかして、私の着替えが見たi「ミジンコ程の興味もないな」
「それはそれで心が痛む!」


言いながらも俺は部屋から出た。
そして5分。


「いいよー」
「………」


俺は無言で入る。


「どう?」
「………なんか、妙に気合いが入りすぎてる感じがするな」
「あ、分かっちゃう?」


とりあえず女の子らしく、フリルとレースのついた白いスカート。
清楚な感じを出すためか、長さは膝の上という控えめな丈。
上はスカートに合うように少し明るめのシャツを重ね着している。


「……それに、普段のお前から女らしさは感じない。もうちょっとラフでいいんじゃないか?」
「なっ……亮先輩はそう思ってないかもしれないし……」
「そういえば前、宍戸さんはボーイッシュな感じが好きだって言ってたな」
「それを早く言ってよ!!」


千鶴は素早く俺を追い出し、もう一度服を選び直すようだ。
10分後。


「いいよ!」


再び千鶴の声がして、部屋に入る。
そして千鶴の姿を見て、


「………」


思わず無言になってしまった。


「……ねぇ、どう?何も言えなくなるくらい変?」
「い、いや……そうじゃなくて……」


千鶴が近くるのを無意識に仰け反ってしまう。
さっきの服装は千鶴が張り切りすぎてるような気がしたから何とも思わなかったけど、今回はなんか違う。
千鶴に合いすぎていて、困る。
少し丈は短いが、ところどころカラフルな柄のあるズボン。
上はチェック柄の七分袖の上着を着て、中はレースのついたキャミソールみたいなものなのだろうか?細かいところで女らしさを出している。
思わず見ていると、千鶴が困ったような顔で俺を見てくるので、何でもいいから言葉を探した。


「……ろ、露出しすぎじゃないのか…?」


見たままのことしか言えない自分に少し苛々した。
だが、仕方ない。
俺だって最近になって千鶴の私服を見たのは数回しかないんだから。


「大丈夫!マフラーとかも用意してあるし、寒さ対策はばっちりだよ!」


無邪気な笑顔を浮かべてマフラーを俺に見せる。
その間に俺もなんとか落ち着きを取り戻した。
………というか俺がどきどきしてるのおかしいだろ。


「もしかして、若はこういうのが好き?」
「お、俺のことはいいだろ。……で、ちゃんと靴は履いていくんだろうな」
「へ?」
「今日は遊園地だろ?歩いたりするんだから、ヒールとかは止めろよ」
「もー、若ったら本当に過保護なんだからー」
「潰す」
「ぎゃー!たった3文字なのにすごい殺気!じょ、冗談だってーー!」


俺だって冗談だ。
だが、確かにこいつのことは心配になる。
放っておくと人外のような言動をするからな。
そんな奴と俺が知り合いだと知られたら困る。


「ちゃーんと分かってるから!スニーカー履いていくし、ハンカチと鼻かみも持ったし、お金は必要な分だけ、転んでも対処できるように消毒液と絆創膏もほら!」
「………遠足じゃないんだが」


それでも準備しておいて損はない。
その後はチケットの確認もさせて、家に帰らせた。
時間は7時40分……。
結構かかったような気もするが、これで俺も少し楽になった。
千鶴が出て行ってから10分後、跡部さんから連絡が来た。


『二人の集合は駅前に9時だったな。俺たちはその30分前にその場所に着くようにする。遅れるなよ』


30分前というのは、お互い初デートで早めにくるだろうというのを見越したことだ。
俺も適当に準備をして、少し辺りを気にしながら駅に向かった。


「よし、来たな」


俺が行くと、既に跡部さんと忍足さんと鳳が居た。


「早いやん。やっぱ、千鶴ちゃんのことになると日吉も心配性なんやなー」
「仕方ないですよ。大事な幼馴染なんですから。ね、日吉」
「………放っておいてくれ」


どうしてこうなったのか今でも疑問だ。
千鶴と宍戸さんにも注意を払いながら、こっちのメンバーにも気をつけないといけないなんて。


「まだあいつらは来てねぇな」


跡部さんが駅前を見渡す。
確かに、二人の姿はどこにもいない。


「こっちもまだ二人着いてへんで〜。あの子らルーズやもんなぁ」


いつものことだ。
俺も予想していたこと。


「はは、そうですね。……あ、来ましたよ」


鳳が何かに気付いたように跡部さんに報告する。
どうやら、千鶴が来たらしい。


「……おっ、千鶴ちゃんらしい恰好やなー。うん、あれやとスラーッとした脚もよう見えて、宍戸も嬉しいやろな」


そんなことで嬉しがるのは貴方だけです。
というか初めに見る所がそこですか。


「へえ。千鶴ちゃん、ああいう格好するんだ」
「ふん、千鶴にしては珍しく自分らしいの選んだじゃねぇか」


メンバーの言葉を聞いて、少し安心する自分がいる。
どうやら、皆も俺の考えと同じようだ。
すると、遠くから声が聞こえた。


「おーーーい!遅くなって悪ぃー!ジローがまだ寝ててよー」
「静かにしぃ、岳人。もう千鶴ちゃん居てんねんで」
「あ、マジかよ。……聞こえてねぇよな?」


向日さんが恐る恐る千鶴を覗き込む。
どうやら緊張していて気付いていないようだ。


「ふぃー、よかったぜ……。にしても、千鶴の私服初めて見たなー」
「可愛いCー!千鶴ちゃんって感じがするね」


芥川さんも走って目が覚めたのか、向日さんの隣で千鶴を見ていた。


「だな。あれなら宍戸に合うな。宍戸が女の子らしいやつ連れてると違和感あるし」


向日さんが笑いながら言う。
……まぁ、俺もあえて否定はしないが。


「おい、静かにしろ。そろそろ宍戸が来るころだ」


人数が多くなったせいか、跡部さんが俺たちにそう言ってきた。


「……なんか、跡部が一番真剣そうじゃね?」
「だねえ。やっぱ、心配なんじゃない?親戚の千鶴ちゃんが」
「かもしれませんね。あれで、結構大切にしてますから」


跡部さんに聞こえないよう、向日さん、芥川さん、鳳が呟いた。


「悪いーー!遅れたか?」

「「「(来たっ!)」」」


宍戸さんの登場で俺たちは一斉に目を向けた。
周りから見たらかなり不自然だろうが、気にしないでおこう。


「い、いいえっ!私も今来たところです!」

「(嘘だCー。10分待ってたよね)」
「(そういう嘘が奥ゆかしいんやん。可愛えなー)」

「そうか?それなら良かったー……」


会話があまり続かない。
二人とも私服姿だから、印象が違うんだろうな。
顔を赤くしてお互いをちらちら見ている光景がほぼ日常化してきた。


「(照れすぎだろ、お互い)」
「(ええやん、青春やー)」
「(つーか、早く次に移れよ)」
「(あの二人には難しいと思いますよ、跡部さん)」


この人たちは静かに見守れないのか。


「……は、初めて見たな、私服」
「そ、そうですか?……恥ずかしいです」


千鶴が少し顔を俯かせる。
普段の千鶴からは本当に考えられない。
これを俺たちが見ていると知ったら、千鶴はどうなるだろうな。


「その……か、可愛いぜ」
「ほ、本当ですか?……えへへ、選んだ甲斐がありました」
「…選んだのか?」
「それはもう、40分程………っあ!い、今のなしですっ!」


千鶴は口を抑えて宍戸さんに言った。
すると宍戸さんは笑って、


「ははっ、なんか嬉しいな」
「え……」
「その格好、俺すげえ好きだぜ」
「っ……」

「(宍戸のくせにかっこいいこと言ってる!)」
「(まーまーがっくん落ち着いて)」
「(ふん、やればできるじゃねえか)」


今のは俺も驚いた。
少し緊張の糸が解けたのか、宍戸さんの表情は柔らかくなって、


「じゃあ、行こうぜ。…えーっと、あそこから乗ればいいんだな?」
「は、はい……」


逆に千鶴の心境が心配になったが、嬉しい事には変わりはないんだろう。


「よし、つけるぞ」
「なんだかどきどきするCー」
「ジロー、他人の恋を面白がったらあかんよー」
「そう言う侑士もだろ!」
「早く行きますよ」


この人たちと居たら見失ってしまいそうだ。
先導する跡部さんについていくと、無駄に長い車に乗らされた。
その後はなんだか広い場所に出て、しばらくしてそこがヘリポートだと知った。
跡部さん以外が唖然としていると、


「あーん?俺様が電車に乗るわけねーだろ?」


と当たり前のことを聞くなとでも言うかのように言った。


結局3人用のヘリコプター2台で移動した。
一緒に乗り込んだ芥川さんは完全に覚醒していて少しうるさかった。
跡部さんは何かマイクみたいなのを使って誰かと連絡を取り合っていた。
大袈裟すぎて溜息が出てくる。


「着いたーーーっ!」


ヘリコプターは無事遊園地の近くにある広場に着陸し、向日さんが飛び降りながら叫ぶ。


「やけど、これやったらあの二人見失うんちゃう?」


正論だ。
俺も疑問に思っていた。


「あーん?んな心配必要ねえよ。さっき、ここの遊園地の管理人に連絡して、あの二人がどこに居るのか知らせるように言ってある」
「……なんだか、凄いですね」


鳳も苦笑いをした。
俺はもう溜息すら出ない。
あの連絡の取り合いはそんなことをしていたのか。


「お、来たな」


跡部さんの携帯が鳴った。
居場所が分かったんだろう。


「………ああ、分かった。………へえ、そこまでしてくれたのか。御苦労だな」


相手は管理人だろ?
かなり偉そうだ。
……………ああ、これが普通か。


「どうやった?」
「今入場を済ませたみたいだ。で、遊園地の係員がお勧めのルートを教えたから、その通りに行けば見失う心配もねえだろ」
「おいおい、そこまでしてくれんのかよ」
「ああ。……じゃあ早速向かうぞ」


俺たちは急いで入場をしようとする。
跡部さんは顔パスで通してくれた。
俺たちもそれに続く。
……結局、この1枚の割引券も無駄になってしまったわけだ。


「これですね。お勧めルートが書いてある地図は」
「へー。結構いろいろあるんだな」
「えーっとまずは………軽い乗り物からだC」


初めは乗り物に慣れる為と、会話もしやすい軽い乗物から。
メリーゴーランドや、コーヒーカップ、ゴーカートのようなものだ。


「流石にこれには乗らんやろ、あの二人」
「いや、千鶴は結構好きですよ。こういう乗り物」
「ほんまか」


忍足さんが意外そうな顔をする。


「はい。よく遊園地のPRを見ては、コーヒーカップに乗りたいって言ってました」
「へー。子供らしくて可愛えなあ」
「ただ好みがガキなだけだろ」


跡部さんが先頭をきって歩きだしたので、俺たちも会話を止めてついていった。





「お、日吉の予想通りだなー」


向日さんが遠くを見て呟く。
そこには確かに千鶴と宍戸さんが向かい合ってコーヒーカップの中に居た。


「………でも、回してませんね」


コーヒーカップの醍醐味、真ん中のハンドルを回して……というのを二人はやっていない。
千鶴なら張り切って、嫌がらせかと思わせるくらい回しそうだが、宍戸さんと向かい合っているせいか、何もしていない。
対する宍戸さんも、乗ったのはいいものの千鶴が回転に強いのか分からず止まっている。
それくらいどうするか決めておけよ。


「つか、宍戸がカップに乗ってんの、なんかおもしれー」
「向日さん、宍戸さんに怒られますよ」
「そうやで。二人は真剣なんやし」
「ぶー」


向日さんが膨れていると、ついに行動を起こした。
………二人同時に。


「あ、」


二人がハンドルに触れようとした手は、お互いに触れてしまい、思わず引っ込めた。


「………ったく、苛々する奴らだな」


跡部さんが呟く。全く同感だ。
その後は結局宍戸さんが回していたが、やはり千鶴に気を遣ってか、控えめに回していた。
千鶴は少し心地よさそうだったが。
もうなんだか、無理矢理回してやりたい気分になった。


「うーっ……見てると、乗りたくなってくるぜ」
「………俺は直視できません」


コーヒーカップを降りた二人は、ルートに従ってジェットコースターといった絶叫系のコースに来た。
これには二人とも乗り気らしく、次々と乗っていった。
時間が進むとともに、二人の照れもなくなり、距離も近くなった。
俺たちは乗り物には乗らずに、二人を見ているだけ。
それが向日さんにとっては不満であり、鳳にとっては苦痛みたいだ。
回るのが多いから目でも回したか?


「大丈夫ー?そろそろお昼の時間なんだけどね」
「二人も腹減ってるやろ。楽しんでるしな」
「あいつらが昼飯にしたら、俺たちも食べるか」
「さんせー!」


案の定、二人が6個目のジェットコースターから降りたあと、近くにあった屋台に向かった。


「……レストランで食べないのか」
「あの二人にそんな金ねーだろ」
「初デートには屋台が丁度ええねん」


様々意見が飛び交う中、跡部さんがレストランを希望したのと、中から見やすいという理由で俺たちはレストランに入った。


「……ここからだと、二人の会話が聞こえませんね」
「でも、せっかくのデートの会話聞いちゃうのもなんだか悪いC〜」


芥川さんはにこにこして二人を見ていた。
思えば、この人が一番落ち着いているのかもしれない。
他が緊張している中、芥川さんだけは大して心配するわけでもなく、あの二人なら大丈夫、とでも思っているように振る舞っている。
ただ単に面白がっているだけという線が濃厚だが。


「……お、何か話とるで」
「あーん?俺たちは忙しいんだ。他を当たれ」


忍足さんは二人の様子を見るのに夢中で、跡部さんは鬱陶しがりながらもナンパをしてくる女の人をあしらっていた。
芥川さんも跡部さんと一緒に追っ払っていた。
そっちは跡部さんと芥川さんに任せて、俺は二人の様子を見てみることにした。
何か話している。


「どうだ?楽しいか?」
「はい!遊園地久しぶりで……。でも何だか悪いですね。私から誘ったのに、亮先輩に任せてしまって……」
「いーんだよ。で、デートだしな……こういうのはやっぱ、男の俺がリードしないとな」
「ふふ、頼りになります」


どうやら大分打ち解けたようだ。
この雰囲気を、初めから出せるようにすればいいんだが……。
どうしても、お互い一日が終わるとリセットされるみたいだ。


「……でも俺、こういうの初めてだからよ……。なんか変だったら、ごめんな」
「そ、そんなっ……。私は亮先輩と一緒に居るだけで楽しいですからっ」


一瞬、宍戸さんが豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。
……一体千鶴は何を言ったんだ。


「……お前…恥ずかしいこと言うな……」
「だって……本当のことですもん。それに、亮先輩だって言ってますよ……」
「そ、そうか?」
「はい。……か、可愛い、とか」
「本当のことだし、いいじゃねぇか」
「うう……それが恥ずかしいんですよ」


会話は聞こえないが、なんだかいい雰囲気だというのは分かった。
もう少し様子を見ていたかったが、近くから聞こえる声に遮られた。


「だから一緒に行動なんざしねーって言ってんだろ!」
「やぁーん、怒ってるー」
「でもでもっ本当に中学生?みんなかっこいいし、そうは見えないよー」
「れっきとした中学生だよー」
「えー全然大人っぽいー。お姉さんたちはだめぇ?」


女子大生くらいの人だろうか?
6人くらいの人数で跡部さんと話をしていた。
よっぽど暇なのか……中学生に声をかけるなんて。
跡部さんはうんざりしてるし、芥川さんも苦笑いで対応していた。
確かに、しつこそうな人たちだ。


「あ、二人がどこか行くぜ」
「………どうします?この状況」


二人はレストランから段々離れて行く。
今立ち上がって行こうにも、女子大生たちに通路が塞がれている。
どうしようかと俺と鳳が目を合わせていると、急に机を叩く音がした。
忍足さんの仕業だった。


「……すまへんなぁ、綺麗なお姉さん方」


ものすごく胡散臭い笑顔で女子大生たちを上から見る。
相手を見てみると、完全に忍足さんに釘付けだった。
今までずっと外をみていたから、顔を見たのは今が初めてなんだろう。


「……うわ、超かっこいい…」


女子大生のうち一人が呟いた。


「ありがとうさん。俺らもお姉さん方と遊びたいんやけど、今ちょっと他に用事があんねん」


そして一番しつこく誘っていた女の人に近づき、


「悪いんやけど、また今度でもええ?俺らならようここに来るし、また誘ってや。お姉さん……」
「っ……は、はい…」


耳元で囁かれるように言われ、女の人は顔を赤くして呆然とした。
その隙を狙って、俺たちはレストランから出た。


「忍足すごいCーっ!」
「やろ?ああいうんは、俺のこの声を持ってしたら軽いもんや!」
「はは、侑士もこういう時だけ役に立つよな!」
「失礼やなぁ。な、跡部」
「ふん、まぁ、今日初めて役に立ったな」


皆からの言われようは酷いが。
とりあえず、二人を見失わないで済んだ。
続いて二人が向かったのは……。


「…………ほ、本当にここに入るんですか?」
「ああ。遊園地と言ったらこれだろ」


お化け屋敷。
定番と言ったら定番だ。
二人も入口の前にいる。


「……怖いんならやめてもいいんだぜ?」
「い、いえっ!入ります……」


千鶴はお化け屋敷は苦手だ。
その原因は俺にもあるかもしれないが、あいつは昔からそういった類のものは苦手だった。
それでも、お化け屋敷は一番のチャンスだと言っておいたから千鶴は入ろうとしている。


「(千鶴ちゃん大丈夫なん?脚ガクガクしとるけど)」
「(やっぱり怖いんじゃねぇの?)」
「(お化け屋敷……男女が暗闇の中……それを襲う……野蛮なお化けっ…!)」
「(鳳、大丈夫か)」


どうやら二人のことが心配すぎて発想がマイナスに向かっているみたいだ。
はっきり言ってお化けよりこっちの方が怖いと思うんだが。


「(……俺たちも入るか?)」
「(いや、俺は遠慮しとくぜ……)」
「(俺も。出口で二人来るん待つわー)」
「(お化け……退治……悪霊退散っ…!!)」
「(鳳は強制的に中には入らせねえ。日吉、変なことしねえように押さえとけ)」


俺は少し嫌だったが、中に入らせるよりはマシだと思い、鳳を落ち着かせた。
ということで、結局誰も入らない事にした。
途中で見失ったり、こっちが早すぎて追いついてしまう可能性もあるからだ。
俺たちは出口に先回りした。
二人……というか千鶴が気になるが、宍戸さんがいるなら大丈夫だろう。





宍戸side


「……千鶴、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です…。こ、こう見えても結構お化け屋敷好きなんですよ…!」


どう見ても好きそうには見えねえが…。
でも入りたがってるみたいだし、余計なこと言って千鶴を困らせるのも嫌だったから入ることにした。
だが、


「〜〜〜〜〜〜っ!!」


入口から入り、ただの暗闇に出ただけで千鶴は目を堅く閉じて立ち止まった。


「千鶴……、やっぱり引き返すか?」
「……い、行きます!……それで、その……」


千鶴がゆっくりと目を開ける。


「り、亮先輩がよかったら、ですけど……。う、腕に掴まっても……いいですか?」
「っ!」


既に涙目で、しかも上目で見られて、思わず目を逸らしてしまった。
やばい。
あのまま見てたら、俺が叫んじまうところだ。


「も、もちろんいいぜ…。ほら、」


そう言って腕を出すと、千鶴が掴まってきた。
片手だと思ったら両手で、かなり怖がっているのが分かった。


「じゃあ、進むぜ」
「は、はい……」


千鶴の力が強くなる。
進んでいくと、急に赤い光がついて、下から骸骨の模型がでてきた。
模型と言っても、かなり本格的だ。


「ひっ……!」


瞬間、千鶴は目を堅く閉じて俺の腕に掴まる、というより抱きつくような感じになった。


「うっ……」


俺も少し声を漏らした。
いや、お化けが怖いんじゃない。
俺の腕に千鶴の……。


「り、亮先輩……?」


急に立ち止まった俺に、千鶴がゆっくり俺を見る。
俺はどくんどくんと、千鶴に聞こえてしまうんじゃないかっていうくらい煩い心臓を抑えながら、何でもないと言って足を進めた。
しばらく歩いていると、急に千鶴の足が止まった。


「?……どうした、千鶴」
「…………あ、足に何か……」


そう言って、千鶴は恐る恐る振り返る。
そこには、髪の長い女が、青白くひんやりとしてそうな手で千鶴の足首を掴んでいた。
女の人は顔を上げ、その顔が血だらけだと気付いた時、千鶴は本当に悲鳴を上げた。


「きゃあああああーーーーーっ!」


千鶴のこんなに大きな声を聞いたのは初めてだと思うくらい、大きかった。
助かったのは、女の人がその悲鳴を聞いてすぐ足首を離してくれたこと。
が、足首が自由になったことで、千鶴は思い切り俺にしがみついてきた。


「っ!千鶴っ」
「亮先輩、亮先輩………っ!!」


俺の体にしっかりと抱きついて、必死に俺の名前を呼ぶ。
それが可愛すぎて。
思わず千鶴の頭を撫でて、抱き締め返した。
すると、少しばたばたしていた千鶴が静かになってきた。


「……落ち着いたか?」
「………っは、はい」


ごめんなさい、と小さく言った。


「謝るな。俺がお化け屋敷入ろうって言い出したんだし、お前を守るのは俺の義務だ」
「……でも、うるさくしちゃって…」
「んなの気にしねえよ。……なんだか、いつもの千鶴じゃないみたいで可愛かった」


普通なら、女に『可愛い』なんて言わないのに。
千鶴だと、こんなに素直に言える。
これは本当に心から……そう思えるからだと最近気付いた。


「……やっぱり、亮先輩は頼りになります」


千鶴は安心したのか、少し力を抜いた。
俺も最後に頭をぽんぽんと撫でて、離した。


「亮先輩となら、苦手だったお化け屋敷だって、大丈夫なような気がして……」
「……やっぱり苦手だったんだな」
「はい……恥ずかしいですけど、」
「別に恥ずかしがることねえよ。………俺は、そんなとこも好きだし……」
「え?」


千鶴が聞き返す。
だけど、俺は何も言わない。
元々独り言のつもりだったし、言ってから凄く恥ずかしくなってきた。


「……じゃあ、行くか」
「はい……」


千鶴はもう一度俺の腕を掴み、歩きだした。





「………そうか。分かった」
「跡部ー誰と話してんだよー」
「………。お化け屋敷の担当係員だ」
「またかいな。……で、何なん?」
「何とか脅かしに成功したみたいだ」
「へぇ〜。てことは、二人とも今は良い雰囲気かな〜」
「良い雰囲気……きっと、千鶴ちゃんは怖がって宍戸さんに抱きついてるんでしょうね。……………その無防備な二人に忍び寄る魔の手がっ!」
「鳳、落ち着け。お前には一体何が見えてるんだ」
「……。とにかく、そろそろ出口から出てくる。ばれないように隠れてろよ?」


こちらはこちらでどきどきです。





日吉side


しばらくして二人が出口から出てきた。
………気のせいだろうか?
千鶴より宍戸さんの方が疲れてるように見える。


「あー。あれは、何かあったなぁ」


忍足さんが眼鏡を光らせて二人を見る。


「なんか、一皮剥けたって感じ?」
「無事で…何よりです……!」


とりあえず鳳はもう押さえてなくていいみたいだ。


「いーなー。俺も千鶴ちゃんとお化け屋敷入りたEー」
「何言ってんだよ。聞こえたろ?さっきの悲鳴。ありゃあかなり怖がってたぜ」


さっき聞こえてきた悲鳴。
それはやっぱり千鶴のものだったみたいだ。
あの様子を見れば、かなり怖かったのが分かる。


「……大丈夫か?千鶴」
「はい…。もう、歩けます」


千鶴の息が整うと、宍戸さんは千鶴に声をかけた。
そして、


「……せ、折角だしよ、手ぇ繋いで歩かねえ?……千鶴も疲れてるみてぇだし…」
「えっ……い、いいんですか?」
「お、おう…。その……千鶴がいいなら、だけど」
「そんな、嬉しいです……っ」


二人は手を繋いだ。
なんだなんだ?
さっきまで目も合わせられてなかった二人が。
……やっぱりお化け屋敷は勧めておいて正解だった、ってことか。


「(ちょっ!なんかすげえ発展してんだけど!)」
「(うーん……恐るべしお化け屋敷!やな)」


俺たちは全員が感心していた。
あの跡部さんですら、満足気だった。


「よーし、次は多分ラストだろ」


そして最後の乗り物へと向かう二人を追いかけた。


「結構時間かかったな」
「そうですね……。広かったですし、仕方ありませんね」


手を繋いで歩く二人を後から追う。
この状況を見ると、かなりうまくいっているようだ。
普通のカップルにも見えてくる。


「(んー、もうあれ、完璧な恋人同士じゃん)」


向日さんがぶつぶつ言う。
あまり機嫌は良くないみたいだ。


「(がっくん、嫉妬はあかんよー?ちゃんと祝福したらな)」
「(宍戸に先越されるのが、なんだかなぁ)」


そう言っている間にも、二人は最後の乗り物に辿り着いた。
最後は、


「………観覧車か」
「なんだか……凄いですね」


この遊園地の一番のメインとも言われる、巨大な観覧車。


「(俺知ってるCー。この観覧車、全部回って戻ってくるのに30分はかかるんだって)」
「(30分ですか……。かなりかかるんですね)」
「(しかも、天辺までいくと海全体が見えちゃうらしいよー)」


それは人気があるはずだ。
特に、恋人には。


「(やけど、30分も狭い個室にあの二人が居れるんか?)」
「(無理だろうな)」


忍足さんの疑問に跡部さんが即答した。
いくらあの二人が良い雰囲気だからって、個室に二人きりは確かにきついかもな…。
二人とも限界を超えるんじゃないのか?


「どうする?乗るか?」
「……でも、なんだかすごい行列ですよ」


この時間帯だからか、観覧車には恋人同士の行列ができていた。
もう日は落ちてきて夕暮れ。
時間ももう4時半だ。


「……まぁ、何分待ちか聞いてみるか」


二人は行列の横を通り、係員に何かを尋ねていた。


「(ちっ……。観覧車くらい、俺様が……)」
「(まぁ待ちい。いくらなんでも、二人に怪しまれるで)」


その通りだ。
大体、後をつくのはともかく、デートの内容までとやかくできる立場ではない。
俺たちには、二人を見守ることしかできない。
それでいいんだ。


「げ、そんなにもかよ……」
「申し訳ございません」
「いや、すまねえな」


二人がこっちに戻ってきた。


「……それにしても、1時間待ちですか…」
「回り終わる頃には閉館時間だな」
「ですね」


少し残念そうな顔をしている千鶴。


「(あー、やっぱ乗れねえんだ)」
「(時間がもう少しあったらなー)」
「(まぁいいじゃないですか。観覧車がなくても、充実した日でしたし)」


鳳の言葉に同感だ。
朝から、あんなに緊張して落ち着かない千鶴を見ていると、このデート自体成り立つのか不安だった。
だが、それも俺が気にするようなことではなかった。
ちゃんと二人は恋人みたいに、少しずつ慣れながら二人きりの時間を楽しんでいた。
千鶴も、綺麗に笑う回数が多かった。
あの顔を見ていると、もう俺なしでも宍戸さんにアピールできるんじゃないかと、何度も思った。
宍戸さんだって、千鶴を大事にしてくれてたみたいだし。
あれでまだ付き合ってない方がおかしいくらいだ。
きっと、俺の仕事ももう少しだな。


「観覧車に乗れなくて残念でしたけど、すごく楽しかったです」
「ああ、俺もだぜ。久しぶりに息抜きもしたし、充実してたなー」
「あはは、なんだか、このまま終わっちゃうのが勿体ないくらいです……」
「………また明日がある」
「……亮先輩、」
「明日だって明後日だって……まだまだずっと、俺たちは会えるだろ?」
「……そうですね」
「その時にまた、観覧車に乗りに来ればいい」
「……えっ、それって……」
「また一緒に来ようぜ、遊園地でも、どこでも」
「っ………」

「(なんだか俺たち、もう居なくてもいいんじゃね?)」
「(はは……そうみたいですね。かなり、良い雰囲気です)」
「(どないする?跡部)」
「(……ふん、あとは二人にやらせてろ。俺は帰る)」
「(頑張れーっ!千鶴ちゃん、宍戸ーっ)」


これ以上見ているのは二人に悪いと思ったのか、皆がそう口々に言う。
俺も、幸せそうに笑っている千鶴を見て、


「(………よかったな、千鶴)」


呟いて、二人に背を向けた。
また明日、お前の話を聞いてやるよ。





照れ屋もここまでくると病気
(お互いが照れ屋だから心配だったが、意外と恋人らしくなったよな……)