「でええええっ!?ちょっ、若それ本気で言ってるの!?」
「………お前な、もうちょっと女らしく驚け」


その日の放課後、丁度部活も休みで、千鶴を呼び出した。


「だ、だって……」
「こんな機会でもないとお前らは何も進展しないだろ」


そこで俺は、千鶴にある作戦を伝えた。
それは、


「だからって、亮先輩と二人きりで遊園地とか無理だよーーーーっ!!」
「うるさい」


頭をノートを丸めたもので殴ると千鶴は少し静かになった。
そもそも俺が何故千鶴に遊園地を進めるかというと、昨日兄貴から遊園地の割引券をもらったからだ。
……どうせ、一緒に行く相手の都合が悪くなったんだろう。


「ほら、これだ」


そう言って俺はそのチケットを渡した。


「うう………私が、誘うの?」
「他に誰が居る」
「………」


無言で人差し指を俺に向ける千鶴。
それを俺も無言で別の方向に曲げた。


「いだいいっ!!」
「ったく、そんなんだと宍戸さんと付き合えないぞ」
「うぐっ……で、でも……」


ああ、またいじけてやがる。
しょうがない奴だ。


「だから、今日助けてもらったお返しってことにすればいいだろ」
「…あれ?若どうしてそれ知ってるの?」
「………」


つい口を滑らせてしまった。
千鶴はハテナマークを浮かべて俺をじっと見た。


「もしかして、のぞk」
「黙ってお前は俺の話を聞け」


もう一度ノートで千鶴の頭を殴る。
こういう時だけしっかりと物を言いやがって。


「あいたた……でも、それいいかも」


頭をさすりながら俺を見上げる。


「若の今の提案なら、私でも亮先輩を誘えるかも!」
「……できるか?」
「うん!」
「じゃあ早速宍戸さんに連絡をいれろ」
「………………え?」
「だから、今すぐ宍戸先輩を、」
「ワタシナニモキコエマセン」
「…………」


俺は黙って千鶴を3発殴った。





「若ひどい……。あれで私が記憶喪失になっちゃったりしたらどうするのよ……」
「それはそれで助かるが」
「……もう若なんて知らないっ」
「じゃあ俺もお前の協力はしない」
「っ………助けてください、ワカシサマ」
「……もう一度殴ってやろうか?」
「こっちは藁にすがってるって言うのに!」


何気に失礼な事言ってるよなこいつ。
今は学校も終わって帰り道。
俺の隣にいる千鶴は少しふてくされてる。
そうしたいのは俺だ。


「……いいか?明日絶対誘えよ」
「えっ明日!?」
「そのチケットは今週の日曜日のだからな。明日だめだったら宍戸さんと付き合うのは無理だと思え」
「う……そ、そんなに……?」


少しショックを受けているのか、俯く千鶴。
……少し表情が気になるが、こうでも言わないと千鶴は動かないからな。
少しは厳しく言わないと。
……なんだか、自立させなければならない子供にきつくあたる父親みたいな気分だな。


「……だから、ちゃんと明日誘えよ」
「う、うん……」
「………」


少し元気がなくなったな。


「……呼び出すところまで、手伝ってやってもいいが」


ああ、俺はまだ甘いな。
こいつに。


「ん……嬉しいけど、それじゃだめなんだよね」
「え?」
「私、亮先輩について若に頼りすぎてるから……さ、誘うくらい、自分一人で……」
「千鶴……」


千鶴は少し頼もしい目で呟いた。
……こいつ。


「うぁっ……若?」
「……頑張れよ。俺は応援してるから」
「若……」


俺は本当に久しぶりに千鶴の頭を撫でた。
小さい頃、いじけてる千鶴を慰めるのはいつも俺の仕事だったからな。
そう、いつもいつも、いじけると俺の家の前にやってくる。
あの頃の千鶴は今よりずっと純粋で、俺の親も俺以上に可愛がって……。
俺も、お前のこと……「今日の若ってツンデレ全開だね!」

今にとってはとても憎々しくて昔の純粋さの欠片もない奴だがな。





千鶴の失言で幕を閉じた昨日。
そして今日の朝、同じように千鶴は家の前に立っていた。


「……お前、早いな」
「そりゃあね。昨日若から強烈な一撃をもらったから」


あの後はゆっくり休んだみたいだな。
まぁ……丁度良い。


「元気みたいだから、今日は大丈夫そうだな」
「う……ま、まぁ、覚悟はできてる!」


覚悟って……。


「そうか…。じゃあ、頑張れよ」
「うん!」


千鶴を元気づけ、俺たちは学校へ向かった。
学校につき、部活に向かうと、昨日と同じように宍戸さんたちが出迎えてくれた。
昨日と違うのは、忍足さんや向日さんもいるところだ。


「は、はよー……千鶴、」
「お、おはようございますっ亮先輩!」


二人とも、照れすぎだ。
……まぁ昨日の今日だしな。
この調子で本当に千鶴が宍戸さんを誘えるのか心配なところだ。


「……日吉、あの二人に何かあったの?」
「……さぁな」


いつもより二人が緊張しているのに気付いたのか、鳳が耳打ちをしてきた。
だが、俺は知らない振りをした。


「おはよう、千鶴ちゃん」
「あ、おはようございます侑士先輩」
「お?なんか今日は顔色いいな、千鶴」
「私はいつも元気ですよ、岳人先輩」


忍足さんと向日さんにも挨拶をし終え、朝練に向かう。


「……で、日吉、なんなんだよ」
「いきなり何ですか、向日さん」
「あんなに緊張しとる千鶴ちゃん見るの久しぶりやからなぁ」
「………」


ちら、と先を行く千鶴と宍戸さんを見てみると、千鶴は余程緊張しているのか、左右同じ手足を出して歩いている。
宍戸さんも照れて千鶴を見れていないのか、それに気付いていないけどな。
……この二人、致命的だと思う。


「俺は別に何も……」
「しらばっくれるなよ。昨日、千鶴と何か真剣に話しながら帰ってくの見たぜ」
「……あれは…」


ちっ……この人たち、意外と人の事見てるからな……。
特に、千鶴と宍戸さんのことは。


「日吉、俺たちも応援してるんだよ、あの二人のこと」
「……それは分かるが、」
「おい、お前ら何してる!早くアップしてこい!!」
「うお、跡部が呼んどるわ」
「やっべぇ、早く行こうぜ」


跡部さんの一声で、何とか逃れることができた。
……あの人たちが関わると俺の計画が台無しになるかもしれないからな。
それに、そっとしておいてくれないと千鶴がまた小さなことでいじけるからな。

朝練が終わり、教室に行くと、先についていた千鶴が呆けた顔して空を見ているのが見えた。
……もしかして、もう言ったのか?


「千鶴……?」
「……あ、若」
「どうしたんだよ、間抜けた顔して」
「ど、どうもないよっ!あ、あはは」
「………」


そのまま問いだそうとしたが、担任が入ってきたので諦めた。
……昼にでも聞くか。
午前中千鶴をちらちらと見てみると、ぼーっとしていたり、難しい顔をしたり、切なそうな顔をしたり、眠たそうだったり、とにかく百面相だった。





「で、どうしたんだよ」


昼、俺は千鶴を誘って屋上に来た。
俺と千鶴は幼馴染だと同学年の奴らは大抵知ってるし、よく俺が千鶴を殴ってるところも見ているから変な勘違いはしない。
だからこうして普通に二人でご飯も食べられる。


「ど、どうって……」


千鶴の顔が赤くなる。
……?


「わがしいいっ!!」
「!?」


千鶴はいきなり飛びついてきた。
俺は突然抱きつかれたのと、
『わがし』と呼ばれたことと、
どちらに反応すればいいのか分からなかった。


「うえっ……朝、さ、ざぞえながったぁぁ!」
「わ、わかったから落ち着け!」


とりあえず千鶴を俺から引き剥がし、両肩を持つ。
ったく、こうも昨日の会話を気にしていたとは。


「だ、だって……!言おうと頑張ったけど、足がガクガク震えて手が痺れて口が開かなくなって頭が真っ白になって亮先輩の名前忘れちゃうくらいだもん!」


それはもはや病気だと思う。


「ったく……まだ放課後があるだろうが」
「あうあう……だって部活が、」
「練習が始まる前だったら文句ないだろ」
「うう、」


さっき抱きつかれて気付いたが、
千鶴の心臓の鼓動が半端なかった。
それくらい緊張しているのか……。
そりゃそうだよな。
千鶴にとって、宍戸さんは初恋に当たる人だから。
だから俺も協力してるんだが。
まさかこんなに宍戸さんのことを好きだなんて思わなかった。


「……ほら、鼻チーンってしろ」
「あう……」


俺はティッシュを千鶴の鼻に当てていつもみたいにする。
千鶴もすっきりしたらしく、少し表情が良くなった。


「……落ち着いたか?」
「ゔん」
「………。まぁ、まだチャンスはある。放課後なら宍戸さんも落ち着いてるだろうし、もう一度頑張れよ?」
「ゔん」


こいつは俺を馬鹿にしてるのだろうか。


「よし、じゃあちゃんと弁当食べろ」
「わかった……」


今のうちに千鶴を元気づけ、放課後に向けて俺も気持ちを整えておかないとな。
そして午後は落ち着いた様子で千鶴も授業を受けていた。
今からが千鶴にとっての決戦の時、放課後だ。


「……ほら、行くぞ」
「………」
「机にしがみついても何も変わらないぞ」
「あうー若、緊張で動けないよー」
「そうか。じゃあな」
「あー嘘嘘っ!」


全く、少しでも多く時間を作らなくちゃいけないのに。
半強制的に千鶴を部室まで連れてくる。


「そ、そういえばね、若」
「あ?」
「今日、亮先輩委員会で遅れるって……」
「……ッチ、こんな時に…」


いや待て。
その方が二人きりになれるんじゃないのか。
そう考えると、ナイスタイミングということか……。


「じゃあ、千鶴は宍戸さんが来る前に部室に忍び込んで待ってろ」
「う、うん……」
「宍戸さんが来たらちゃんと言うんだぞ」
「うん……」


返事はしているものの、千鶴の視線は地面を見たままだ。
……余程緊張してるんだろうな。


「……緊張を解す方法、一つだけあるぞ」
「え?何なにっ!?」
「宍戸さんを跡部さんだと思え」
「無理」
「てめぇら……勝手に俺様を会話にいれてんじゃねぇよ」


っと、本当に本人が来た。


「………」
「?なんだ千鶴。喧嘩売ってんのか?」
「おお!景ちゃんの顔見たら緊張がなくなったかも!」
「お前な……それが先輩に対する態度か」


それと、『跡部部長』と呼ばなかったから跡部さんは千鶴の頬をつねった。


「で、何やってるんだよ」
「跡部ブチョーには関係ないよ!」
「いい度胸だな。反対側の頬出せ」
「ぎゃー!部長が後輩を虐める!」


ったく……どっちも子供じゃないか。
跡部さんも相手が千鶴だと調子狂わされるみたいだな。


「!」


すると、玄関から宍戸さんが出てくるのが見えた。
意外と早いな……。


「千鶴!」
「ぐえっ!」


千鶴の首根っこを引っ張り、耳元で小声で「来た」とだけで言う。
勿論千鶴はそれだけで気付き、少し顔を赤くしながらも急いで部室に向かった。
俺はその後ろ姿を見送る。


「………日吉、どこに行く」
「……忘れ物ですよ」


それだけ言い、宍戸さんも部室に入ったところを確認して俺も部室に向かった。
丁度部室内が見える窓がある。
……本当はこういうことはやりたくないんだが。
何故か、凄く気になるから。
部室まで辿りつくと、俺は窓からこっそり中を覗く。
すると、丁度宍戸さんが千鶴に気付き、驚いたところだった。


「びびった……千鶴か」
「ご、ごめんなさい、驚きました……?」
「あ、い、いや……」


宍戸さんは頭をかいた。
これが宍戸さんの照れている時の癖だってこの二人を見て気付いた。


「その……なんかあったのか?」
「え、あっ……そうじゃなくて……えっと……」


二人の間に気まずい空気が流れる。


「(ったく……しっかりしろよ、)」


俺は小声で呟く。


「(……ん?)」


ここの窓から見えたが、千鶴は両手を後ろに隠していて、その手には大事そうにチケットが握られていた。
持ってるってことは……渡すしかないよな。


「(………で、)」


俺は後ろを振り向く。


「(何であなた方がいるんですか!)」


そこにはレギュラーが勢ぞろいしていた。


「(何でって……俺たちも気になるんだよ)」


少し反省気味の表情で言う鳳。


「(俺らだって、宍戸がおかしいから気になってんだぜ?)」
「(宍戸があないになるなんて珍しいからな)」


向日さんと忍足さんは全く悪気がないらしく、進んで窓から中を覗いた。


「(ほう、遊園地のチケットか。あいつもそんなことやるんだな)」


跡部さんもちゃっかり窓から中を覗いていた。
全くこの人は……。


「(千鶴ーっ頑張れぇー!)」
「(芥川さん静かにしてください)」


芥川さんも覚醒している。
こんなに陰から応援してるってのに、あの二人は……。


「(おおっ!千鶴ちゃんが動き出したで!)」


忍足さんの言葉で、俺も窓の中に目をやる。


「……えっと、昨日は、本当にありがとうございました…」
「い、いいってことよ。大事な後輩なんだからよ、」
「それでその……よかったら、一緒に遊園地に行きませんか?」
「え?」
「あっべ、別にデートとかそういうんじゃなくて…お礼に……」


千鶴の顔は完全に真っ赤だ。
千鶴の言っていることが分かった宍戸さんも、目を丸くして顔を赤くした。


「っ……い、いいのか?」
「はい……もちろん…」

「(いい雰囲気ですね)」
「(あの二人には勿体ねぇよなー)」
「(がっくん、嫉妬してんのか?)」
「(ちげーよっ)」


前にいる人たちが騒がしい。
……ばれても知りませんよ。


「お、お前がいいんなら、大歓迎っつーか……その、嬉しいっつーか…」


「(あーもー宍戸もはっきり言わないとだめだC!)」
「(ま、意外と千鶴に合ってんじゃねぇのか?)」


好き勝手言ってるよな、この二人は。


「じ、じゃあ……」
「ああ、一緒に行こうぜ…」


千鶴の顔がぱぁっと明るくなった。
どうやら、誘えたみたいだな。


「……で、いつなんだよ、遊園地」
「えっと…今週の、日曜日……」
「日曜……っし、わかった。ちゃんと空けとくよ」
「あ、ありがとうございます」
「……本当はもうちょっと二人で居たいけど、部活、行かなくちゃな」


相変わらず、恥ずかしい事言うぜ。
部活に出てるのに練習してないこの人たちときたら……。


「惜しいな。俺やったらそのまま……」
「何言ってんだよ侑士。早く戻るぞ!」


千鶴が部室から出る前に俺たちは高速でコートに戻った。
その後、部活が始まった時の二人の様子が明らかにおかしかった。
千鶴はぽーっと頬を赤らめて遠くを見てるし、
宍戸さんは上手くボールが打てていない。
それを忍足さんや向日さんはからかってるし……。
全く、気楽な人たちだな。

そして帰り道。


「若っ!あのね、」
「分かってる。成功したんだろ?」
「あ……う、うん」
「よかったじゃないか」
「うん……ありがと」


珍しい。
こうも真っ向から礼を言われるなんて。


「……日曜も、頑張れよ」
「…若、」
「ん?」
「ありがとう。……私一人だったら、ここまでできなかったよ」
「……別に俺は…そんな言葉が欲しいわけじゃない」
「え?」
「そういうのは、宍戸さんと付き合えるようになってから言えよ」


ここまでして、だめでした、じゃだめだろ?
千鶴には最後まで頑張ってもらわないとな。


「……ふふ」
「なんだよ」
「やっぱり私、若に相談してよかった」
「……うるさい」
「えへへー。やっぱり持つべきは友だよね!」
「ったく……ほら、宍戸さんが待ってるぞ」
「あっ……」


どうやら今日は一緒に帰る約束をしたらしい。
……もう恋人並みだと思うのは俺だけか?


「えっと……じゃあ、行くねっ」
「ああ、行ってこい」


千鶴は宍戸さんに向かって走って行った。
ふう。
……もう少しだよな。


「なぁ日吉ー」
「……またですか」


後ろを振り向くと覗き魔たち。
……まぁ俺もそのうちの一人に入るんだけどな。


「あいつら二人で遊園地とか、本当に大丈夫なのかよ」
「知りませんよ。……まぁ、何とかやるんじゃないんですか?」
「甘い!日吉はあの二人を何やと思っとるんや!」
「何って……」
「現代をときめく純情カップルやで!?」
「………」


なんか会話してるのがあほらしく思えてきた。


「……あはは、とにかく心配なんだよ。二人きりで遊園地なんて……危ない……」


鳳お前どうしたんだ。


「ったく、仕方ねーな。ちょっと待ってろ」
「?」


跡部さんが携帯を取り出してどこかと話してる。
……嫌な予感しかしないんだが。


「ああ、頼んだぞ。……おい、よく聞け」


通話し終わった跡部さんが皆を見る。


「日曜日、俺様の家に集合だ」
「「「え!?」」」
「どーせお前ら気になるんだろ?あいつらの後をつけるんだ」


ちょっ……跡部さん……!


「……跡部さん、いくら応援してるからって、それは…」
「なんだ、日吉。お前もその気じゃなかったのかよ」
「っ……!」


ばれてる……?
いや、でもまさか……。


「お前の鞄から、同じチケットが見えたぜ」
「…………。はぁ、嫌ですね。隠し事もできないなんて」
「あはは、日吉も過保護なんだから」
「……黙れ」


実は兄貴からもらったチケットは3枚だった。
だから、折角だから二人の後をつけてみようと思っていた。
……心配だったからな。


「なーんや、日吉もそういう考えやったんなら丁度ええやんか」
「そうだぜ!一緒に行こうぜ」
「……分かりましたよ」


ここで断るのも面倒だ。


「俺も行く行くっ!」
「わかった。じゃあ、行くのは俺様と――――――」


しばらく跡部さんの話が続いた。
結局、二人の後をついていくのは跡部さん、忍足さん、向日さん、芥川さん、鳳、俺だ。
こんなに日曜日が不安になるのは初めてだ。





我ながら完璧な舞台設定
(少々誤算はあったが、二人は幸せそうだし……いいか)