「レギュラーはコートに入れ!」 それから跡部さんの号令でレギュラーは軽く打ち合うことになった。 朝は軽いウォーミングアップくらいしかできないからな。 「お、じゃあ俺らも行くか」 「そうですね」 「頑張ってくださいね、亮先輩!」 「おうー」 手を振りながら見送る千鶴。 本人は気付いてないだろうが、頬が赤い。 「えへ、亮先輩が……ブレザー似合ってるって……」 「社交辞令だろ」 「そんなことないもん!………えへへ」 やばい、こいつ気持ち悪すぎる。 宍戸さんの後ろ姿を見ながらニヤけている千鶴の顔は直視できるものじゃなかった。 「あ、ほら、若も行かないと!」 「あ……ああ」 「もう、なにボーっとしてるの?」 お前のせいだ。 と、大声で言いながら殴ったらどれだけ気持ちがいいだろう……。 「跡部ぶちょー!よっす!」 「どこの世界に先輩にそんな挨拶する奴がいる」 「いいじゃん、私と跡部ぶちょーの仲なんだから」 「気持ち悪いこと言うな」 「失礼な!」 「日吉も大変だな。こいつの面倒は……」 「全くですよ」 「おーい、若くーん。そこは否定するところですよー」 「いいからお前は黙ってろ」 そう跡部さんが言うと、少し千鶴が膨れていた。 「日吉、お前は鳳と打ってろ」 「わかりました」 「ぶちょー、私は亮先輩と心のキャッチボールに行ってきていいですか!」 「だめだ」 きっぱり断られて更にショックを受けている千鶴。 ……もう放っておいて、跡部さんに任せよう。 俺はそう思って鳳の待つコートに向かった。 「うぅー……景ちゃん酷い」 「膨れてもまんじゅうにしか見えないぞ」 「それが恋する乙女に対する態度!?」 「どこが乙女だ。冬服を着て更に一回り太ったんじゃねぇのか?」 「なっ……!ふん!亮先輩は可愛いって言ってくれたもん!」 「……そろそろ宍戸に病院紹介するか」 「私は景ちゃんに心の移植作業を勧めたいよ」 「埋められたいのか?」 「遠慮します」 「(それにしても宍戸が『可愛い』ねぇ……)」 跡部は隣で何かの構えを取っている千鶴を見つめた。 「(まぁ、宍戸にそう思わせるのはすげぇな)」 そして隣にいる千鶴は、「アチョー」という声と共に蹴りをいれてきた。 「(俺だったら即効埋める)」 少し後、千鶴の悲鳴がコートに響きました。 「あいたた……ちょっとした防衛訓練してたのに」 「傍目から見てると凄く痛かったぞ」 あの後、跡部さんは逃げていく千鶴を見捨て、レギュラーに号令をかけて解散させた。 今は俺と千鶴と宍戸さんと鳳で玄関に向かっている。 鳳は空気を読んであの二人から少し離れ、俺の隣を歩いている。 「何も悪いことはしてないのに……」 「まぁ、跡部は短気だからな」 「そうなんですよ!もう、亮先輩みたいに包容力のある人だったらまだいいのに」 その言葉、跡部さんが聞いたらさっきのじゃ済まされないと思う。 ……まぁ、俺が知ったことじゃないけどな。 そんな他愛もない話をしながら玄関で靴を代える。 すると、俺の隣で靴を入れ替えている千鶴の動きが一瞬止まった。 「?千鶴……?」 声をかけると、千鶴はさっと何かを俺から隠して、 「何でもないよ!早く教室行こ!それでは亮先輩、鳳くん、また放課後!」 「おう、ちゃんと授業受けろよー」 「またね」 いつものように俺を引っ張って教室に向かった。 「……おい、千鶴…」 「どったの?あ、もしかして今日の宿題忘れたとか?」 「な……お前じゃないんだし」 「それ私に失礼!私ちゃんとやってきたもん!」 「……じゃなくて、お前…」 「あっやば!きょう榊先生の音楽のテスト!若勉強した?」 「……するわけないだろ」 「あはは、若は歌うの嫌いだもんねー」 ……上手く話を逸らされている。 だが、表情は誤魔化せない。 俺に何か隠してる、というのがバレバレだ。 何年も一緒に居たらそれくらい分かるのに。 こいつは本当に馬鹿だ。 「あいたっ!ちょっ何で殴るのよ!」 「……何でもない」 宍戸さんのこととなると、煩いくらい構ってくるのに。 こういう肝心な時になるとすぐ一人で解決しようとする。 本当ならこういう時に一番頼れって思う。 ………はぁ。 口で言ってくれた方が、無駄な心配しなくて済むのにな。 それからは無事教室に着き、午前は何事もなく時が進んだ。 だが、午後に近づくにつれて千鶴の様子がそわそわしているのはよく分かった。 そして、昼休みになったと同時に、千鶴は席を立った。 俺はすかさず声をかける。 「千鶴、」 「あ、若……」 「どこ行くんだよ」 「どっどこでもないよ!」 一瞬声が裏返ってた。 それなのに白を切ろうする態度は少し見上げる。 「べ、別のクラスの子と一緒に食べるの!だから、若はついてきちゃだめ!」 そう言って結構なスピードで走って行った。 くそ、あの馬鹿……! 俺も急いで追いかけた。 間違いない。 あれは『呼び出し』だ。 あれ程呼び出されても行くな、って言っておいたのに……。 今までのことがあって、千鶴の噂は全校に広がっているはずだ。 それでもあいつを呼び出すのなら、虐め目的ではないと思う。 ………それでも、あいつを追いかけるこの足は止まらない。 「ちっ……」 こういう時は大抵屋上か校舎裏って決まってる。 今は昼だから屋上には別の人が居る可能性が高い……。 てことは、校舎裏………! 「はぁっ……」 やっぱりな。 千鶴は校舎裏に呼び出されていた。 だが、今俺が出ていくわけにはいかない。 相手も、先輩みたいだしな。 それに、いざ手を上げられようとしてもあいつならかわせる。 俺はタイミングを見計らいながら曲がり角でその様子を見ていた。 「来たようね。秋月千鶴さん?」 「……あの、私に何か用ですか?」 「あら白々しい。分かってるんでしょう?呼び出された訳」 相手は3人の女。 分かり切っていたが、複数か……。 「いえ、分かりません。私、先輩たちに何かしましたっけ?」 「……本当に分からないって言うつもり?」 「はい」 「それじゃあ簡潔に言うわ。テニス部のマネージャーを止めてもらえない?」 「………」 千鶴の顔が曇った。 ……何を言われてるんだ。 「跡部様の親戚だから何だか知らないけど、それでマネージャーになるなんてずるいと思わない?」 「そうそう。それに、レギュラーとも必要以上に仲が良いみたいだし?」 「レギュラー陣は学園全員の憧れなの。そこに貴女みたいな子は似合わないの」 「………それは、誰が決めたんですか?」 「…はぁ?貴女、何言ってるの?」 「それが先輩たちの独断なら、私は従えません。私は跡部部長と榊先生に認められた正式なマネージャーですから」 「……何この子、えらぶっちゃって。跡部様の親戚だからって容赦しないわよ?」 「そんなに言うのならやってみたらどうですか?」 遠くからでも、千鶴が強気に出ているのが分かる。 「っ……あんまり調子に乗ってると、痛い目見るわよ……!」 3人の女の内の一人がカッとなったのか、千鶴に手を上げようとする。 それを千鶴は流すように見て避ける………と思った。 「おい、何やってんだよ」 だがその行動は、千鶴の想い人によって遮られた。 つーか、タイミング良いな。 ………ん? 俺居る必要無くないか? 「っし、宍戸くん……!」 「亮先輩……」 「昼飯も食わないで、こんなところで……。どうせ、マネ止めろーとか言ってんだろ?」 「そ、そんなことっ…」 「残念。こいつは小せぇ身体しながら立派に仕事してくれてるから却下」 「「「……っ」」」 「おら、分かったら二度とんなくだらねぇこと言うなよ?」 宍戸さんが言うと、3人はそそくさとその場から離れた。 ………俺は来なくてもよかったようだ。 「で、千鶴は何でこんなところにいるんだ?」 「え、な、なんでって……」 「どうして来るんだよ。あんな奴らの用事っつったら、大体予想できるだろ?」 「………」 宍戸さんの言葉に俯く千鶴。 そりゃあ、少しは落ち込むだろうな。 「ごめんなさい……。でも、無視するわけにもいかないし……」 「んー、そうか。じゃあ、俺がこういう時の対処法、教えてやるよ」 「え……」 「いいか?もし次呼び出されたら、俺を呼ぶこと」 「り、亮先輩を……?」 「おう。そうすれば、今みたいに守ってやれる。絶対に一人で行こうなんて思うなよ?」 「は、はい……!」 千鶴が嬉しそうに宍戸さんを見た。 ……宍戸さん、その言葉、ある意味告白よりも恥ずかしい言葉だと思いますよ。 「……ほら、俺の携帯番号、やるよ」 「えっ、いいんですか?」 「おうよ。呼び出された時以外にも、メールとか大歓迎だぜ」 宍戸さんがにこって笑うと、それにつれられて千鶴も笑った。 顔、真っ赤だな。 ……まぁ、これは良い結果になったんじゃないのか? 「で、でも亮先輩……どうしてここが……?」 「ああ、校舎ぶらぶらしてて、窓見たら千鶴の姿が見えたからよ」 「そうですか……あ、ありがとうございます」 「いいって。その……丁度、お前に会いたいとか……思ってたし……」 「っえ……?」 お? なんか展開入ってきたぞ? 「つーか、お前だって気付いた時、すげぇ焦ったっていうか……」 「亮先輩……」 ………あと一息じゃないか。 つーか、宍戸さん告白してるも同然だろ! 千鶴、気付け! 「だから、その……これからはもっと、俺を頼れよ……?」 「はい……。私も、亮先輩がそう言ってくれて……とても嬉しいです」 これは結構良い雰囲気じゃないのか? 二人とも空気読め! 今は告白のチャンスだろ!? お互いの顔見てみろよ。 真っ赤だろうが! 「あ……じゃあ俺、そろそろ教室戻るかな……」 宍戸さんんんんん!! 「そ、そうですね。……私も戻ります……」 そう言葉を交わして、二人は顔に手を当てながら反対方向を向かっていった。 何と言うか、もう……。 この立場、並みの精神力じゃこなせないな。 見てるこっちがハラハラ (恋に鈍感な俺でも分かるんだ。恋真っ最中のあの二人が何故気付かない……) |