「ねぇ、若」 「なんだ」 「私、亮先輩のことが好きなの」 「知ってる」 「何で!?っもしかして、ストーk」 俺は一発こいつを殴った。 「あいたた……ただの冗談なのに」 「お前の冗談は腹が立つ」 「短気なのね」 「………。で、わざわざ俺の読書を邪魔してまで何の話だ」 俺は何かに没頭している時に話しかけられるのを嫌う。 それを知っていながら行動を起こすとは……、 「まぁ、話は長くなるんだけど」 「………」 こいつと会話するほとんどが数分で終わらないのは身にしみている。 俺は諦めて本にしおりを挟んで閉じた。 そして、目の前に座った千鶴を見る。 「私が亮先輩の事好きなのは知ってるよね」 「ああ。新学期の初めからな」 「それで、跡部ぶちょーに頼み込んでマネになったのも知ってるよね」 「……ああ。泣きついてたな」 親戚だかなんだか知らないが、あの跡部さんがいる生徒会室に乗り込んで(何故か俺も一緒に)頼み込んだ。 あの跡部さんも、初めは「はぁ?」と思い切り馬鹿にしていたが、踏んでも蹴っても退かない千鶴を見て諦めたらしい。 ……たまにこいつの根性を見上げる時がある。 あの跡部さんを口で負かしたからな。 今、「跡部ぶちょー」とか呼んでいるのは跡部さんがそう呼べと言ったからだ。 「で、人気のあるテニス部マネをやるくらい、私は亮先輩のことが好きなのよ」 「………だな」 氷帝テニス部はマネを募集しない。 その理由は、もう分かると思うが……嫉妬を買わない為だ。 一応、あんなメンバーが揃っている中一人だけ女子がいると他の女子の嫉妬を受け、虐めへと発展することになる。 まぁ、もちろん千鶴にもその矢先は向かったが……こいつも俺と同じく道場で武道を心得てるから、意味はなかった。 だから跡部さんも許したんだろうけど。 「それで頑張って頑張って、好きな先輩を名前で呼べるくらいまで私は成長した」 「……そうだな」 千鶴のアピールは結構分かりやすい。 まぁ……鈍い宍戸さんには全く分からないんだろうが。 他のメンバーはほぼ全員知っている。 あの芥川さんでさえ、千鶴をからかう時もある。 それなのに、千鶴もまた、自分の思いは俺と跡部さんくらいしか知らないと思っている。 馬鹿二人だ。 「で、私は思うわけよ」 「?」 「そろそろ亮先輩と付き合いたい!」 「勝手に付き合ってこい」 「それができないから若に話してるのよ!」 ああ……うざい。 文句だけは一丁前に言うくせに。 本人目の前にすると急に態度が変わったりして……。 「大体、何で俺なんだよ。こういう話は跡部さんとか、忍足さんとかがいいんじゃないのか?」 「え?」 俺がそう言うと、千鶴はきょとんとした顔で俺を見た。 「何言ってんのよ。景ちゃんはあんなだし、侑士先輩はただの先輩。私のことよーく昔から知ってるのは若だけでしょ」 「………」 っと、思わず黙り込んでしまった。 まぁ……千鶴がそう言うんなら別に仕方ないけど。 断りづらいしな。 「……つか、そうやって呼ぶとまた怒るぞ、跡部さん」 「あ、やば」 千鶴は口に手を当てると、また俺を見て、 「それより、協力してくれるよね?」 と、こんなことを言う。 こっちが断れないことを知りながら……。 俺は仕方なしに溜息をつき、千鶴を見る。 「……俺は何をすればいいんだ?」 「それを聞きたいのは私よ。私が何をすればいいのか、若考えて」 「………お前な」 何か言おうと思ったが、やめた。 もう下校の時間も迫っていたし、ぐだぐだ話している時間がなかった。 「まぁいい。今日のところはこれでいいだろ。また明日、朝練の時だ」 「あ、うん。分かった」 と、今日のところはこれで終わりだ。 「あ、ちょっと。若どこ行くの?」 「どこって……帰るところだ」 「何で一人で行っちゃうのよ」 「は?」 「一緒に帰ろ」 またこいつは……。 はぁ、 「しょうがないな」 「わーい!久しぶりに若のお兄さんに挨拶でもしよっかな」 「馬鹿。真っ直ぐ家に帰れ」 「えーケチ。……ま、いっか」 千鶴は荷物を持って、俺の隣で歩く。 こうやって帰るのも、そろそろ終わりなのかもな。 純粋に笑って、今日会った出来事とか話して、俺もそれに返して。 こんな、俺にとっての日常。 それがもしかすると、なくなるかもしれない。 そう思うと、少し寂しい気が……。 「ねー若、今日出た宿題教えてよ」 「嫌だ。自分でやれ」 「なっそんな非道な!!私の頭の悪さ分かってるでしょ!」 「………」 まぁ、そんな気持ちなんて単なる保護者的立場からのものなんだけどな。 じゃないとこんな我儘な奴、面倒見られないだろ? 次の日。 朝練があったから、早くに家を出ると、既に千鶴が立っていた。 「……何してんだ?」 「何って、家の前で待ってれば分かるでしょ」 「………泥棒」 「馬鹿!待ってたのよ!若を!」 「何で」 「一緒に朝練行こうと思って」 にっこり笑っても可愛くない。 まぁ、一般的に言えば『可愛い』んだろうけど、俺からしてみれば猫を被ったようにしか見えない。 「……何が悲しくてお前と一緒に登校なんか、」 「いいじゃない。どうせ若彼女いないでしょ」 「………悪かったな」 「あ、別に悪口言ってるんじゃないよ。私も今は彼氏いないし、幼馴染同士仲良く行こうよ」 『今は』か……。 こいつ、結構自信あるんじゃないのか。 「それに、私と亮先輩をくっつけよう同盟の隊長なんだから」 「俺意外に隊員はいないだろうが」 ていうか、いつのまにそんな同盟に俺を巻き込んだ。 勝手に妄想に俺を入れないで欲しい。 「まぁまぁ、その方がやる気出るでしょ」 「俺は完璧に萎えるけどな」 「そう?あ、ほら学校!もう先輩たち集まってるかもよ!」 千鶴は言いながら俺を引っ張った。 お前な、仮にも好きな人が居るならこういうのは止めろよ。 何度誤解を招いたことか……。 こういう事を思っても、『止めろ』と言えない俺も俺なんだけどな……。 「お、おい、引っ張りすぎだ」 「だって若考え事してるからー。頭使ってると身体が動かなくなるよ!」 「お前な……」 何か言おうと思ったが、面倒だから止めた。 とりあえず、引っ張られるまま、校門をくぐった。 「着いたー!!」 「(何で朝からこんなに元気なんだ……?)」 本当に疑問に思う。 ……これから宍戸さんに会えるから嬉しいのか? それだったら……………こいつ痛すぎる。 「若、何突っ立ってるの?置いてくよ?」 「………」 一瞬殴ってやろうかと思ったが、何とか抑えた。 「……部室、行くぞ」 「あ、うん」 俺は荷物を持ちながら部室に向かう。 それに続いて千鶴も歩く。 歩きながらコートを見てみると、正レギュラーの先輩は結構来ていた。 あと、鳳も。 「あっ亮先輩もいる!」 千鶴は少し興奮気味に言う。 俺の肩を揺らすのは止めて欲しい。 隣の千鶴を冷めた目で見ていたら、宍戸さんもこっちに気付いたらしい。 鳳を連れてこっちに寄ってきた。 「おう、若に千鶴、おはよ」 「おはようございます」 「おおおおはようございます!」 どもりすぎだろこいつ。 俺と居る時は馬鹿みたいにはしゃいだり、アホ言ったりしてるのに。 宍戸さんの時は…… なんか気持ち悪い。 「り、亮先輩、もう走ったんですか?」 宍戸さんの首を伝う汗を見つけたのか、千鶴は聞く。 「ん?ああ、さっきちょっとな。もう朝も寒いし、体温めねーとな」 「へ、へえ……流石ですね」 「あ、いや、これくらい普通だしよ……なぁ、長太郎」 「え?あ……そうですね」 話を振られた鳳は適当に合わせる。 その後、俺の隣に来た。 「……?あれ、お前何で冬服なんだ?」 「な、何でって、もう衣替え時期ですよ」 「あ……そうか。やべ、俺すっかり忘れてたぜ」 「もう、亮先輩ったら」 やばい。 寒気がする。 千鶴の敬語は慣れないな……というか、本人も使い慣れてないな。 テニス部の先輩にはほとんど友達みたいに喋ってるし、宍戸さんくらいだ……緊張して敬語を喋ってるのは。 「それにしても……その……似合ってるな、ブレザー」 「えっ……そ、そんな…」 「う、嘘じゃねーからな……」 「あ、う……宍戸さんも、ジャージ似合ってますよ……」 「そ、そうか…?」 何なんだこの二人は。 お互い顔を赤くしてるのに、恥ずかしがって相手の顔が見れなくて俯いてる。 どっからどう見ても両想いだろ。 これで俺にどうしろってんだ……。 「ねぇ日吉」 「あ?」 「千鶴ちゃん、可愛いね」 「……お前、眼科行った方がいいぞ」 「また日吉ってば。千鶴ちゃんには厳しいよな」 「それだけ苦労してんだよ」 「あはは……大変だね」 こんな二人だから、周囲にはもうばればれ。 それに気付かないところが歯痒い。 よく周り見てみろよ。 忍足さんと向日さんは面白そうに見てるし、 跡部さんは俺と同じように千鶴を見て呆れてるし、 樺地は……いつも通りだけど、 芥川さんは寝てるか。 まぁとにかく、 これは俺の手助けなんかいらないんじゃないのか……? いい加減くっつけ (まぁ、ある意味やっかいな二人だけどな) |