今日もいつもと同じように学校に行く。
同じように授業を受けて
同じように皆と弁当食って
同じように部活に行って……。
真田に怒られて、
柳にあんまり真田を怒らせるなと注意されて、
ジャッカルに愚痴を言いにいって、
仁王には柳生の変装に騙されて、
それを柳生が怒ってて、
赤也がそれを見て笑ってて。
そんな日常で当たり前のことが今日も繰り返されると思っていた。
そして、その後は最近の日課である千鶴のお見舞いに行く……。



そんな日常は今日はやってこなかった。





「おい丸井、携帯鳴ってるぜ」
「ん?……あ、ほんとだ」


それは丁度昼休みになった時のこと。
俺は携帯を手に取ると、幸村からの電話ということに気付いた。


「……幸村…?悪い、ちょっと出るわ」


そう言って俺は携帯の通話ボタンを押し、耳に当てる。


「もしもし?なん――――――」


幸村は、俺の声だということを確認できたからか、俺が言葉を言い終わる前に、こう言った。


『ブン太!?今すぐこっちに来て!!千鶴が!!』
「っ!?な、なんだよっ千鶴が?」
『とにかく早く来て!じゃないと、―――――――』


俺は幸村が何か不吉なことを言いそうで電話を切った。
用件はよくわかった。
千鶴に異変が起きたんだ。


「どうしたんだよ丸井」


俺の声が大きかったのか、おかしく思った友達が声をかける。
俺はその言葉を聞きながら鞄から財布を取り出した。


「悪い!今日俺早退する!!」


そう言って俺は飛び出した。
友達が理由を聞こうとするのも放っておいて。
とにかく全速力で走った。


「あ、丸井先輩!」


途中赤也と会った。
だが、今は赤也に構っている暇はない。


「っどけ!」


呼びとめようとする赤也を俺は無理矢理避けて先を進んだ。
赤也も更に俺を呼んだが、聞かない。

誰も俺を止めるな。
これは、俺の一生がかかってるかもしれないんだ。
千鶴――――
待ってろ、すぐ行くから――!

そして一定のスピードで動く電車に苛々しながら、俺は病院に向かった。


「千鶴!!」


病院の入り口から入るなり、そう叫ぶ。
すると目の前には幸村が待っていた。


「丸井……!」
「幸村……千鶴は、千鶴はどうなったんだよ!」
「……今、自分の病室にいる。だけど、中には入れない」
「っなんだよ……それ、」


病室に入れない?
つまり、千鶴に会えない―――?


「っ俺は……っ!」


千鶴に会うためにこっちに来たんだ。


「あ、丸井っ!」


俺は千鶴の病室に向かって走った。
途中何度も看護師さんに「走ってはだめ」と言われたが、気にしなかった。
もしかしたら……人の「死」がかかっているかもしれないっていうのに
走るなっていう方が無理に決まってんだろぃ……!


「千鶴、千鶴っ!」


やっと病室に辿り着く。
ドアノブを回してみるも、鍵がかかっていてはいれない。


「くそおっ……!!」


入れてくれ。
中に入れてくれ。
……俺を、千鶴に会わせてくれっ!
そういう願いを込めて、ドアノブを回し続ける。
お願いだ、お願い……。
もう一度、俺に千鶴の笑顔を……!

すると、急にドアノブが軽くなったかのように回った。
それに驚いて一瞬反応が遅れると、中から看護師さんが出てきた。
この人は知ってる。
千鶴を担当している人だ。


「……来てたのね、丸井くん」
「っあの、千鶴は……」
「………。本当は、中に入れないでって言われたんだけど……」


看護師さんは今にも泣きそうな顔をして、


「……千鶴ちゃんも、貴方も……、もう見てられない……」


そう呟いて、俺を部屋に入れてくれた。
その先にあったのは、


「っ……!」


一人の男のお医者さんと、二人の看護師さんが千鶴の周りを囲んでいる光景。
少し離れたところに、千鶴の両親だと思われる人が座って、心配そうに見ていた。
女の人の方は、目から涙を溢れさせていた。


「千鶴……」


俺は一歩近づいて、千鶴を見た。
千鶴は苦しそうに顔を歪め、胸に手を当てていた。
そして、苦しさからか身体を大きく動かす。


「っ……ぶ……ん…」


千鶴は俺に気付いたのか、右手で心臓のあたりを抑えながら、左手を俺に向けた。
それは俺を呼んでいるのだと気付いて、俺はすぐさま千鶴に駆け寄った。


「千鶴!千鶴!」


近くで名前を呼ぶ。
遠くからじゃ分からなかったけど、千鶴は額に汗をいっぱい浮かべていて、服もベタベタだった。


「、あ゙っ……!」


千鶴が心臓辺りを強く掴んで、前屈みになった。
俺は千鶴の肩を掴む。
大丈夫か、大丈夫かと心中で心配していると、千鶴の呼吸がだんだん安定してきた。


「……ぶ、ブン太くん……」
「っ千鶴!」


苦しみも少しおさまったのか、顔を上げて俺を見た。
そして、未だ汗だくの顔で、


「………どう、して……来たの…?」
「なっ……どうしてって……千鶴が、心配だから……」
「っ………こんな苦しんでいる姿……ブン太くんには…見られたく、なかった……」


千鶴は俺の右手を、左手でしっかりと握る。
それを俺も強く握り返した。


「…千鶴……っでも、俺は、最後までずっと……千鶴の傍にっ」
「……ありがとう…。……だけど、私……知ってた……の、」


千鶴は息を荒げ、それでも囁くように俺に言う。


「……最後まで、なんて……ぜ、絶対……無理……だって……」
「っ千鶴……なんで、んなこと……」


切なそうに、俺だけを見つめる。
その瞳がやけに寂しそうで。


「だって……こんな、身体じゃ……っブン太くんを最後まで傷つけて……」
「んなことねぇ!……っ俺は、千鶴に出逢ってから、嘘は一言も言ってねえ!」


元気になったら海へ行こう。
交わした約束も。
愛してると言った時の気持ちも。
今、千鶴のことが好きだという気持ちも。
全て真であり、偽りはない。


「ブン太くん……」
「………」
「……好きだよ」
「っ千鶴……」
「だから、お願い」
「…?」
「出てって!!」


初めて、千鶴のこんな大きな声を聞いた気がした。


「千鶴……っ」


なんだか俺も苦しくなって、喉から絞り出すように千鶴を呼ぶ。
すると、


「!!」
「………」


千鶴は、俺に向かって微笑みかけた。
俺が何度も見惚れた、綺麗な微笑。
そして、もう一度見たいと願った、千鶴の一番の表情……。

じっと千鶴を見ていると、後ろから誰かに腕を掴まれた。


「……ブン太、出るよ」
「っ幸村……」
「………幸村、くん…」
「千鶴ちゃん……」
「………」
「…ごめんね…。……ありがとう、」


その言葉を境に、俺は幸村に病室から引っ張り出された。


「っ幸村!離せ!!」
「ブン太!!少しは千鶴の気持ちも考えるんだ!!」
「っ!」


幸村は俺の肩を強く掴んで、口調も強くして言った。
俺は一瞬で何も言えなくなる。


「……千鶴ちゃんは、ずっと戦ってたんだよ。自分の病気とも、……君とも」
「っえ……」
「……俺も、千鶴ちゃんにとって良い事だと思ってたんだけど……逆に、苦しめちゃったのかもしれないから……」


本当は謝るのは俺の方なんだ、と幸村は小さく呟いた。


「でも、今……俺たちには、千鶴ちゃんを見守ることしかできないんだ」


目を細くして、切なそうに閉ざされたドアを見る。
俺も同じようにドアへ目をやった。


「っう、あああっ……!」


千鶴がまた苦しみ出したのか、中から叫び声が聞こえる。
俺は我慢できなくなって、ドアにしがみついた。


「千鶴っ!耐えろ!!……っ好きだっ……俺は、お前がっ……!!」


どうか、苦しんでいる千鶴にこの声が届きますように。


「っおねがいだ……!千鶴……」


こんなにも、愛してるのに。


「初めて、なんだよぉっ……こんなに、人を好きになったのはっ……!!」


どうして別れなければならないのか。
しかも、二度と会うことのできない場所へと。

なんで。
早い。
早すぎる。
だってまだ1週間あったのに……!
どうしてこんなに早くっ、迎えにくるんだよ……なぁ、神様。
俺は後1週間で、もっと千鶴に色んな思い出を作ってやりたかったんだ。


「好きだっ……好きだ、すきだ……っなぁ……千鶴……」


俺の視界はぼやけ、自分が泣いている事に気付いた。
目の前の閉ざされたドアが大きく歪む。
それなのに、中からの千鶴の声はくっきりと聞こえる。
いやだ、いやだ……!


「千鶴っ―――――――――!」





そして、その千鶴の声すら、聞こえなくなった。





―――しばらく誰の声も聞こえなかった。
千鶴の声が消えてから、俺の周りの音全てが消えてしまったかのように、無音になった。
それをちっとも苦しくないと思う俺は変か?
周りの音、何も聞こえないのなら。
千鶴の命が途絶えたというのも知らない振りできると思ったから。
だけど、そんな俺の甘い考えが通用するはずもなく、


「……看護師さん」
「……幸村くん、丸井くん」


さっき部屋に入れてくれた看護師さん。
泣いたのか、目が赤い。


「………千鶴ちゃんは、……先程、痛みが引いて、ベッドに横になりました」


嫌だ、聞きたくない。


「そして…そのまま……眠るように、」
「やめろよっ!!」


俺は怒鳴った。
俺の声が病院内に響く。


「…………お亡くなりになりました」
「っ……」


看護師さんの、ごく普通の言葉がひどく無情のものに聞こえた。
看護師さんもそれが仕事だと、俺は知っているのに……どうもその言葉が憎くて仕方がなかった。

その後、看護師さんはお医者さんも連れて、部屋から出て行った。
家族の人とお別れをさせるための配慮だった。
俺も中に入りたかったが、今は千鶴の両親が中に居る。
さすがに入ることはできない。
少しして、


「……あら、」


中から女の人が出てきた。
手には濡れたハンカチ。
すぐに千鶴のお母さんだと分かった。


「あなた……ブン太くんね」
「えっ…そうですけど……」
「千鶴から話は聞いていました。……千鶴を、愛してくださっていたんですね」


少し千鶴に似た、綺麗な微笑を俺に向ける。
きっと、千鶴のお母さんは視界が涙でいっぱいで俺をちゃんと見れていない。
それが分かるくらい、目が潤んでいた。


「……あなたと千鶴が出逢ったのは、1ヵ月ほど前でしたね…」
「はい……」
「あれから、千鶴は変わったんですよ。病院に居るのが楽しいって……千鶴が言ってくれたんです」


親からしてみたら、何年もずっと入院させて……外出もさせてあげられないで、心苦しかったんだろう。
俺は少し目を伏せる。


「そして何度も、私に言うんです。『死にたくない』『生きたい』って……」
「っ……」
「私、嬉しかったんですよ。……本当はとても悲しいんだけれど。…あの子……とっくに自分の死を受け入れていたから」


俺と初めて会った時も、自分の寿命が分かっていたのに普通に接してくれた。
思いだすと、涙が出てきそうになる。


「……だから、ありがとう。千鶴を愛してくれて……愛させてくれて、」


千鶴のお母さんは、再び涙を零す。


「ごめんなさい……」


どうしてこうも、謝るのだろうか。
俺は千鶴に悪いことをされたわけではないのに。
むしろ、感謝したいくらいなのに。
俺は目の前で頭を下げている千鶴のお母さんに何を言っていいのか、言うべきなのか分からない。
だが、今の正直な気持ちを言いたいと思った。


「……俺、千鶴さんに出逢えて幸せでしたよ」
「……!」
「千鶴さんを好きになったことも、全然後悔してません。……というか、本当に良かったと思ってます」
「ブン太くん……」
「俺の方こそ……千鶴さんと楽しく過ごせました。それに…最後まで、千鶴は俺の事好きって言ってくれて……」


「ブン太くん、好き」

何日か前の千鶴の笑顔が脳裏に映る。
そして、最後に見た千鶴の笑顔。
一生忘れることはないだろう。


「それなのに、俺何もできなくて……っ」
「……いいえ、あなたは素晴らしい事をしてくれました」
「え…?」
「あの子、最後の最後に、私にこう言ったんです。……『私を産んでくれてありがとう』って……私は、健康に産んであげられなかった千鶴に恨まれてもおかしくないのにっ…」


ハンカチで涙を拭う。


「そして、『おかげでお母さんやお父さんや、ブン太くんにも会えた……。私、最高に幸せだったよ』って……」


その言葉を聞くだけで胸が切なくなる。
千鶴………。
俺も、最高に幸せだった……。

たった、1ヵ月足らずだったけど
本当に千鶴を心から愛した。


「それでね……千鶴が、これをブン太くんに、って」


千鶴のお母さんは、俺に一通の手紙を渡した。
宛名には俺の名前、差出人のところには千鶴の名前があった。


「……千鶴ちゃんからの手紙、だね」


隣で幸村が呟いた。


「精市くん……あなたも、本当にありがとう……」
「…俺は何もしてませんよ……。ブン太、その手紙、読んでおいで」
「えっ……でも、」
「いいから。俺も、話したいことあるから」


そう言って千鶴のお母さんに微笑むと、同じようにお母さんも微笑んだ。


「ええ、読んできてください。千鶴が貴方の為に書いた手紙……」


俺は二人の親切を素直に受け取って、屋上へと向かった。





屋上には数人の子供が遊んでいた。
俺はその場から少し離れたベンチで座って手紙の封を解いた。


「千鶴が俺に残した手紙……」


心臓が高鳴る。
一体何が書いてあるのか……。
俺は一文字一文字に、目を通した。



『ブン太くんへ
 
 この手紙を読んでいる時、私はきっと死んでしまっているんですね。
 あなたを一人にさせてしまっていること……それが私の一番の心残りです。
 でも、私は辛くなんてないよ。
 強がりじゃなくて、ブン太くんの存在が……今私の近くにあるから。
 ぬくもりが、私を包んでいてくれるから。
 だから、死ぬのは嫌でも、怖くないと感じるようになりました。

 ……ブン太くんが私に恋人になろうって言った時、私どんな顔してたのかな。
 貴方の目に悲しく映って無ければいいんだけど……。
 本当は、心の中に迷いがあったの。私の余命は決まっていたし、貴方を好きになっても、きっと後悔するって……。
 でも、私は後悔なんてしていません。
 人を好きになることがこんなに華やかで……心が躍るものだと、ブン太くんに気付かされたから。

 だから私、本当に幸せだったよ。ブン太くんに会えて、恋をして。
 ブン太くんは知らないと思うけど、明日はどんなお話をしてくれるのかなって考えて、眠れない夜もありました。
 それくらい、ブン太くんのことを愛しています。
 
 ブン太くん……どうか私のことは忘れてください。
 貴方の中から存在が消えるのは……それは本当の意味での私の死≠セと思います。
 でも、それが一番いいと思うの。
 私はブン太くんに愛されたまま、安らかに息を引き取ることができたと思います。
 でも、残されたブン太くんは辛いと思うの。
 ……できれば、次の恋愛をして欲しい。
 あなたの愛を…私以外の人に与えて、本当の意味での幸せを、ブン太くんに掴んでほしいの。
 大切な人が傍に居て、笑ったら笑い返してくれるような……そんな、日常的幸せを、感じていて欲しいの。
 だから、私の事は忘れて……。

 私はいつでもあなたの傍にいるから。
 見守ってるから。

 お願いだから……あなたはずっと笑顔でいて。


 愛してます。これからもずっと、永遠に。


 千鶴より』



俺は手紙を読み終わって、空を見た。
いつのまにか溢れだしてきた涙を誤魔化す為。
そういえばこの手紙の途中途中、濡れたのか、ふやけた跡がある。
きっと……千鶴はこの手紙を書きながら泣いていたんだ。

私のことは忘れてください

そう書いている時の千鶴の心情がどんなものか……俺には分からない。
だけど、心が潰れるくらい苦しかったと思う。
現に、今の俺がそうだから。
俺が千鶴のこと、忘れられるはずがないだろ……?
なのになんで…、千鶴は最後にそんなこと書くんだ?
俺はお前以外……千鶴以外、もう愛せない。
お前以上なんて……もう誰もいない。
俺はお前の笑顔があれば幸せなんだ。
だから、もし……もしも、傍に居るのなら聞いてくれ。


「俺は……今、これからも…千鶴だけを愛し続ける……。他の誰かなんて、もうっ無理だ……」


俺は泣けてくるほど、心を無にしてしまいたいと思うほど、
人を愛してしまったから。

そのどうしようもできないもどかしさから、
空を仰いでみる。
この青い空なら、きっとどこかに
千鶴は居るはず。

なあ、聞いてるんなら答えてくれよ。
これは俺の我儘だって知ってる。
だけど、一つくらい聞いてくれ。



「お前を一生愛し続けてもいいか?」



それはきっと、罪ではないはず。





End.

ここまで読んでくださりありがとうございます。
一応連載みたいなものなので、あとがきを書きます!
死ネタの連載は初めてのチャレンジですね。もうどんな風に書けばいいのか、行き当たりばったりみたいな文になってしまい……なんだか別の意味で泣けてきます。
今回は二人の切ない純愛を目指しましたが、どうでしたでしょうか?
涙を流すとまではいななくても、心にじーんとくる作品を目指しました。
心かあったかくなってくれたら一番です。
丸井くんはかなりの一途設定。丸井くんが丸井くんじゃないみたいでした。
本当ならもっと立海のメンバーを出してあげようと思ったんですが、結局最後の最後に出してあげられませんでした……幸村も最後は空気で……すみません。
とにかく、無事に完結してよかったです。たった5話なのに長かった……!
いや、私の更新がのろいだけですね、すみません。
実はここだけの話、続編を書きたいと思っています。
このまま丸井に悲しい思いをさせたまま終了っていうのはアレなので。
これは企画とは関係ありません。私個人の希望からです。
もちろん、この作品のヒロインの死後のお話ですね。話題の中でも出てきますよ。
そして次回のヒロインは…………実は、この作品の中でちらーーーーーっとだけ話題に上がってる人物です。誰だか分りますか?
………仁王たちの話題に上がってた、「赤也が好きな子」でいきたいと思ってます。
今はまだ設定がぼやけている状態ですが、この企画のものを消化次第、取り組みにかかろうと思ってします。よかったらそちらも支援してください!
それではまた、別の機会にお会いしましょう!
2周年ありがとうございます!!
20100520.