きっとこれは、一種の罪悪感かもしれない。 永久の目を真っ直ぐ見られないこと。それは私の中に後ろめたさがあるから。 あれだけ一生懸命私を応援してくれた永久なのに。 その気持ちに気付かず……見て見ぬ振りをしていたから。 私が何も言えず小さくなっていると、皆が口を開き始めた。 「……?何をそんなに怖い顔してんだよ、永久」 「っ……」 「『好きな人』の対象が俺らって、嬉しいことやん。もしかして、いつもの嫉妬か?」 「あー、永久くんは呼ばれてなかったもんね〜」 「違う!!!」 がっくんが少し眉を寄せて聞き、それに侑士が少しからかっている風に言う。 それに乗じるようにジロちゃんが笑うと、永久はとても怖い顔で、低い声で言った。 その様子に、ふざけ気味だった3人は静かになった。 亮ちゃんや景ちんは、切なそうに私を見つめて。 チョタは珍しく……真剣な目で私と永久を交互に見て。 ピヨと樺っちも、冷静に私たち全員を見ていた。 「未永がっ……お前らのことを『好き』だなんて……ありえねーだろ!」 「っ、永久……!」 お願いだから、言わないで。 私の本当≠知られたら……全てが崩れてしまう。 無意識に永久の腕を掴んで止めようとするが、永久は続きを口にした。 「どれだけ……っどれだけ、未永がお前らの所為で傷つけられたと思ってんだよ!」 「やめて!私は、皆のこと恨んでないって言ってるじゃない!」 言ってしまって、気付いた。 皆が……驚愕の表情を浮かべて私を見ているのを。 私の言葉の意味を、理解できていないということを。 「傷つけられたって……どういうことだよ」 「恨んでないってことは、俺たち……恨まれるようなことしたの?」 がっくんとジロちゃんが呟く。 私は、自分の顔が切なく歪んでいくのが分かった。 「ち、がう……」 「どういうことや?なあ、もっと詳しく……」 違う。皆の所為じゃない。それは私がよく分かってる。 だって、皆はこんなにも優しい皆だったじゃない。 だから、 「お前らの……っ」 例え私が過去に傷つけられたとしても。 「お前らの所為で、ずっと未永が虐められてきたんじゃねえか!!」 今の皆との関係は心地良くて、大好きなものだったのに。 「なっ……!?」 永久の言葉に、更に驚愕し、言葉を失う皆。 知られたくなかった。過去の私。ずっと、隠していたかった。 永久が意地悪でこう言っているわけではないことは重々分かってる。 むしろ……その逆。心の奥に沈んだ、私を救ってくれようとしている。 だけど、やっぱり辛いよ。皆との関係が崩れてしまうことが。 今の未永≠ェ崩れてしまうことが。 「っ、未永……!!」 その崩れてしまいそうな私を見られたくなくて、私はその場を逃げ出した。 このまま、何もかも捨ててしまって逃げられるのならば、楽なのに。 「未永……!」 駈け出した未永を見て、ようやく少し歯止めがかかったのか、永久が後を追おうとする。 だがそれを止めたのは、跡部だった。 「お前はここに居ろ」 「っ、でも、」 「ここで……こいつらに真実を話してやれ」 そう言うと、永久だけではなく宍戸や鳳も驚いた顔をした。 「跡部、どうして……」 「……それが、こいつらにも、未永の為にもなる」 「……未永先輩は」 「俺がなんとかしてくる。宍戸も、永久と一緒に話してやれ」 この状況の中、永久だけではなく宍戸も話した方が良いという跡部の判断だった。 永久だけでは、何か偏った事を言ってしまうかもしれない。 その跡部の真意を受け取ったのか、宍戸は頷いた。 「……未永を頼む」 「わかった」 そして、跡部は未永の後を追って行った。 それを見送った宍戸は、まず永久を見た。 「……どうして、あんなことを言ったんだ」 「っ……我慢、できなかったんスよ」 真っ直ぐ見つめて問う宍戸に、少しだけ言い過ぎたと反省しているように言う永久。 「あいつの『好きな人』は……こいつらじゃない」 悔しそうな永久の小さな呟きに、宍戸は何も返さなかった。 「………未永のこの話は、跡部と長太郎は知ってる」 「そうなのかよ……鳳」 日吉が鳳を見ながら聞くと、鳳は静かに頷いた。 「合宿の時にね。少し気になることがあって、それで宍戸さんに聞いてみたら話してくれたんだ」 未永の体調不良が原因で、未永の弱さを垣間見た時。 宍戸の表情がいつもと違うと気付いたメンバーに、宍戸は本当のことを話していた。 「……永久の言う通り、俺が主な原因だが……俺たちは、未永を傷つけてしまったことがある」 「未永と同級生の奴だから……。鳳と日吉、樺地は知らないだろうけどな」 宍戸と永久が話し出すと、永久と鳳が若干暗い顔になったことに他のメンバーは気付いた。 そしてその空気を感じ取り、静かに宍戸の話を聞くことにした。 「あんたたちは、初等部の頃から未永が同じ学校に通っていたこと、知ってたか?」 「え、初等部からって……」 「マジかよ……」 忍足と向日が呟く。どうやら、知らなかったようだ。 そのことに若干、永久が悔しそうに唇を噛んだが、何も言わなかった。 「もちろん、未永は知ってた。お前らの存在の所為で、虐められていたんだからな」 「永久……」 少しきつい言い方になったのを、宍戸が落ち着かせる。 そして、永久に代わるかのように話し始めた。 「初めは、幼馴染である俺が原因だった」 それは合宿の時に話した内容と同じ。 自分と仲良くしている未永を妬んだ、同学年の女子生徒の仕業。 だがそれも、自分と更に仲良くしていた、跡部たちの存在も一つの原因となった。 『皆の憧れの存在に、必要以上に近づかないで』 『未永のじゃない。皆のものだから』 跡部たちとは、話したことも会ったこともなかったのに。 皆の憧れ≠フ一人である宍戸と仲が良かったがために。 皆の憧れ¢S員を取られてしまうんじゃないかと恐れた女子生徒は多く居た。 ただ、幼馴染と仲良くしていたかっただけなのに。 ただ、笑い合っていたかっただけなのに。 ………そして、それらを諦めて未永は遠くに引っ越した。 自分を認めさせる為に。 皆の傍に居ても、『釣り合わない』『邪魔者』と言われないように。 別の学校で、新しく自分という存在を作ってきたんだ。 そして氷帝に帰って来た。新しい今の未永≠連れて。 今の未永≠ヘ皆に受け入れられ、現在のように楽しく過ごすことができるようになった。 だが、得たものもあれば失ったものもある。 人を好きになることを、未永はしなくなった……いや、拒否するようになった。 だから今の未永≠ヘ成り立っている。 1番が居ないから、全員に平等に仲良く接することができているのだから。 ……そこまで話すと、向日は切なそうに呟いた。 「……俺たちの所為で……未永はそんな辛い思いしてたのかよ」 「全然、気付かへんかった……」 「当たり前だ……。こっちに来てから、未永は気付かれないようにずっと馬鹿やってたからな」 永久は、未だ少し皆を責めるような目つきで言った。 「俺は、誰よりも近い所で未永を見てきた。そして、守ってきた……」 「………」 守る≠ニいう単語を聞いて宍戸は悔しそうに眉を寄せた。 「だから、俺はあんたたちのことを許せねえんだよ。それは何も、過去に未永が虐められる原因だったからじゃない……」 永久の言葉に、当初のような激しい怒りはもう無かった。 あるのは、大切な姉の為に伝えたい≠ニいう気持ち。 「本当の未永のこと何も知らないくせに、仲間ぶって笑ってるからなんだよ……」 未永にとっては、それが最高の形なのかもしれない。 自分の辛かったこと、隠したいことを全て投げ捨てて、楽しく過ごせるのだから。 だけど、それが未永の為にならないことを永久はとっくの昔から気付いていた。 本人は前に進んでいるつもりかもしれない。 だが実際は、先が全く見えない暗闇をただ自己満足で歩いて、進んだ気になってしまっていることを。 永久は気付いていながらも、今まで言い出せないでいた。 例えわだかまりがあったとしても、氷帝に来てからの未永の笑顔は幸せそうだったから。 「で、未永も……。自分の気持ちを捨てて、過去と向き合わないでいる。だから……さっき、すげえカッとなった」 「……過去と向き合う……?」 「どういうこと?もう未永は、過去を克服したんだよね……?」 不思議そうに聞く芥川に、永久は言いたくなさげに口を噤んだ。 「……亮兄貴、これは、俺がどうこう言えることじゃないッス」 「永久……」 「俺も、別にいつまでも過去を恨んでるわけじゃないッスから。ただ、一歩でも前進して欲しいだけなんですよ……」 宍戸に強く言い聞かせるような目で、永久は言った。 その目を見て、宍戸は哀しそうに目を逸らす。 「亮兄貴は確かに……未永を守ろうとしてくれてたんスから」 「っ……」 永久の言葉は、実際のところすごく有り難く思える。 だが、心のどこかで、その言葉を素直に受け取れない自分が居る。 例え未永や永久が自分を許してくれると言っても。 何より自分自身が……自分を許せないでいるのだから。 「………そろそろ、未永も落ち着いた頃だろうな」 「宍戸さん……」 話題を変えた宍戸を見て、鳳は切なそうに宍戸を見つめた。 何も、過去と向き合えていないのは未永だけではない。 宍戸自身も、過去を乗り越えなければいけないのだと。 二人の気持ちに気付いている人物は、そう思っていた。 ×
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