No side



「……おい、何なんだよ話って」


未永と丸井が話し込んでいる隙を見計らい、仁王は宍戸を遠く離れた……テニスコートからは見えないような場所へと連れてきた。
立ち止まり宍戸を見ると、不審そうな顔で自分を見ている。


「せっかく来たのにいいのか?あいつと話さなくて」
「ああ。……それより、宍戸を怒るのが先じゃ」
「……俺を怒る……?」
「そうじゃ。俺は今、結構宍戸に対して怒っとるよ」


その言葉に嘘はないのか、いつもの飄々とした態度を見せない仁王。
宍戸は初めは信用していなかったものの……その雰囲気を感じて眉を寄せた。


「俺、お前に何かしたか?」
「いや、何も」
「はぁ?」
「俺には何もしとらん。ただ、未永にも何もしとらんじゃろ」
「………」


宍戸は仁王の意図が分からず黙り込む。
仁王は続けて、


「お前さん、未永のことが好きなんじゃろ?」
「!?」


実にストレートに、宍戸にその言葉を放った。
宍戸は面食らった顔で仁王をじっと見る。


「……まぁ、聞くまでもないよな」
「ちょっと待て。どっからそういう……」
「好きだったら何で、未永の柔軟の相手を向日がやっとるんじゃ」
「……!」


その言葉に宍戸は少し目を見開き……黙る。
それは自分でも、数日前から心配に思っていたこと。
急に未永は自分を避け始めた。自分が悪い事をしたということは思い浮かばない。
だとしたら、未永に何かしらの心境の変化があったと思っていた。
でも、答えは見つからない。あいつは、自分の前では強がるから。
本心を曝け出してはくれない。だから……何も言うことができなかった。
そのことを悔いている気持ちが少なからずあったから、仁王の言葉に反論できないんだ。


「……別に、俺が未永の相手を強要する権利なんて、」
「確かにないな。だが……お前さんはもっと、我儘になってもええと思うんじゃ」
「………」
「はぁ。お前たちに気付いてもらうために、俺は未永に告白したんじゃがな」
「!?!?!?」


仁王の言葉に今世紀最大の驚きを見せた宍戸。
目を丸く見開いて、口をぱくぱく動かしている。


「やっぱり、未永は言っとらんのじゃな」
「……お、おまえ、」
「まぁ、だから今言おうと思ったんじゃがな。俺はな、宍戸。合宿最終日の日に告白して……見事に振られたんじゃよ」


信じられない言葉が次々と飛び出してくるからか、宍戸は仁王の顔をまじまじと見る。
まさか彼のペテンでは、とも考えたが……仁王の表情からはそんな様子は窺えなかった。
優しげで悲しげで……とても切なそうな顔をしていたから。


「俺の告白をきっかけに、未永が恋愛に対して前向きになればええと思ったんじゃがのう……」
「まさかお前、未永の為に……」
「いや、もちろん本気だったぜよ。本気だから……こうして、ピエロになろうと思った」


仁王はポケットに手を突っ込みながら呟いた。


「あいつは本当に、馬鹿で阿呆じゃからな。素直すぎて……見てられんかった」


その表情は、どこか寂しげで。


「本当なら……未永の心に空いた穴、俺が埋めてやりたかった。じゃが、その役目は俺じゃない」
「………」
「もうとっくに気付いとるんじゃろ?未永を救ってやれるのは……お前さん自身じゃと」
「………俺は、そんなことできる立場なんかじゃ」
「いや、お前さんにしかできんことじゃ」


宍戸は辛そうな面持ちで小さく呟いた。
だが、それを仁王は真っ向から否定する。


「だから早く、お前さんも本音を……」
「この気持ちだけで救ってやれるなら、とっくに救ってる……!」


仁王に反論するように、宍戸は苦しそうに自分の胸元を掴んで言った。
そうだ。この気持ち一つであいつを救えるなら……そんなに楽なことはない。
だが、あいつの気持ちはそうは簡単に救えない。
簡単に……本心を、過去に忘れた感情を……取り戻すことなんかできない。
特に、あいつを苦しめた張本人であるこの自分が。
この期に及んで……こんな気持ちを曝け出せるわけがない。


「できねえよ……!あいつの今の気持ちを壊すことなんて……」
「………」
「だから俺は、あいつから避けられようが……嫌われようが……っ、悲しいなんて、思う資格なんてない……!」


ふと、未永の笑顔を思い出す。
あたたかくて。元気溢れる……可愛い笑顔。


「俺は、あいつが幸せになれるんなら……それでいい……」


あいつは今笑ってるんだ。
自分の為に。俺の為に。俺たちの為に。
そんな風に頑張っているあいつに……水を差すようなことはできない。
どんな形であれ、あいつが幸せになってくれれば、自分は。


「………ようやく聞けたかの。お前さんの本心」
「っ……!」


仁王はふっと笑った。
その一言で、宍戸の高ぶった感情も一気に冷めた。


「お前、俺に言わせる為に……」
「まあな。お前さんは頑固じゃからのう。でもなかなか、熱い告白が聞けたかもな」
「っ、お前なぁ……!」


にやにや笑っている仁王に、宍戸は脱力した。
大きな溜息をついて、平常心を取り戻す。


「ところで宍戸」
「な、なんだよ」
「未永に避けられとるんか?」


首を傾げて聞く仁王。
そこで、先程つい零してしまった事情を思い返す。
そのことを若干後悔しつつも、真実を聞くまで下がらないという仁王の態度に押され、事情を説明した。


「ほう……。急に未永の態度が余所余所しくなったと」
「ああ。あいつにしては無理矢理……意識してやってると思う」


何も、完全に避けられているわけではないことは分かっていた。
どんな時でも、一度は自分のことを見てくれていることは宍戸は知っていた。
初めて柔軟を他の人とやると言った時も。
今朝、改めて授業を受けた時も……未永は自分の事を見てくれる。
だがその行動に気付くと、急にはぐらかしてそっぽを向く。
いくら宍戸でもその異変には気付いていたようだ。


「それは単に、未永もお前さんを意識してるんじゃなか?」
「な、ななな何言ってんだよ!あいつに限ってそれはない!そんなキャラじゃねえ!」
「(……真っ向から否定されとるぞ、未永)」


だが仁王も完全に否定はできない様子。
とりあえず、うんうんと頷いておいて、話を進めた。


「そうじゃなあ、未永も未永で、ちょっと自重してきたのかもしれんのう」
「……自重?」
「ああ。亮ちゃんっ子の未永だからな。さすがに宍戸にも迷惑なんじゃないかって思ったとか」
「亮ちゃんっ子って……。それに、あいつはそんなこと考える程賢くない気が……」
「(……未永も不憫じゃのう)」


心の中でそっと未永を慰め、仁王はくくくと笑って空気を変える。


「ま、俺の一つの考えじゃ。どう取るかは宍戸次第。どう変えるかも宍戸次第じゃ」
「………そう、だよな」


宍戸は心の中で繰り返す。
自分次第……幼馴染で、一番近い存在である……自分が。
まだまだ未永を支えていかなくてはならない。


「よし、そろそろ戻るか。あんまり長いと心配させるしな」
「ああ、そうだな…………仁王」
「ん?」
「今日は、さんきゅな」
「………おう」


ペテン師は最後に、
心からの笑みを二人へのエールとした。


×