「皆ーただいま!」 私がコートに戻ると、そこには既に私以外の全員が揃っていた。 さすが樺っち!ちゃんとジロちゃんを送ってくれたみたい。 「なんや、ちゃんと戻ってきたんやな」 「ってことは、さっきまで跡部が考えてたお仕置きも延期だな」 「ちょっと待って!?私が居ない間になんてことを!」 お仕置きとか……景ちんが考えたってだけでも恐ろしい。 それにしてもがっくん、延期っていう言い方は今後実行されることがあるみたいで余計に怖いじゃないか。 「未永、」 「……ジロちゃん」 ジロちゃんが覚醒しているとも眠たげとも言えない顔で私の名前を呼んだ。 「宍戸から聞いたよ〜。俺のために練習後回しにしてくれたんだよね?ごめんね〜」 「い、いいよそんなの!ジロちゃんのためだもの!」 「ったく……未永はジローに甘いんだよ」 「あはは、なんか俺、未永だけじゃなくて宍戸にも心配かけちゃったみたいだね」 ジロちゃんはそう言って、なんだか意味深な表情を亮ちゃんに向けた。 私はさっきのジロちゃんとの会話を思い出してひやひやする。 もしジロちゃんがその無邪気な性格でさっきのことを話したら……! 「ったく、じゃあ未永も揃ったところで、練習に移るぞ」 だけど私のその心配は必要なかったらしく、すぐに景ちんの号令で練習が始まる。 「今日は何をするんですか?」 「そうだな……柔軟してから結構時間も経っちまったし、今日はこのまま筋力トレーニングでも続けるか」 「うえー、まじでー?」 景ちんの言葉に私は苦いものでも食べたような顔になる。 いつもやってる走り込みとかよりはマシだけど、筋力トレーニングも地味に辛い。 背筋とか腹筋とか……皆は鍛えてるからまだいいかもしれないけど、私にとっては1回1回が地獄だ。 でも……体育祭本番にはチアの衣装も着なくちゃいけないし、ダイエットにもなるからしょうがないか! 「そう文句言うなよ。ほら、早速やろうぜ」 「えっ」 隣に居た亮ちゃんが苦笑して、私に手を差し出す。 私は無意識にそんな声が出て亮ちゃんの手をまじまじと見てしまった。 何らおかしいことじゃない。 いつも部活でペアになる時、私の相手は亮ちゃんなんだから。 だから何もおかしいことじゃないのに……。 「もしかして、宍戸と跡部のどっちかが好きなの?」 さっき言われた、ジロちゃんの言葉が頭の中を巡る。 そっか……私がこうやって、いつも亮ちゃんにくっついてるから。 子供みたいに、亮ちゃんに甘えてばっかだから……ジロちゃんが思ってしまったみたいに勘違いをされたのかな。 幼馴染だからつい……無意識のうちに、私は亮ちゃんにばかり頼っていたのかもしれない。 「……未永?」 「あ、えっと、なんでもない!その……き、今日は私、ピヨとやろうかなっ!」 「は?俺ですか?」 「う、うん!ほら、いつも私が相手だと亮ちゃんがなまっちゃうかもしれないし……たまには、しっかりとトレーニングしておいた方がいいでしょ?」 「未永……」 亮ちゃんが訝しげな表情で私を見つめてる。 わ、私……なんだか変な態度だったかな? なるべく目を動かさずに視界の隅から隅まで見てみると、亮ちゃんだけじゃなくて景ちんや侑士も珍しそうな顔をしてた。 そしてジロちゃんは驚いているような、そんな表情で。 「俺は別にいいですけど……宍戸さんはそれでいいんですか?」 「へっ?お、俺も別に構わないぜ……」 「あ、あはは、じゃあ今日のペアはピヨね!亮ちゃんはチョタと、伸び伸びとトレーニングしてね!」 ということで、私の交渉は成立した。 「珍しーな。未永が宍戸から離れるなんて」 「ついに宍戸離れする時がきたんかもしれへんなぁ」 「……なんだよ、宍戸離れって」 「ははは!宍戸おまえ、思春期の娘を持った父親みたいな顔してるぜ!」 「う、うっせえ!」 私は皆がそんなことを話している間にピヨの腕を引っ張り、皆から離れた。 ……えっと、まずは腹筋だっけ。 「……未永先輩」 「ん?なに、ピヨ」 「どうしたんですか、急に」 「え、どうしたって……私、別にどうもしてないけど?」 ピヨも眉を寄せて、私を疑うような視線で見てる。 うう……ピヨにそう真っ直ぐ見られると、なんだか何も悪い事してないのに、後ろめたい気持ちになる……。 「もうっ、そんなに見つめられたら恥ずかしいでしょ!」 「………はあ。またそうやって誤魔化すんですね」 「……へ?今、何か言った?」 「いいえ、なんでも。時間もあまりないので、早く始めますよ」 あれれ……?さっきまで怖かったピヨの顔が、いつもみたいに呆れた表情になる。 どうやら私の冗談が効いたみたい! 「そ、それもそうだね!よーし、私はりきっちゃうからねー!」 「それは止めてください。怖いんで」 「失礼な!」 そんなやり取りをしながら私は初めて亮ちゃん以外の人とトレーニングをした。 ピヨとは初めてだったから凄く新鮮だった。 だったけど、 「い、いたたたた!ちょ、ピヨピヨ!無理無理無理ぃ!」 「まだ少ししか押してませんよ。せめてつま先くらい触れてください」 「それが痛いんだってええええええ!」 「我慢してください」 「ぎゃああああああああああ!」 亮ちゃんとは違って、容赦無しに励ましの言葉もなく私の背中を押すピヨには少し困った。 あれだね……ピヨはきっと、景ちんみたいな部長になれると思うよ。 マネとして被害者として、胸を張って言える……。 私が悲鳴を上げならが筋トレをしてると、横から「もっと色っぽい声出せへんのか」って侑士に理不尽なことを言われた。 頭にきたから、もし今度侑士と組むことがあったら全体重をかけてあげると心に決めた。 そうして筋トレは続き、景ちんの号令で部活が終了した。 「はあ……殺されるかと思った……」 「あはは、なかなか大変だったね」 「たっきー……少しは助けてくれてもいいんじゃないかな」 「それはできないよ。身体が固いと女の子は大変だからね。未永のためだから」 なんて言いながら笑ってるたっきー。 この部活に私の味方はいないのか……。 「そうですよ。女性の身体は柔らかいのが一番ですよ。イロイロとね」 「景ちん!チョタがなんだか妙なことを言ってます!」 「何で俺に言うんだ……。放っておけ」 最近チョタのキャラが迷走しているのは何故だろう。 きっと、チョタにも色んな事情があるんだね。 そんなことを話しながら着替えを済ませ、皆にもお別れを言って亮ちゃんと一緒の帰路を辿る。 「あーっ……それにしても、今日も疲れたね」 「ああ……そうだな」 ……ん?なんだか亮ちゃんの元気がない。 どうしてだろう? 「……もしかして、亮ちゃんも疲れてる?」 「え?」 「あ、気のせいだったらごめんね。でもなんだか、いつもより元気がないみたいだったから」 「……なんでもねえよ」 そう言って、ふと笑った。 だけど……その笑った顔もどこか疲れているみたいに見える。 うーん、やっぱり最近私の生温いトレーニングに付き合わされていたから、ギャップに身体がついていかなかったのかな? 「未永、」 「ん?」 「………っいや、なんでもない」 「?」 何か言おうとして、止めた亮ちゃん。 私は何がなんだかわからなかったけど、深く追及はしなかった。 何か言って、亮ちゃんを困らせたくはないしね……。 今日はそのまま、どこか元気のない亮ちゃんと一緒に家に帰った。 ×
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