「け、景ちん……」 「なんだ」 「き……筋肉痛が、響く……」 「我慢しろ」 「もっと優しい言葉をかけることはできないの!?」 ただいまラスト1周の地点。 もっと優しいサポーターが欲しいです。 「あと1周だろうが。文句言わないで走れ」 「そっ、そんなこと言っても……私運動なんて普段してないからきついんだって……」 「たるんでる証拠だな」 「あぁああーー痛いよーー!」 私は始終そう叫びながら5周を走り終えた。 その頃にはもうへとへとで。 皆が駆け寄ってきてくれる。 「ほら、タオルだ」 「あ、ありがとう亮ちゃん……」 呼吸を整える為にずっと地面を見ていた顔を上げる。 そこには、少しだけ心配そうな顔をしている亮ちゃん。 厳しい鬼部長とは全然違う。 「ううっ……亮ちゃん!!」 「な、なんだってんだよ!」 思わず抱きつく。 もう……次から亮ちゃんに応援されたい。 いや、もう私は我儘言わないよ。 景ちん以外なら誰でもいい! 「なんや最近、宍戸に抱きつくんが癖になってもうてるやん」 「くす、本当に宍戸が好きなんだね」 「もともと幼馴染だから仕方ないC〜」 「未永離れろ。お前がそうしてると話が進まない」 景ちんが少し不機嫌そうな声で言うけど、そうそう癒しからは離れられない。 「嫌!私の落ち込んでいる心とこの憎い筋肉痛を直せるのは亮ちゃんしかいな「未永先輩、俺いいツボ知ってるんですけど押してあげましょうか?」ごめんなさい離れます」 チョタにそんな恐ろしい真似はさせない! そのまま貫かれたらと思うと怖すぎる。 「最近俺の扱いが雑になってきてません?」 「あ、あはは!そんなことないよ!」 チョタならやりかねないと思って言ってるんだよ、うん。 「まぁいい、今日は少し事件もあって時間がない。部室でミーティングをするぞ」 「え?そうなの?」 「ああ。ちょうど運動部対抗リレーの走者の順番も決めるところだったし、都合が良い」 景ちんがそう言って、先頭を切って歩く。 私たちもそれに続く。 そして部室に着き、それぞれ席に座る。 目の前の大きなホワイトボードを眺め、大きな机を囲むようにして座った。 景ちんがその前の椅子に座って、横には樺っち、書記をやるのかたっきーがペンを持ってる。 「走者は何人なの?」 「10人だ。ちょうどこの場にいるメンバーで全員だな」 ほうほう。 景ちん、侑士、がっくん、亮ちゃん、ジロちゃん、たっきー、ピヨ、チョタ、樺っち、私……。 ああ……このメンバーを見ると自分がいかに浮いているかが分かる。 本番で走る時、吐いちゃったらどうしよう。 「そんな汚い想像をするのはやめてください」 「ごめんねピヨ」 向かいに座ってるピヨに向かって謝る。 そこまで私の呟きは聞こえていたのか……。 「まずこのリレーは、部長がアンカーを務めるのが決まりだ」 景ちんがそう言うと、たっきーがホワイトボードに景ちんの名前を書く。 なるほど、ラストでいわゆる部長対決なのね。 「あとは好きに順番を決められるが……何か意見はあるか?」 「そうやなぁ、初っ端から流れを掴んだらええと思うし、反射神経のええ岳人を第1走者にしたらええんちゃう?」 「お、さっすが侑士!俺も、1番でぐわっと差を広げられる自信あるぜ!」 侑士の言葉にがっくんが立ち上がって自信満々に言った。 確かに、がっくんは何かと奇想天外だし、あんなに身軽なんだから適任かも。 「じゃあ俺が2番目走ります」 「お、日吉やる気じゃん」 「俺もどちらかというと自信はあるので」 「さすがピヨだね。下剋上がんば!」 「ふん、まあいいだろう」 景ちんがそう言うと、さらにたっきーがボードに付け足す。 「でもさ、1番2番はいいとして、真ん中辺りは重要なの?」 「いや……そこまで重要性はないな」 「そうなんだ……」 ということは、遅れても後の人が巻き返してくれる可能性もあるってことね。 じゃあ真ん中辺りで適当に走って、次につなげる役目を担うのもいいかも! 私ったら頭良いー! 「はいはーい!私6番くらいで走りたい!」 「だめだ」 まさかそんなにあっさり否定されるとは思ってなかったよ。 「どうして!?」 「お前の足の遅さは理解した。途中でハプニングでも起こされたら困るからな」 「じ、じゃあ尚更早めに走った方が、」 「だから、だめだ。どうせお前のことだ、後で走るやつが自分の分をカバーしてくれるとでも思ってるんだろ」 くっ……! 私の思考ですら景ちんにはお見通しなのね! やっかいなインサイト! 「あー、確かに未永そんな顔してたもんな」 「へ?」 「今少し表情緩んだだろ」 「なんか企んでそうな顔やったなぁ」 「なっ……そ、そうだったの……?」 私の正直者っ!! ポーカーフェイスになりたい! 「亮ちゃん……私、これほど素直な自分を恨んだことはないわ」 「な、なんだかよく分かんねえけど……頑張れ」 「てことで、お前は俺様の前に走らせる」 「!?それは何の虐め!?」 景ちんの前とか、アンカーの前じゃん! 手……抜いたら……怒られる……。 もともと抜く気はないけどもっ……! 「それで大丈夫なの?」 「あ?……問題ねえ」 「た、たっきー!もっと言ってやって!私にそんな場所勤まらないって!」 「うーん……確かに心配だけど、跡部が言い切るし……」 たっきーも景ちんには意見しないみたい。 どうしよう! このままだったら本当にプレッシャーに押しつぶされるリレーになっちゃう! 「それに、ちゃんと対策はある」 「対策……ですか」 ピヨが聞きたそうに繰り返す。 私も耳を傾けてみた。 「直前の走者を宍戸にすればいい」 「え、俺!?」 一斉に亮ちゃんに視線が集まる。 本人は一番予想外だったみたいで、人差し指で自分を差した。 「そうだ。お前、脚には自信があるんだろう?」 「ま、まあそうだけどよ……」 「だったら、未永が一生懸命走れるように直前で差を広げてやれ。そうしたら、こいつも妙なプレッシャーがかかることもないだろ」 得意げに言う景ちん。 亮ちゃんも特に異論はないのか、何も言わずに同意した。 「わかったよ。俺も、走るだけが取り柄だからな。未永の為に一肌脱いでやるか」 「り、亮ちゃん……」 なんだか楽しげな顔で言う亮ちゃん。 こんな表情見たら、反論できないよ……。 「ということだけど、どう?未永は」 「たっきー……。うん……亮ちゃんが頑張るって言ってくれるんだもん。私だって頑張るよ」 「さっすが未永だC〜」 皆も応援してくれてるしね。 できるだけ迷惑にならないようにしなきゃ。 「あとは……日吉の次に、鳳、樺地と2年が続け」 「はい」 「ウス」 たっきーがボードに書く。 「残りは、ジロー、滝、忍足の順だな。もしジローが寝てたら、お前ら二人で巻き返せ」 「俺寝たりしないC!」 「はは、そう期待してるよ」 「了解や。次の宍戸につなげたろうやないか」 こうして順番が決まった。 がっくん→ピヨ→チョタ→樺っち→ジロちゃん→たっきー→侑士→亮ちゃん→私→景ちん。 うーん、大丈夫かなぁ……。 って、今から心配しても仕方ないよね。 「よし、じゃあ次回から実際に走って、バトンを渡す練習もする」 「うーバトンを使うの?」 「未永、落とすなよ〜?」 「そう言ってもがっくん……走るプラス、バトンを渡すなんて動作、難しいよ……」 大体バトンってつるつるしてるし! 絶対滑らすに決まってる……。 「大丈夫ですよ未永先輩」 「チョタ……」 「バトンを落としたらどうしようって考えるからだめなんです」 なんだか妙に優しい雰囲気で告げるチョタ。 もしかして、私を元気づけようとしてくれてるのかな……? 「バトンを落としたら確実に負けると自分を奮い立たせばいいんですよ」 「今からプレッシャーを与えるつもり!?」 チョタに優しさを求めた私が馬鹿だったのかもしれない。 先輩いじめが好きだからね……チョタは。 「あはは、冗談ですよ。バトンを落としたくらいで順位が変わることなんてありません」 「えっ……」 「それに、そういうハプニングを想定して、俺たちは未永先輩のために頑張るんですから」 「あ、うん……」 なんだか急に白い笑顔を見せたチョタにびっくり。 ちょっぴり照れる。 「そうだよ!失敗なんか気にしちゃだめ!成功だけをイメージすればいいよ!」 「じ、ジロちゃん……」 「そうだぜ。仮にも俺たちのマネージャーなんだ。もっと前向きに考えろ」 仮にもって……私は正式なマネだと何度言ったら分かるんだ景ちんは。 でも、まあいいや! なんだか元気も貰えたし! 「わかったよ!私、イメトレは得意だから、そこは心配しないで!」 「いつもくだらない妄想ばかりしてますからね」 「妄想じゃなーい!」 そう言うと、部内に笑いが零れる。 なんだか良い雰囲気じゃない? この空気だと、きっと何をやっても成功できる! 私はそう信じてる! 今日を入れて体育祭まであと6日! がんばるぞー!! ×
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