俺の目の前で柳沢先輩が死んだ。
あんな、小さな銃弾に胸を貫かれて。
柳沢先輩はすぐに白目をむいて、血がいっぱい出て、生々しい音を立てて倒れた。
隣にいた木更津先輩はすぐに近寄った。そして声をかけた。
でも、俺には出来なかった。むしろ……仰け反った。
怖かったんだ。ひたすら、怯えた。
一瞬、死んだ柳沢先輩を見て、恐怖を覚えたんだ。
……ひでえよな。
先輩なのに。慕っていた、先輩なのに。
近寄って心配に思うどころか、こんな風に思っちまうなんて……。

それくらい、人の死は俺の心に深い傷を残した。

……あれから、全員あの鉄のような扉をくぐっただろう。
俺は番号が遅い方だから、行く人々の表情を見ていた。
誰もが……俯いて、唇を噛んで、躊躇いながら一歩ずつ扉へと踏み出していった。
それからのことは判らない。
皆がどこに向かったのか。
扉の先は迷路のように枝分かれていたから、きっと全員がばらばらの場所に居るんだろう。
俺が辿り着いたのは森の中。他には誰の姿もない。

扉を抜けてただ一人、動けずに立ったままだった。


『皆、それぞれの扉をくぐり終えた。これから簡単な説明をする』


無機質な機械音と共に、忌々しい声が聞こえた。
嫌に冷静な声。あの氷帝の監督のもの。


『期限は5日。その間、最後の一人になるまで好きに殺し合いをしてくれたらいいだけだ』


今一番、聞きたく無い声。


『1日の終わり、24時間ごとに放送をかける。そこで死亡者やその他報告を知らせる。その他の放送は基本ない』


感情も、何も無い声。


『以上だ。私からお前たちにアドバイスをやろう。……殺さなければ、死ぬと思え。死にたくなければ、殺せ。……いいな』


その声が、最後に、残酷な言葉だけを残した。
俺たちの心に言いつけるようにして。
物凄く不快だ……まるで、何かに洗脳されているみたいだ。
この人の言っている内容は、殺すことが正しいと言っているようにしか聞こえない。


『それでは、開始しろ。健闘を祈る』


こうして放送が終わった後、俺はしばらく何も考えられなかった。
同時に、とてつもない絶望感が襲ってきた。
夢なんかじゃない。これは現実なんだ。
信じたくもないけど。信じないといけない気がして。
覚悟を決めないといけないのか……?


「……!」


誰かの声が聞こえる。叫ぶような……何か呼んでいるような声。
でも今は、そんなものどうでもいい。
何も……考えたくない。この現実を直視したくない。


「……裕太!」
「!?」


だがそれは、必死な様子で俺を呼ぶ声だった。
一瞬どきんと胸が鳴って、声のする方を見た。


「よかった。意外と近くにいたんだな」
「あ…赤澤部長、」


その姿を見て、俺は少し安堵の息を吐いた。
同じ学校の先輩だ。俺の、信頼できる人だ。


「……一人か?」
「そうですけど、どうしたんですか?」


息を整えながら赤澤部長は問いかけてくる。
きっと走って来たんだろう。


「いやな、扉をくぐる前に、観月が『合流して共に行動しよう』って伝言してたからよ」
「……観月さんが?」
「ああ。だから、今向かっているところだ」
「向かうって……どこに?」
「民家のようなものがあればそこで、と言っていたからな。この地図に従って行くつもりだ」


赤澤部長はそう言いながらバッグから地図を取り出す。
……そのバッグには武器だけでなく地図も入っているんだな。


「それって、ルドルフの人に伝えられたんですか?」
「そうだが」
「……俺、聞いてませんよ?」
「!?……お前には、木更津に言うように頼んだんだが…」


木更津先輩……。
俺は少し目を伏せ、呟くように言う。


「ショックで、それどころじゃなかったのかも知れませんね……」
「……そうかもな。あいつ、どこか放心状態だったしな」


一瞬の沈黙。
木更津先輩の気持ちを思うと……俺まで心が痛くなってくる。


「とにかく、どうだ?お前も俺と一緒に来るか?」


苦しげに眉を寄せ黙っていると、赤澤部長がそう誘ってくれた。
その言葉は素直に嬉しい。それにすごく頼りになる。
………でも、


「すみません。…俺、木更津先輩を探しながら行きます」
「ああ、それなら俺も……」
「赤澤部長は、早く観月さんの所に行ってください」
「……ああ、分かった」


俺は、木更津先輩のことがどうしても気になった。
俺に伝言をしなかったということは、もしかしたら放心状態の木更津先輩には元々聞こえていなかったかもしれない。
そうして一人彷徨う姿を想像すると、どうしても放っておくことなんてできない。
そのため、俺は赤澤部長と別れた。
赤沢部長が地図を見ながら歩いていく後ろ姿を見送る。


「………」


本当は赤澤部長と一緒に行った方がいいのかもしれない。
一人より二人、そして部活仲間全員で集まった方が安全なのは確かだ。
でも、木更津先輩も心配だから。
あのまま一人になんてしておけない。
木更津先輩は、少し意地悪なところもあったけど、根はすごく優しくて仲間思いで…。
きっと、今すごく不安で寂しいと思うから。


……木更津先輩、今どうしてますか―――?