月明かりだけがこの異様な空気に呑まれた世界を優しく照らしていた。
そんな、1日目とも2日目とも違わない、3日目の夜。


「やあ、まさか君と会えるなんてね」
「……なーんだ、生きてたんだ。ラッキーは伊達じゃないみたいだね」


木の枝に座っていた千石は、下を通り過ぎようとした人物に声をかける。
そして返ってきた憎まれ口に、含み笑いを浮かべた。


「まあね。君みたいな人がいる限り、俺は生きようと思えるから。……芥川くん」
「俺みたいなって……どういうこと?」


すでに覚醒状態の芥川は、千石を見上げながら口角を上げる。
問いかけてはいるが、答えは知っているようで……血に濡れたユニフォームを掴む。


「これなら、君のそれと違わないでしょ?」
「……全く違うよ」


狂気を宿した瞳が面白そうに千石を見る。
それでも抑えきれない狂気が口元から零れるように笑みへと変わる。
そんな様子の芥川を見て千石は少し眉を寄せて言った。


「俺のこれは、仲間が残してくれたものだからね」


千石は平然を装って、自分のユニフォームについている血を見つめる。
そうして懐かしむように二人の姿を脳裏に思い浮かた。


「君の悪趣味な血と一緒にしないでほしいな」
「……悪趣味?何言ってんの。ここじゃあそれが正当なんだよ」


千石はその言葉を聞いて、少し黙りこむ。
初日から今まで……ずっとこうして木の枝に座って色々と考えていた。
自分の為に犠牲となった、南と東方。
二人の命の犠牲の上に俺の命があると思うと……やはり苦しい。
どうせなら目の前の芥川のように、完全にBRに身を乗り出して狂ってしまえば楽になれるんだろうけど。
生憎、自分にはできないようだ。それが何より辛かった。
だから、こうしてただ人を殺すことに快楽を覚えるような奴を見ると……少し、憎らしい気持ちになる。


「で?こうやって俺に話しかけてきたってことは……俺に殺されたいの?」


黙り込んでいる千石に、芥川は武器の剣を手で弄びながら言った。
そんな狂気を漂わせている芥川に対し、千石はにかっと笑って答える。


「そんなことしないよ。俺はただ、君が殺したのは誰か気になっただけだよ」
「…………へえ?」
「ていうか、まさか君が乗り気だとは思わなかったからね。もしかして、襲われた?」
「……んなわけないじゃん」


にやにやと笑みを浮かべながら言う芥川。
千石は、そんな芥川の様子に嫌悪を表に出さないように努めた。
芥川はそのまま続けて、


「今千石が言ったように、俺が人殺しなんてするわけないって思った馬鹿を殺してあげただけだC」
「…………」
「あはは!今思い出しても面白いなぁ。立海のお人好し……柳生って言ったっけ?」


心底楽しそうに語る芥川に、千石は心の奥に嫌悪感を募らせた。
これだから、この世界は嫌なんだ。
心の中でそっと、あの二人にこんな世界を見せずに済んだことを少しだけ良かったと思い、


「柳生くん……かぁ」


特に何か言うわけでもなく、繰り返すように呟いた。


「相手が分かって嬉しい?それとも、俺に復讐したくなった?」
「いや、別に。俺はそんなに柳生くんと接点ないし……」


それに、俺なんかよりずっと……復讐したがっている人がいそうだからね。
千石はそう心の中で呟き、くすりと笑った。


「……なに、急に笑って」
「ううん、なんでもないよ。ありがとう、久しぶりに誰かと話ができて楽しかった」


張り付けたような笑顔を見せ、手をひらひらと振って言う。
そんな千石に、芥川はむすっと不機嫌そうに千石を見上げた。
だが何か文句を言ったりするわけではなく、ふうと短く溜息をついた。


「いいえー。本当は殺したかったんだけど、気が削がれちゃった」


良かったね、と芥川が言いながら再び歩き始める。
千石はその後ろ姿を鋭い目つきで睨んで、


「君みたいな人間こそ、殺されるべき存在なんだよ」


そう低い声で吐き捨てた。
生き残るのは、あんな汚れた人間ではだめだ。
人を殺すのを楽しんでいるような狂った人間ではだめだ。


「俺は君を殺さない。それよりも……もっと効率的なことができるからね」


千石は口角を上げて、木の枝から飛び降りた。
そして迷うことなく……芥川の進んだ方向とは逆の道へと向かった。