「淳……」 「もう僕は、元には戻れない。どうせ死ぬんだから……それなら、亮の手で」 俺は淳の言葉を受け入れたくなかった。 どんなことをしてでも淳に正気を取り戻させて、二人で生きていたいと思った。 だけど……淳の切々と語る姿を見て、俺も覚悟を決めないといけない、そう思うようになった。 冗談なんかじゃない。淳は真剣に、双子の兄として……俺を頼ってくれているんだから。 「それが……兄としての務め……か」 「……ごめんね。こんな弟で」 悲しそうに、本当に小さな声で呟く。その声は震えていた。 俺は淳に向け、何度も何度も首を振った。 違う。淳は何も悪くない。何も……。 「悪いのは、こんなことをさせている政府だよ」 そう言うと、淳は少し肩の荷が降りたように微笑んだ。 そんな微笑みすら、今にも消えてしまいそうな儚さを漂わせている。 「じゃあ……これ、俺の矢を使って」 覚悟を決めたように、淳は俺に武器を手渡す。 俺の武器はテニスラケットだからな……人を殺せるわけがない。 バッグからグリップ部分が見えているのに気付いたのか、淳が例の血塗れの矢を使うように促した。 そして俺はラケットを見て、思い出したように呟く。 「淳……また一緒にテニスしような」 「……うん」 淳は驚きながらも、嬉しそうに頷いて……そしてゆっくり目を閉じた。 その姿を見ると、やはり少し躊躇われる。 人を殺すということも、その相手が実の弟だということも。 でも……淳がそれを望むなら。 淳を止められるのが俺しかいないのなら。 俺は兄として……その役を全うしなければならない。 他の誰でもない。淳の兄である、この俺が。 「…………ごめんな、淳、!!」 そう叫びながら、俺は両手で矢を振り上げる。 救えなくてごめん。守ってやれなくてごめん。 こんなに無力で……ごめん。 何度も何度も心の中で謝りながら、俺は淳の心臓に矢を突き立てた。 いくら鋭利な先端を持つ矢とはいえ、中途半端な力では死ぬには至らない。 そうなると余計苦しくなってしまうことは分かっていたから……俺は最後まで押し込む力を弱くしなかった。 少しでも、淳が苦しまずに死ねるように。 もう、貫いているのが肉なのか骨なのか心臓なのか……分からない。 それでも俺は、涙を堪えて淳の胸を貫いた。 淳は小さく……痛みで呻いていたが、最期の力で俺の肩を掴んで、 「……あ、り……が…と……っ」 そう呟いた。 辛そうな顔をしながらも、口角を上げ……笑みを浮かべるようにして。 淳は最後、俺にお礼を言ったんだ。 ……俺は何も、お礼を言われるようなことはしていないのに。 むしろ謝らないといけないのに……お前は俺を、許してくれるんだな……。 肩を掴む淳の手の力が抜け、命の灯が消えたのを感じた。 俺は下唇を強く噛み、淳を芝生の上に横たわらせた。 そしてふと視線を上に上げると、 「…………っ」 俺たちの姿を見て、目を見開いているダビデと目が合った。 俺は思いもよらなかった人物に、息が止まりそうになる。 「亮さん……?なん、で……」 絶望しているような、軽蔑しているような、そんな目で俺を見て、呟くように言う。 その様子から、ダビデが見たのはきっと……俺が淳を殺したと言う事実だけだろう。 たったそれだけしか知らない。 ああ……これからダビデに全てを話すのは面倒だな。そんな義理もないし。 それに、俺ももう楽になりたい。 淳がいない世の中で、これからのことを考えるのも生きることも……全てが億劫に思えてきた。 俺はちらりと横目で、絶命している淳を見つめて……。 「あーあ……見られちゃったか」 「!?……」 口角を上げながら、狂ったように呟いた。 大丈夫だよ、淳。安心して。 お前のことは最後まで俺が守るから。 「亮さんっ……まさか、その……淳さん、を……」 ダビデは信じられないと言いたげに眉を寄せて言う。 口ではそう言っているけど、顔はそんなこと思っていない。 その目で見てしまっているんだから。俺を、殺人鬼だと心の中では確定させている。 「うん。そうだよ」 「っど、どうして……」 「んー……。何となく?」 笑みを崩さず、とぼけたように首を傾げながら言った。 するとダビデは案の定、疑念から確信へと俺を見る目を変えた。 そしてその瞳に、憎しみと嫌悪を充満させていく。 俺はもう一押しするつもりで、さらに嘘を吐く。 「それよりも、いいの?ぼーっとそこに突っ立ってて……ここに、お前の目の敵がいるのに」 「えっ……」 「バネを殺した相手、お前も殺したいんでしょ?」 俺はにやりと笑って、ダビデにそう言う。 ごめんね、ダビデ。俺はお前を……利用させてもらうよ。 バネの敵討ちをしたいと思うその気持ち。全部俺に向けてくれ。 そして、淳……せめて俺に、お前と同じ罪を背負わせてくれ。 お前の苦しいこと辛いこと悲しいこと、俺が兄として守るから。 だって俺たち、双子だからね。 「ま、さか……」 「そうだよ。バネを殺したのは俺だよ。……ダビデったら、全く疑わないんだもん。ああ、面白かった」 言葉を重ねるごとに、俺を睨むダビデの目が怖くなっていった。 強い敵意に溢れた目……本当はすごく心に痛い。 でも、俺は最後の俺の我儘のため、嘘を吐くのを止めない。 「探してたんでしょ?殺したかったんでしょ?……ほら、やってみなよ」 「……っ!くっそおおおおおおおおお!」 とても悔しそうな顔で叫ぶと……ダビデは何か黒いものをこっちに投げた。 あれは……テレビで見たことがある。手榴弾……っていうやつだったかな。 まさかそんな武器で殺されるとは思わなかったけど。 別に、大したことでもないよね。 人間なんて死んじゃえば皆同じなんだから。 「ごめんね……」 そして最期に、誰に向かったとも言えない言葉を吐いて。 俺は静かに目を閉じた。 それからどうなったとは覚えていない。 でも、ようやくあの世界から逃げられて、淳と一緒のところに行けると思えば。 怖いものは何もなかった。むしろ安心を感じた。 俺にとってこの死は、淳を守るための……名誉ある死のようなものだからね。 死亡者:木更津淳 木更津亮 残り26名。 |