夜になり辺りが暗闇に包まれても……木更津亮は、弟の淳を捜すのを止めなかった。
淳はきっと生きている。そう胸に思って。
今もただ、一人で深く悲しんでいると思うと……亮はやるせない気持ちになった。
何度目かの溜息をつきながら歩いていると、


「亮っ……!」


背後から声をかけられた。
それは聞き覚えのある……いや、今までずっと会いたいと思っていた人物の声。
亮がほぼ無意識にばっと振り返ると、そこには、


「淳!」


自分の半身のような存在である、淳の姿。
亮は嬉しくなってすぐに駆け寄ろうと足を踏み出した。
だが、


「……!?」


淳のユニフォームが赤黒く染まっているのを見て、それは躊躇われた。
その色は褪せていて……大分前についたものだと見てすぐに分かった。
初日、柳沢の傍で血を浴びたのは覚えている。
だが……それにしてはユニフォームについている血の量が半端じゃない。
本当に柳沢一人の血なのか?亮は一瞬にしてそんなことを考えた。


「亮……?」
「あ、淳……それ、は」
「……ああ、この血?」


きょとんとしていた淳は、亮の視線の先にあるものに気付いて、にこっと笑う。


「大丈夫だよ。これは全部、ただの返り血だから」
「っ……!」


心配されていると勘違いしている淳は、子供のような笑みを浮かべ、平然と言ってみせる。
見慣れた笑顔なのに、異様に思えてしまう。
だが亮はそこに違和感を感じるよりも、全部≠ニいう言葉に引っかかった。


「その血……柳沢以外のも……?」


そう恐る恐る聞くと、淳の表情が少し厳しいものに変わった。
途端に重くなった空気。亮は思わず生唾を飲み込んだ。


「人ってね……簡単に死んじゃうんだよ」


淳は視線を下に向け、淡々と、特に表情も変えずに言った。


「柳沢は、こんな数pの弾で」


言いながら指でその形を作る。


「バネは、こんな細い棒で」


淳はまた言いながら、バッグから血塗れの矢を取り出した。
予想外の事に、亮は目を丸くしてそれを見つめる。


「あ、つし……まさか、」
「うん、バネを殺したのは僕だよ」
「そんなっ……」


亮は驚きで二の句が継げなくなる。
そんな亮の様子を大して気にした様子もなく、淳は悪びれずに続けた。


「だって、仕方ないよ」
「!?」
「バネが……柳沢のこの血を、汚れてるなんて言うから……」


思い出したのか、淳は悲しそうに、自分の服についている血を見つめる。
でもそれは一瞬で、亮の顔を見た頃にはすでに笑みに変わっていた。


「でもほら、こうやって混ざり合ったら同じでしょ?どっちの血も綺麗だよね」
「っ………!」


理解しがたい淳の言葉に、亮は今度こそ言葉が出なかった。
バネを殺したのは弟である淳だということや。
殺したことを仕方ないの一言で済ませたり。
赤黒い血の色が綺麗だと言ったり。
目眩がするほど……淳の言葉や態度についていけなかった。


「(バネを殺したのは、淳……)」


脳内でそれだけを繰り返す。
そして、今日の昼頃に出逢ったダビデの姿を思い出す。


「(ごめんよ……。お前の相棒を殺したのは……)」


亮は悲しそうな顔で、心の中で呟いた。
そして震える唇を引き締め、呼吸をしっかりと整え……目の前の淳を見た。


「淳……俺、悲しいよ。お前が……そんなふうに、変わってしまったなんて……」
「………」


その言葉に、淳は相変わらず無表情のまま何も言わなかった。
少しの沈黙が流れた後、


「亮……僕、すごく亮に会いたかったんだよ」
「……え?」
「もうね、亮に会えたらそれだけでよかったんだ」


何年も前に生き別れになった人物に会えた時のような、恍惚とした表情を亮に向けた。
泣き笑いにも似た笑顔ではにかみ、亮をじっと見つめる。
対する亮は、突然何を言い出すのかと訝しげに淳を見つめ返した。


「悲しませてごめんね……。でも、僕の最後の……残酷な我儘、聞いてもらっていい?」
「…………?」


淳は初めて、心から切なそうに歪めた顔を亮に向けた。
そして、重々しく口を開く。


「亮の手で、僕を止めてほしい。僕を……殺してほしい」
「!?」


淳の言った通り、それは亮にとって残酷なものだった。
苦しそうな表情の淳と、哀しそうな表情の亮。
しばらく二人の間に……重い沈黙が流れた。