「っ……」


びくり、と無意識に身体が飛び起きる。
すると一瞬にして俺は現実の世界へと戻ってきた。
さっきまで脳裏に過っていたあの忌まわしい記憶から解き放たれて。


「……大丈夫ですか、橘さん」
「あ、ああ……大丈夫だ」


隣で、神尾が俺を心配そうに見る。その隣には深司も。
今はお互い交代で仮眠をとっている最中。
この時間は俺が眠る番で、二人は起きて周りを見張っている。


「汗、すごいですよ…」
「……心配はいらない」


……俺は初日のあの時から、ずっと同じ夢ばかりを見ていた。
俺たちの大切な仲間が……次々と立海のあいつに殺されていく様子が、今でも鮮明に。
あの時俺は何もできなかった。
突然のことに理解が遅れ、判断が遅れ……目の前でむざむざと仲間が殺されていく。
……俺は、部長としてあいつらを守らなければならない立場にあったのに、逆にあいつらに守られて。
まだ無事だった、この二人を切原から遠ざけることを考えた。
あいつらを見捨ててしまったも同然だ……。俺は、最低な部長だ。


「………少し辺りを見てくる」
「え?でも、」
「大丈夫だ。……一応、すぐに逃げられる準備だけしておけ」


俺はそう言い、心配そうな顔をしている二人の前で笑った。うまくはできていないかもしれないが。
あの時から辛い思いをしているのはこの二人も同じだ。
俺の前で遠慮しているのか、言葉では言わないが……心内では、かなり切原を恨んでいるだろう。
それはもちろん俺も同じだ。
……本音を言えば、辺りを見るというのは口実で、一人になりたいと思っていた。
一人で、少し頭の中を整理したいと。
そうして一人で歩いていると……


「っ!」


こういう時ばかりは、俺は神というものの存在を信じてしまう。
なぜなら、目の前には獲物を探しているような目で歩いている……切原の姿があったからだ。
俺は一瞬にして木の陰に隠れた。じっくりと様子を見る。
……どうやら俺には気付いていないようだ。迷うことなく道を進んでいる。
俺たちが隠れている場所へは向かっていないが、一応二人に伝えてここから離れないと。
本能のようにその考えが頭をよぎる。
だが、そのすぐ後に俺の心を支配したのは。


「………切原ぁあああ!」


あいつらを殺した切原への、憎いというただそれだけの感情。
それだけで俺は切原へと飛びかかった。
お前はなぜあいつらを殺した?
なんの躊躇いもなく……どうして。
どうしてあんなに幸せそうに笑っていた空間をぶち壊せたんだ……!


「なっ、!」


急なことで何の反応もできなかった切原が俺に押し倒される。
その間に、俺は両膝で切原の腕の上にのしかかる。
そして無防備な首に手をかけた。渾身の力を込めて。


「っぐ……ぁ、……ち、ばな……」


ようやく状況を察知したらしい切原は、どんどん目を充血させながら俺を睨むように見た。
それに俺は怯みもせず……ただ、目の前の悪魔の息の根を止めたいという衝動に駆られていた。
本当は分かっている。こんなことをしたって何にもならない。
俺の独りよがりな感情でたった今、人を一人殺そうとしているのだと。
頭では理解できていても……目の前にいる切原を見逃すことなんてできなかった。
あれだけのことをしておきながら、何の罪悪感も感じていない切原を。
のうのうと生きて、次なる獲物を探している切原を。
俺の記憶にあるのは、仲間の笑顔。
ただそれを……守りたくて。


「切原……お前を、殺しておかないといけない……!」


もう二度とあんな惨劇が起きないように。
この、何の躊躇いもなく人を殺せる殺人鬼を。
俺の手で……!
首の肉が強張る感触。肉越しに骨まで届くような……そんな嫌な感触が手の中にある。


「っ!!」


瞬間、切原が決死の力で俺の背中に膝蹴りした。
俺は突然の衝撃に力を緩める。そして、その間に切原は俺を突き飛ばしていた。


「ぜぇ…ぜぇ……ひ、ひゃははっ……!橘さぁん?まさか、またあんたに会えるとは思ってなかったぜ!」


しまった。そう思うより先に、切原が行動した。
切原は素早く短剣を取りだすと、それを俺の胸に突き立てる―――――が。


「!?」


俺は防弾ジョッキを着ていた為、刃物は俺の身体を傷つけなかった。
自分でも忘れていた。よかった、助かった。
一瞬だけそう思った。
だが、切原が顔を歪めたのは一瞬で。


「急所っつーのは、そこだけじゃないっしょ!」


――――――――――ああ、やっぱり俺はだめだ。
あの時……すぐに二人の元に戻り、この場から離れていればよかったものを。
そうすれば、二人に最後の別れが言えたのに。
頼りにならない部長ですまない、と。
俺は血が噴き出ている首を力の入らない手で押さえた。
ぬめりを帯びた血が手を赤く染めていくのに、その感触すら感じられない。
意識がどんどんと遠くなるのを感じながら……口の形だけで謝った。


「(……すまない)」


お前たちをこんな狂った環境の中残していくのが不安だ。
……勝手な判断で、こんな結末になったのは俺の所為だ。
だからお前たちはせめて……この馬鹿な俺みたいに。
人を殺す、なんて最低な行為をせずに、いてくれ……。

祈るように心の中で呟き、俺はやけに耳に響く悪魔の嘲笑を聞きながら目を閉じた。








死亡者:橘桔平

残り30名。