「はぁ……はぁ……」


俺が道を逆戻りして、数時間。
心臓が伸縮する動きが全く止まらない。
俺は一体何をしようとしているのか、この心臓の動きが何の意味を示しているのか。
自分でも分からなかった。
とにかく俺は、柳生に会いたかった。
文句を言いながらも、俺とダブルスを組んでくれた……相棒。


「や……ぎゅ、」


見つけた。
木にもたれかかっていたのか、奴の後頭部が木の陰から見えた。
俺はそれがすぐに柳生のものだと分かり、駆け寄る。
そして正面まで来て、


「っ……!」


親友の死に様をまざまざと見せつけられた。
……はは、俺も馬鹿じゃな。
奴は死んでいるのだから、こういった光景を見ることになるのは当たり前なのに。
覚悟が……足りなかった。
柳生の身体はすでに赤く染まっており、心臓を一突き、何か鋭利な物で刺されたのが致命傷となったのが分かる。
左の胸からの出血量が半端じゃない。
俺は周りに充満する血の匂いに咽びながら、柳生に近寄った。


「……すまんの」


そっと、既に冷たくなっている頬に触れる。
苦しげに両目を閉じて絶命している親友に向かい、弱々しく呟いた。


「俺があんなこと言わんければ……もう少し、生きられてたのかもしれんよな……」


あんな我儘言わないで、最後まで柳生と一緒に居れば。
少なくとも昨日柳生が死んだ時間には生きていただろう。
そう思うと後悔の念がぐわっと波のように押し寄せてきた。
……だが、今そうやって考えていてももう遅い。
それは分かってる。


「本当、お前さんには迷惑ばかりかけて……悪いと、思っとるよ。だからな、せめて、」


俺はゆっくり、柳生の眼鏡へと手を伸ばす。
そして心の中で短く「すまん」と謝ってからそれを外した。
血で汚れてしまっている部分は服の裾で拭い、俺は柳生の眼鏡をかけた。


「俺の手で、お前を殺した奴を殺させてくれ」

決意のこもった口調で、囁くように柳生に言う。
それで罪滅ぼしにはなるかのう。
柳生……俺はな、やっぱり駄目だ。
現実のものとして、仲間の死を目の前にすると。
自分が自分でなくなるような気持ちになる。
お前を殺した奴が、憎くて憎くて仕方がない。
同じように殺してやりたいと思う。これは異常なことだろうか。


「……お前さんは、止めるかのう」


俺がこんなことをしようとしていると知ったら。
いつも真っ直ぐ、紳士道を貫くお前さんは。
だがな、今回ばかりは何を言っても聞かんぜよ。
俺は周りを見渡し、平らで刃のように尖った石を見つけるとそれを拾った。
そしてその石の鋭い部分を自分の結ばれた髪に当て、ぶちっという音と共に髪を切り落とした。
大分短くなった髪を柳生と同じように七三分けし、眼鏡をかけ直した。


「……俺がお前さんになって、復讐してやるからな」


見た目はまぁ、髪の色はともかく完璧に柳生じゃ。
あとは……柳生を殺した奴。それが誰なのかが分からない。
ここはBR。いくら柳生と言えど、誰が殺したかなんてダイイングメッセージなんか……。
そう思いながら柳生を見ていると、ふいに太陽の光で何かがきらっと光ったのが見えた。
俺は目を細め、手を伸ばして光ったものをつまみ取る。
それは、


「くく……。さすが柳生じゃ。いいもん残してくれたのう」


一筋の、短い金色の髪の毛。
俺はそれを手の内でぎゅっと握り潰し、立ち上がって深い森の中へと進んだ。