俺は太一を置いて、少し離れた場所にある河原で水を汲んでいた。
食料の入っていた袋だが、まぁ穴が開かない限り使えるだろう。
誰かの為に動くなんざ……いつ振りだろうか。
そう考えながらしゃがんで水を汲んでいたんだ。
その時だった。
バババン!と、連続した銃声を聞いたのは。
俺は反射的に周りを見る。
銃声により驚いた鳥たちが一斉に飛び交っていくのが見えた。
……どうやら、ここからそう遠くない場所から聞こえたようだ。


「………」


俺は何かの胸騒ぎを感じ、水の入った袋を投げ捨てて走った。
まさか。いや、あり得ない。
でも、もしかしたら――――
そんな嫌な予感が俺の頭を駆け巡る。
最悪な想像が俺の頭から離れない。
それらを振り払うように眉を寄せながら俺は走った。走った。
そして、


「太一!」


二人で夜明けを眺めた場所。
そこにはもう……俺を見て元気に声をかけてくる太一はいなかった。
俺が見たのは、


「おい!しっかししろ!!」


身体にいくつか銃弾が貫いた痕のある、赤一色の太一の姿。
血が周りに飛び散って……そこは数十分前とは全く違う、惨劇の場となっていた。
俺が怒鳴りながら太一をゆっくり抱きあげると、太一はげぼっと血を吐いた。
そして虚ろな目を俺に向け、


「あ……くつ、せんぱ……」
「っ喋るな……!」
「やっぱ……り、来て……くれ、た……」


力の入らない手を一生懸命動かし、俺へと伸ばす。
その手を、俺は力いっぱいに握った。
太一、死ぬな。生きろ。
そう願いを込めて。


「太一……!」
「僕は……すごく、嬉しかった、です…」


一つひとつ、言葉を繰り出す太一。
俺は……胸が熱くなるのを感じながら、その言葉を聞いていた。


「さいごに、また……先輩に、会え、て……う、うれし……」
「っ……」
「でも……あ、赤い…です……」


太一はそう言いながら、何度も瞬きをしながら俺を見た。
そして苦しそうに顔を歪ませながらも、呟くのを止めない。


「めのまえが……まっか、です……僕……赤は、嫌いです………嫌なにおいのする、血、のいろ……」


ぜーぜーと掠れた呼吸だが、太一は懸命にそう言った。
瞳には涙をたくさん溜めて、それでも必死に俺を見つめていた。
俺はそんな太一の顔を見るのが辛くて仕方が無かった。
どうしたらお前の辛さを救ってやれる?
柄にもなく……そんなこと考えて。
それで思いついたのが、


「あっ……」


その視界の赤を少しでも取り除こうと、太一の付けていたバンダナを目の元まで降ろした。
太一は驚いたように小さく声を漏らした。
安心しろ太一。お前はもうこんな景色見なくていい。
赤なんか、血なんか見えなくていい。


「……やっぱ……先輩は、やさしい、です……」


すると少しだけ、太一の手に力が入った。
がくがくと震えているそれは、致命傷を受けている人間のものとは思えないくらい強い力を保っていた。


「(でも……先輩、そうすると……先輩の顔も見えないです)」


太一は何か言いたそうに唇を震わせたが、それはもう言葉にはならなかった。





死ぬ間際、
必死に想い浮かべた大好きな先輩の顔。
だけどそれも……僕の意識が途切れるのと同時に、
いなくなってしまった。





「太一……」

一瞬間前とは打って変わり、だらん、と手の力が抜けた太一にそう声をかける。
だが返事は戻って来ない。
それが何故かを、少し考えてみる。


「………寝てんのか?」


どうせすぐ起きるんだろ。
あれだ……お前、どこでも寝られるもんな。


「っ起きろよ……」


さっきまで動いてたじゃねえか。
喋ってたじゃねえか。
笑ってたじゃねえか。
俺も呆れてしまうくらい、元気に……。
何で冷たくなっていくんだよ。
何で青白い顔色になっていくんだよ。
何で何も言わねえんだよ。


「何とか、言えよ……!」


いつまでも黙り込んでんじゃねえよ。
お前らしくもねえ。
なんだよ、拗ねてんのか……?
俺がまだお前にテニス教えてやってねえから。
……約束したもんな。
この合宿で、俺が練習見てやるって。
ちゃんと……教えてやっから。
だからほら、起きてくれよ。
テニス、強くなりてえんだろ……?


「っ起きろ……!」





本当に、死んじまったのかよ。





「馬鹿野郎……!」


苦々しく、絞り出すように声を出した。
だんだんと青白くなっていく太一の頬にそっと手を添える。
さっきまで確かに、熱を帯び朱色に染まっていた頬に。
血の気が引いたように冷たくなっているそれに触れ、太一が息をしていないことにも嫌々ながら気付いた。

俺の目頭が焼けるように熱いのはきっと、気のせいだ。





No side



「っ………」
「……伴じい。何泣いてんだい…」
「…いえ、少し……」


モニタールームで監視をしていた監督たち。
今まで起きてきた内容すべて、ここにある数多くのモニターが写してきた。
そしてそれらが映し出した全てを、各校の監督たちは見ていた。
入口には、黒い服を着た人物が二人立っていた。
監視役の監督たちを、さらに監視するかのように。


「……もう、覚悟は決めたんだろう?だったら涙なんか、」
「…………そんな簡単にはいきませんよ」


伴田は目頭を震える手で押さえながら、ある一つのモニターから目を離した。
そして竜崎の視線の先にあるモニターに目を移す。


「そういう竜崎先生も……先程から、同じ映像ばかり……」
「……っ言わないでおくれ」


竜崎の視線にあったモニターが映し出しているもの。
それは、共に横になって息絶えている大石と菊丸の姿だった。
弱々しい声の裏にある気持ちに気付いた伴田は、少し目を伏せた。


「……伴田先生も、竜崎先生も、私語が目立ちますよ」


そんな二人に声をかけたのは氷帝の榊。
その淡々とした口調に、二人とも短くすまないと答えた。


「私たちは既に……あの子たちを裏切ってしまっているんです」


榊も必死に無表情を装いながらも、辛そうに目を細めた。
そしていくつもあるモニターを転々と眺める。
映し出されるのは、様々な場所で繰り広げられている惨劇。
自分たちはそれを推進しなければならない立場にいる。
もう、そんな自分たちにはもう悲しむ権利なんかない。


「これが、政府の御心なのだからな……」


自分たちには逆らう力も、反論する力さえもなかった。
これはもう決められたこと。
そう……合宿があると皆に告げた時、すでに腹を決めていた。
例え、無残な光景を目にしても。
自分たちはそれから目を背けることはできない。
それが自分たちに課された、深く重い罪なのだから。








死亡者:壇太一

残り32名。