「亜久津先輩!おはようございます!」 日の出を見届けると共に、壇は満面の笑顔でそう言った。 その清々しいと言える表情や言葉に、亜久津は少しだけ呆れたように溜息をつく。 「……ばーか。今までずっと起きてただろうが」 「えへへ……でも、やっぱり朝になったら挨拶しないと、」 壇ははにかむように笑いながら、そう呟いた。 亜久津の言う通り、この二人は夜でもずっと起きていた。 ……もちろん、交代で仮眠をとったりしていたが。 それでも夜は裏をかいて行動する人物がいるかもしれないと亜久津は思い、警戒していた。 自分が眠る番でも……壇のことを心配して、目を閉じていた振りをしただけだった。 「それに……昨日みたいに、一人で孤独だった夜明けとは違いますから……」 「………」 「亜久津先輩がいるだけで、こんなにも違いますです!誰かに挨拶をするのは素晴らしいって思えるです!」 「……ちったあ黙れ」 それが亜久津の照れ隠しだと分かり、壇は嬉しそうな顔をするものの、黙った。 壇の右腕には、緑色の布が巻かれ止血されていた。 それは、亜久津が着ていたジャージの切れ端。 ジャージは着ないからと、亜久津が無理矢理、壇の手当てをしたものだ。 手当と言っても、ただぐるぐるに巻いただけの気休め程度のものだが。 「……傷は、痛むか?」 「あ、いえ……もう、全然平気です」 壇はそう言うも、聞いた亜久津は納得していなかった。 だが、心配させまいとわざと笑っている壇にそれ以上追及することはできなかった。 「……太一、それ、外せ」 「え?」 「菌がついてたら厄介だからな。一度、傷を洗う」 ぶっきらぼうだが、分かる人には分かる優しさを滲ませている。 そんな亜久津の言葉を嬉しいと思いつつも、壇は首を傾げる。 「洗うって……どうやって、」 「……あるだろうが。ここに」 疑問符を浮かべる壇に、亜久津が鞄からペットボトルに入った水を取り出す。 それを見た壇は目を見開いて、 「だ、だめです!それは大事な飲み物です!僕の傷なんかに使ったらだめです!」 「あ?何言ってんだ。今は傷の方が大事だろうが」 「絶対だめです!」 壇が必死な様子で眉を寄せ、強い反対の意思を示す。 こういう時は頑固な壇。 それを分かっている亜久津は、短く溜息をついた。 「……わかった。じゃあ、近くで水を汲んでくる」 「え?お水……あるんですか?」 「ああ。お前と会う前に、小さな河原を通ってきた」 「そ、それなら僕が……」 「そこでじっとしてろ。お前は怪我人だ」 亜久津の低い声が壇を黙らせる。 ここでまた駄々をこねて、亜久津を困らせるわけにはいかないと思い、壇は口をつぐんだ。 「わ、わかりましたです……」 正直心寂しかったが、壇は亜久津の言う通りその場で待機することにした。 亜久津は大きな身体を起こし、壇に背を向けて歩き始める。 そして、その後ろ姿ももう見えなくなった頃、 「亜久津先輩……ありがとうです……」 壇は心の中では少し複雑そうだったが、嬉しそうに、呟いた。 そして、右腕に巻かれているジャージを見て微笑んでいた。 乱雑なものだったが、確かに心がこもっている。 亜久津の親切を感じることができて、壇は見る度に心があたたかくなった。 「よお、おはようさん」 だがそれもすぐに、突然聞こえたこの声によって恐怖へと変わる。 壇は急に心臓を握られたような感覚になったが……恐る恐る、後ろを振り返った。 「あ……あなた、は……」 「自分、山吹のマネージャーやろ?」 壇の目の前に現れた人物、それは氷帝の忍足だった。 話したことのない相手に壇は驚きと警戒を交えた様子で答える。 「っ……僕は……もう、選手です」 「ああ、そうなん。まぁ……どうでもええわ。それより一つ、聞きたいことがあるんやけど」 忍足は壇ではないどこか遠くを見つめているような目をしていた。 だがそれでも、壇の辺りを見ている。恐ろしく空虚な目を壇は必死に見つめた。 そして、感情のこもっていない言葉を壇へと放つ。 「自分、岳人に会うてへんか?」 「え……」 「俺のダブルスパートナーのな、ちっこい身体したおかっぱ頭の奴なんやけど……」 「あ、会ってません……」 「…………………………そうか」 壇が怯えながらもそう答えた。 その姿は、肉食動物に睨まれた草食動物のようにも見える。 そんな壇の精一杯の答えに、忍足は長い間をおいてそう言うと表情を一変させ、 「なら死にいや」 恨めしそうに鋭い目つきで壇を睨み、鞄の中にあったサブマシンガンを素早く手に取った。 壇が忍足の目つきの変わりように気付くよりも早く。 そして、何の躊躇いもなく壇に向かってその引き金を引いた。 バババン!という連続した銃声が辺りに響く。 壇は状況を理解する間もないまま……身体に2、3発、弾を食らう。 銃弾の勢いで……そのまま地面へと倒れた。 「あっ……が、ふっ……」 目を見開いて、口から血を吐く壇。 弾が貫通して身体にできた小さな穴からも、染みるようにして血が出てくる。 見る見るうちに全身が血色に染まっていく壇。 そんな壇に構わず、 「……どこや……どこで、怯えとるんや……」 忍足は初めに壇と会った時のように、どこか遠くを見つめている力の無い目に変わった。 もう、倒れてしまった壇に興味の欠片もないようだ。 忍足にとって壇は、自分に情報を提供してくれる可能性のある存在。 その可能性が失われた今、忍足にとって壇の存在は無にも等しいものとなってしまった。 「すぐ…俺が助けに行ったるからな。俺が、守ったるからな……」 森の遠くに視線を彷徨わせ、そう呟きながらふらふらと忍足はその場を去った。 壇は、まだ微かに残る意識の中……何度も何度も、亜久津の名前を呼んだ。 「(僕は……ここで、待ってるって……約束したです)」 もう一度貴方に会いたい。 だから早く、帰ってきてください。 僕の命が尽きる前に―――― |