「……いつになっても、慣れませんね」


放送の直後、不安を交えた声が宍戸の耳に届く。


「……ああ、そうだな」


ちらっと鳳を見て、力無しに眼を伏せる。
宍戸も鳳と同じ意見のようだ。


「どうして榊監督が……俺たちに、こんな、」
「言うんじゃねえよ。もう、受け入れるしかねえんだ」


宍戸は拳を握る。
何を言っても、叫んでも、表情一つ変えない榊の姿が脳裏に過る。
元々表情の変化が少ないとは思っていたが、あの状況であんな表情だと、さすがに異常に思えた。
さらにあの放送。まるで機械を相手にしているみたいな無感情な声。
怖いとか、不思議に思うとかではなく……それはもう絶望に近い感情になった。
そんな二人は1日目の終わりに遭遇した。
鳳が木の陰に座っていたのを宍戸が見つける形で。


「……監督はもう敵なんだ。俺たちのことなんか、考えてくれちゃいねえ……」


宍戸は苦々しく呟く。監督を含む、あの場に居た大人全てを恨むような表情で。
鳳はその言葉に反応することはできなかった。
ただ……寂しげに、


「もう、あの頃に戻ることはできないんですね」
「………。ああ、そうだな」


呟くように、そう言うだけ。
その声はすぐにでも消えそうなくらい弱かった。
生き残れるのは一人だけ。
二人はもう覚悟を決めていた。
自分たちが生き残ることはできないと。
それ以前に……生き残りたいと考えることがなかった。
誰かを犠牲に、自分だけが生きるなんて……それ以上辛いものはないと思ったからだ。


「俺、もう嫌ですよ……。もしかしたら、自分の尊敬する先輩が、誰かを殺してるかもしれない」
「……んなこと言うな」


宍戸は厳しく言ったが、それでも否定はできなかった。
本心は、否定したいのだが……それでもできない。
命が懸っている以上、人は何をしでかすか分からない。
誰だって、本当は死にたくないはずだから。


「………」


だが……だからと言って、仲間を疑いたくもない。
あんなひねくれた連中でも……今まで3年間と2年間、共に過ごしてきた。
簡単に切り捨てることはできない。
信じたい。だが、もし今部活の仲間に会ったとして……。
自分がどんな反応をしてしまうのか、想像すると苦しいものがあった。


「………宍戸さん、少し動きませんか?」
「え……?」


頭を抱えていた宍戸を気遣ったのか、鳳が提案する。


「じっとしていると、悪いことばかり考えてしまいますから」
「……だが、今動いたら……」


不安に思う宍戸を見て、安心させるような笑みを浮かべる鳳。
そして先程の弱々しさとは打って変わり、力強く言った。


「大丈夫です。もう何時間もここにいますが、誰も来ませんでした。そろそろ誰か移動してくるかもしれませんから」
「…………それもそうだな」


自分の為にこう提案してくれたと分かった宍戸は、腹を決めたように返事をして立ち上がる。


「(だめだな。先輩の俺がしっかりしなきゃいけねーのに……激ダサ、)」


宍戸は誤魔化すように頭を掻いて、鳳を見た。
その何やら表情の変わった宍戸を見て、首を捻る鳳。


「どうしました?宍戸さん」
「いや。何でもねえ。……よし、行くぞ」
「はい」


二人は果ての無い森の中を進んでいくことに決めた。
誰に会うかなんて分からない。
ただ、こんな状況でも……前を向いて生きようと思い。
しっかりと地に足をつけ、動かした。

もう一度、前を向いて歩いてみよう。