「……もうどのくらい時間が経ったのでしょうか」
「さぁな。だが、最後の放送から大分時間が経っとる。そろそろじゃろ」


それに、もう日が出てきた。
……朝日が出てくるところなんて、久しぶりに見たぜよ。
俺は今、柳生と二人で木にもたれて座っている。
初めに出逢ったのは柳生じゃったからな。
こいつで良かったと、俺は本気で思っちょる。


「……できれば、あの趣味の悪い放送は二度と聞きたくないんですが」
「そうだな……」


聞きたくもない死亡者の名前を冷めた口調で言い放ち、俺らを狂わせる言葉ばかりを並べて放送は切れる。
……最も、俺はそんな言葉の通りになんかせんけどな。
そうじゃなあ……俺だったら、誰も殺さずに最後の一人になる方法を考えるな。
例え生き残ったとしても、人殺しのレッテルを背負って生きるのは嫌だからな。


「これだけ多くの人の中に……人を殺めている人が居るというだけでも、嫌気が差します」


隣で柳生が溜息と共に呟いた。
嘘偽りのない、こいつの本心。こっちまで痛うなるくらい寄せてる眉が証拠。
……さっきの俺の考えも、柳生が傍に居る間は叶えられそうにもないな。
俺は特に生を意識しているわけではないし、今はなるようになれ……という感じかのう。
それにしても……思いつめた顔しとるのう。
こっちまで同じ表情になってしまいそうじゃ。


「……まだ立海の人は誰も呼ばれてません。……皆さん、何をしているのか……」


ピコ。
この場に不似合いな、情けない音が俺と柳生の耳に届く。


「……仁王くん、何をするんですか」


俺はバッグに入ってたピコピコハンマーで柳生の頭を叩いた。
それにつんけんした様子で答える柳生。おお、ちょっといらっとしたな。


「そう悩みなさんな。あいつらのことじゃ。平気じゃろ」
「……私は、貴方のその楽観な性格が少し羨ましいですよ」


何度目かの溜息をつき、言いながら頭に乗ってるピコピコハンマーをどかす。


「……こんな窮地に追い込まれても、そんな風に考えられるのですから」
「いくら悩んだって解決はできん。……俺は、諦めが早いんじゃよ」


大人の都合で始まったこのゲームに、俺は付き合う気はない。
そんな義理も、義務も……何もないからな。
汚い大人が見たがるのが、狂って人を殺す姿なら。
俺はその通りに動かない。せめてもの……抵抗、なのかもしれん。


「俺とお前さんは、全く性格が違うからの」
「……そうですね。でも、不思議です。今では何でも話せるくらいの親友ですからね」


親友=B
柳生はそう言った。
それは俺も否定しない。


「……柳生、俺ら……離れてみんか?」
「……?仁王くん、なにを……」
「正直、俺は今焦っとるんじゃ」


俺は柳生の顔を見ず、地面を見て言った。


「冷静に物事を考えることもできんくなっとる。こんな状態でお前さんと居っても、迷惑かけるだけじゃ」
「……それなら、余計に一緒に居た方が……」
「それで俺が狂い、お前さんを殺ることになっても、お前さんは許すか?」
「………」


突然の問いに、柳生はしばらく間を置いた。
わざとらしいその間。そして柳生は眼鏡をかけ直し、


「許せます」


冷静に、さも当然のように言った。
その言葉は俺も予想できていたものだった。


「…………それなら、余計にだめじゃ」
「!何故ですか、仁王くん」
「俺はお前さんを殺したくない。……だから、離れるんじゃ」


柳生は優しい。その性格は俺も身に染みるように分かっとる。
このまま一緒に居続けて……もし狂った奴と出逢ったら。
お前さんは俺の為に自分を犠牲にするじゃろ?
それが俺にとって残酷な判断だとしても。
俺を守る為に。


「……珍しいですね。貴方がそこまで言うなんて」


俺は仲間が自分の為に死ぬところを見たくはない。
もちろん、俺も仲間の前で死にたくはない。
……どちらにしろ、その場で俺たちは離れることになる。
絶望的な感情のまま。
それなら今、相手が生きてる状態で別れた方がいい。
希望が、少しでもある方がいい。
いつかまた会えると……信じる道を生きていく方がいい。


「……悪いな、柳生」
「いいですよ。でも、これだけは言っておきます」


情けない表情で言うと、柳生は困ったように笑うも、すぐにまた真剣な表情に変えた。
俺は黙って、次の柳生の言葉を待った。


「私は……貴方に出逢えて本当に良かったと思ってます。BRでではなく、この人生で」
「……柳生」
「中学校生活、貴方と出逢って色々と大変でしたが、全部……いい思い出になりました」


今までで一番嬉しい言葉だった。
らしくもなく、泣きそうになる。
俺は何とかそれを堪え、誤魔化すように笑みを作った。


「はは……俺は、お前さんに謝ることだらけじゃからな。悪い、と、ありがとさん、両方言っておくぜよ」
「それは、仁王くんらしいですね」
「ああ。だから……約束じゃ。また、会おう」
「もちろん」


その時は、二人とも正気のままだといいな。
俺も、そう心がけよう。


「じゃあな……我が親友=v
「ええ……」


そして、俺たちは別れを告げた。
互いに背中合わせで道を進む。

きっと、また会えると信じて。





柳生に背を向けてからずっと、俺は前を見て歩き続けた。
振り返る必要はない。
だって、あいつとはまた会えるから。
そう……約束をしたから。
あいつは約束は守る。そういう人間だ。


『諸君、どうかな?今の調子は』


そんなことを考えとると、あの放送がまた聞こえた。
ああ、もう時間なんじゃな。
……2日目の終わり、3日目の始まり。


『2日目を無事に生き抜いた者は御苦労。順々に、数も減ってきている』


いつものように、感情のこもってない声が島に響く。


『それでは2日目の死亡者を発表しよう。

 …青春学園、大石秀一郎、河村隆、菊丸英二。
 …聖ルドルフ学園、赤澤吉朗、金田一郎。
 …六角中、葵剣太郎、樹希彦。
 …立海大付属、柳生比呂士。

 残り33名。以上だ』





―――今のは、俺の聞き間違いか?





『最初のペースから落ちてきてる。もっと人を殺せ。自分以外は全員敵だと思え。一瞬でも油断はするな。……3日目の、健闘を祈る』


それだけ言って、放送は切れた。
たったそれだけ……。

……なぁ、柳生よ。
お前さん……約束は守る男じゃなかったのか?
さっきのお前さんの言葉から、まだ30分ほどしか経ってないぜよ。
……また、会うって言ったよな?
約束……破るの、早すぎやせんか?


「は、はっ………じゃあ、なんじゃ……」


今の放送が、嘘偽りのない真実だとしたら。
俺と別れてすぐ、誰かに殺されたのか?
俺と別れたから……誰かに見つかって殺されてしまったのか?
俺の判断は、
あいつの死を招く結果に終わっただけか―――?


「っ……!」


俺は踵を返し、走り出した。
全速力で。
まだ、間に合うかもしれない。
柳生を……っ俺の親友を、殺した奴が。
見つかるかもしれない……!


「柳生っ―――!」


こんな希望の断たれ方って、ないぜよ。
まだ……3日目や4日目の終わりの放送で名を呼ばれるならまだしも。
こんな、別れてすぐの……今日の放送で呼ばれるなんて。
たちの悪い神の悪戯としか思えん……!


「どこじゃっ……どこに、いるんじゃ…っ!」


いくらなんでもその結末は……
俺の心を…………えぐりすぎじゃよ。