俺は考えていた。
走りながら。
俺は考えていた。
逃げながら。


「ねぇ、待ってよ〜」


にやにやと……ツルハシを持っている男。
確か、山吹の新渡米っていったっけ……。
俺たちを見た途端嬉しそうにツルハシを振り回すその男から、俺は一人の仲間と共に逃げていた。


「サエっ……大丈夫、なのねっ……?」
「うん……俺は、平気だよ」


これでも部活で鍛えているんだ、走り回ってもそんなに疲れない。
ただ、走るだけというわけではなく逃げるという恐怖も伴っているから……心臓は半端ないくらいドキドキしてるけどね。
それを隠すようにして、必死な様子で俺を気遣ういっちゃんに苦笑して答えた。

いっちゃんと出逢ったのは偶然だった。
この世界から逃げるようにして洞窟のようなところに隠れているところ、いっちゃんに見つけられたんだ。
いっちゃんは俺がいるとは思ってもいなかったようで、すごく驚いた顔をしてた。
でもお互いの顔が仲間のものだと分かると、すぐに顔が綻び再会を喜んだ。
……俺は、その全くの偶然に感謝した。
仲間に会えた。
一番信頼できる仲間に会えた……。
それが嬉しくて、嬉しくて。
でも、それも束の間だった。


「おっ、落ち着いて話し合うのね……!」
「この状況で落ち着けって言ってんの?無理に決まってるじゃーん」


新渡米は相変わらず狂ったようにツルハシを振り回す。
俺達は必死で逃げていた。
追いかけてくる新渡米との距離を確認しながら。
前を見て走る。
後ろを向いて確認する……。


「あっ……!」


しまった。前後のことに気を取られすぎた。
そのため、地面にある小さな石の存在に気付かず転んでしまった。
やばい……。


「サエっ!」


俺の前を走っていたいっちゃんは立ち止まった。
だめだよ、いっちゃん……。
逃げないと殺されるよ……!
そう声に出そうにも……おかしいな、恐怖からか喉から言葉が出てこない。
その代わり、何度も首を振っていっちゃんに俺を置いていくように訴えた。


「ははっ……止まったぁ」


新渡米は完全に狂ってしまっている。
目の瞳孔は開いてしまっていて、気違いの笑みは崩れず、息も荒い。
そんな人間に何を言っても無駄なことは、俺達は十分に理解している……。
だからここは説得しても無意味。
なんとか……殺される前に逃げ出さないと。
でも、


「たっ頼むのね!俺の最後の願い、聞いて欲しいのねっ!」


いっちゃんは迷うことなく俺と新渡米の間に入り、言った。
……でも、ちょっと待って。
最後の願い……?


「何?今更、助けてくれーなんて無しだよー?」
「……違うのね。……俺は、殺してもいいのね」
「!?い、いっちゃん……!」
「でも、」


口出ししようとする俺をいっちゃんは止めた。
普段、温厚ないっちゃんが……あんな顔をしたのは初めて見た。
あんな、恐ろしいくらい真剣で……覚悟を決めたいっちゃんは。


「でもその代わり……サエは、助けて欲しいのね」
「………」


新渡米は黙った。さっきまで浮かべていた笑みを無にして。
そして、キッと疎ましそうに俺を睨んだ。
その鋭い殺気に、俺は恐ろしくて少し肩をびくつかせた。


「……ま、別にいいよ。そんな腰抜け、すぐにでも死にそうだしぃ?俺は生き残れたらいいから」


だったら、俺達を見逃してくれてもいいんじゃないか……?
弱々しく呟くと、


「敵は、一人でも減った方が楽じゃん?」


……非情だ。残酷すぎる。
人間の、一番汚い部分が丸見えだ……。
BRっていうのは、ここまで人を醜く変えるのかい?


「……ありがとう、なのね。…………サエ、逃げて」
「っま、待ってよ……!頼む、いっちゃんも……」


今にも涙が零れそうな俺は、すがるように新渡米に言う。
でもいっちゃんはそれを悲しそうに見て、ゆっくり頭を振った。


「……俺は、どうなってもいい。でも、サエには……生きて欲しいのね……」


それは、俺にとって一番残酷に聞こえる言葉だった。


「まだぁ?早くしないと……二人とも殺しちゃうよ?」
「っサエ、早く!!!」


いっちゃんがこんなに大きな声を張り上げるのを初めて聞いた。
その勢いに呑まれたように……俺は目を固く閉じて逆方向へと走った。
走って、走って……足がもつれそうになったけど、それでも足を止めなかった。
一度も振り向かず、とにかく走った。





「喜多に感謝しないとなぁ。こんな落し物してくれて」
「………」
「一度でいいから、人を殺してみたいって思ってたんだよね」
「………」
「あはは、何も言わないんだ。俺が憎いの?」
「………そんなことないのね。……俺は、こんなゲームを操ってる大人たちが、」
「だったら恨むのはそいつらだけにして。俺は悪くないよ。……ね?」





っ……おかしい、おかしいよ!!
どうして……俺にあんなこと言うの?
あんな、悲しくて辛い言葉。

「……俺は、どうなってもいい。でも、サエには……生きて欲しいのね……」

そんなこと言われて俺が喜ぶとでも思った?
嬉しいって、素直に生を受け入れると思った?
一人生かされて、俺が君に感謝すると思った?
いっちゃん……それは、大きな間違いだよ。
そして取り返しのつかない間違い。
俺たちは仲間でしょ?
だから、いっちゃんだけがどうにかなっていいわけじゃない。
俺だけが生きてていいわけでもない。
俺たちは……仲間は、
こう言う時こそ、一緒に居るべき存在なんだ………!

今更遅いけど……
いっちゃんや他の仲間の為に、心の中で精一杯叫んだ。








死亡者:樹希彦

残り34名。