「大石……俺たち、これからどうする……?」
「っ……どうするって言ったって、」


二人は迷っていた。
道に、という単純なものではない。これから先の将来についてだ。
運良く初めに出逢ったのが、お互いが最も信頼するダブルスのパートナーだった。
それでもこの状況では全く安心できない。


「っ…青学、もう3人も死んじゃったよ……?」
「……そんなこと言うな、英二」


悲しそうに言いながら、二人は木の陰に隠れるようにして座っていた。
誰とも会わない為。落ち着く為。
理由は色々あるが、大石は不安がる菊丸を宥めていた。


「こ、こんなに知り合いが……っ居て、その中の一部でも……人を殺してると思うと、っ…やだよ、」
「……大丈夫だ、大丈夫だから……な?」


怯えからか恐怖からか、自分を抱くようにして小さくなり震えている菊丸。
そんな菊丸を傍で必死に慰める大石。
その大石も、若干の不安を隠し切れてはいない。
二人の武器はどちらも外れだった。
大石の救急箱は場合により役に立つが、菊丸の水鉄砲は遊びにしか使えない。
どちらも、人を殺す気は無いがいざという時に自分の身が守れないため、迂闊には動けない。


「……誰か、信頼できる奴に会えたら…」


他校はまず信用できない。本当は信用したいのだが。
実際に人殺しをしているやつがいるのは事実。こんな状況で誰を信じられるというのか。
会うなら……そう、まずは青学。
同じ部活の仲間なら、きっと……。
大石はそんな希望を抱いていた。


「手塚や不二は、どうしてるんだろうね……」
「……さあな。あの二人なら、何とかやってると思うけど」
「……おチビ、泣いてないかな」
「越前か……。あのルーキーが、泣くとは思えないけどね」


大石の苦笑交じりのそんな言葉に、菊丸も少し笑った。
その笑顔を見て大石も安心したのか肩の力を抜いた。
その時だった。


「そこの二人、何をしている」
「「!!」」


鋭い声が二人を刺すようにして聞こえた。
二人は肩を大きくびくつかせ、声のする方を向いた。
そこには、二人のよく知っている人物が立っていた。


「手塚……!」


君臨するかのように整然と立っていた手塚に二人は駆け寄った。
その表情は嬉しさに満ち溢れていたが、手塚は相変わらず表情を崩さない。


「よかった。無事だったんだな……!」
「ああ」


大石の泣きそうな程安心し、また嬉しがっている言葉にも手塚は動じずに答えた。


「丁度手塚はどうしてるかな〜って思ってたとこ!」


菊丸も嬉しいのは同じなのか、にかっと笑顔で言った。
対して手塚は、二人に会えたことを嬉しく思っている様子は窺えない。
ポーカーフェイスと言われる所以であろうか。二人はそう思った。


「木の陰に隠れていたようだが、大石の肩が見えていたぞ」
「え……あ、そうだったのか」
「こんな状況だ。そんな些細な事でも油断はするな」
「あ、ああ……。そうだな、手塚」


冷静さのある手塚に、大石は驚きながらも頷いた。
心の中で、流石だと感心している。
そして試合でもよく聞いた例の言葉を聞け、やっぱり手塚だと実感する。


「それに、こんな所にいつまでも留まっているといずれ誰かと出逢ってしまうぞ」
「…それもそうだな……」
「そ…それじゃあさ!3人で行動しない?俺たちも、手塚が居た方が安心できるし!」


菊丸が提案する。それには大石も異議はないようだ。
むしろ、この場ですぐに別れるという選択肢は二人の中になかった。
二人にとって今この状況での手塚の存在は、とてつもなく強大なものだったからだ。
中学の3年間もその大きな背中に支えられ、また追い続けた人物だったからだ。


「……ああ、構わない。だが、油断はするなよ」
「分かってる。さ、行こう、英二」
「オーケイ!」


手塚に出逢い、一気に明るくなった菊丸を大石は笑いながら落ち着かせる。
そんな二人の後を、手塚はついていく。
……一定の距離を手塚は置いた。
だが、二人はその事に気づかない。
手塚は音を立てないようにバッグに手を忍ばせ、ある物に触れる。
そして確認するかのように前に歩く二人の姿を見た。
二人はすっかりいつもの調子を取り戻したのか、少しふざけ合って手塚の前を悠々と歩く。
全く手塚の行動には気を向けていない。
手塚は心を決めたように物をしっかりと握り、バッグから取り出した。


「……大石」
「ん?何だい、てづ―――」





「油断するなと言ったはずだ」





瞬間、大石が振り向くのとほぼ同時に手塚は……武器であるボウガンを大石の背中に放った。
ドスッ、と鋭い刃先が肉と骨を突き破る鈍い音が手塚の耳に届く。
突然のことに悲鳴を上げる間もなく、大石は前へと倒れこんだ。


「!?!?お、大石!!」


菊丸は一瞬何が起きたのか理解できなかったが、うつ伏せに倒れた大石に駆け寄る。


「っ……が、っ」


目を見開き、苦しそうに身体をよじりながら呻く大石。
その姿を冷たい目で見下ろす手塚。
目に、表情に、感情など入っていなかった。
菊丸は苦しんでいる大石の身体を揺するわけにもいかず、傍でただ大石の名前を呼んでいた。


「ど……っして、……だっ………て、づかっ……!!」
「……俺は我を失った」


痛みを堪え、手塚を睨むように見て発した言葉。
それに手塚は答えらしき言葉を言った。
だが大石はそれを答えと認めなかった。
信じたくなかった。


「なん……っで、」
「俺はまだやる事がある。……お前たちを、救いたいんだ」
「っぐ……」


大石は意識朦朧とする中、手塚だけを見上げていた。
その目には疑念や未練といった絶望を思う気持ちがあったが、一番多く感情を占めているのは……悲しいという気持ち。
大切で、頼りにしていた仲間にこんな仕打ちを受けるなんて。
信じたくない。それでも、これが現実なんだ。
これが……これが、BR。


「っ……」


最後に何か言いたそうに切なく顔を歪めたが、その言葉が発せられることはなかった。
大石は傷を抑え悲しそうに目を見開いて……生を終えていた。
その傍らで菊丸はただ、泣き叫んでいる。
既に大石は死んでいるというのに、「どうしたの」「起きて」と言葉を繰り返している。


「………」


手塚はそんな菊丸を同じく無感情な目で見る。
菊丸はなりふり構わず、涙を流しながら呼びかけと大石の名を交互に叫んでいた。
先程の二人の会話内容も気にしていないようだった。


「………(これだと菊丸は、もう長くないな)」


何かを悟ったのだろう。
手塚はすぐ目を逸らすと、一度も振り返ることなく森の中へと消えていった。
心に、ほんの僅か、菊丸への哀れみを感じながら。


「っ……おお、いし…」


そして残された菊丸は、息絶えている大石の身体に手を置き、力なく呟いた。
手塚の事は、気にしなかった。
今は目の前の、仲間の死以外考えることができなかった。








死亡者:大石秀一郎

残り36名。