「はぁっ、はぁっ……」


俺は先の見えない森の中、無我夢中で走っていた。
怖い。怖い。とにかく、怖い。
誰かに会って、逃げているわけではない。
会ってはいないけど……俺は、見た。
青学のチビが、あの越前が……先輩である桃城を撃ったのを。
………同じ部活の先輩後輩だぜ?
あいつら、仲良さそうだったのに。
……っやっぱり、こういう状況になると人って簡単に変わっちまうもんなのか?
だから、誰が狂っていて、誰が正常なのかも分からない。
判断できるわけがないんだ……!

俺にとって今の状況は恐怖以外の何者でもない。
気がついたら背後に誰か忍び寄ってるかもしれない。
もしかしたら、誰かが隙を狙ってるかもしれない。
そう思うとじっとしていられない。
とにかく走って、走って……。
何かから逃げるように、ただ走って………。





「何してるの?岳人」





「っ!!」


名前を呼ばれて瞬間、心臓が跳ね返った。
止まりたくもないのに……足が動かなくなってしまう。
そして頬に、冷や汗が伝っていくのを感じた。


「そんなに汗だくで………ずっと走ってたの?」


目の前にいるのは、俺の知っている奴。


「た、滝……っ」


整った顔を焦りで歪ませて俺を見ている。
部活の仲間。滝はそう思っているのか、躊躇なく俺に近付いてきた。


「誰か、居たの?」
「っよ、寄るな!!」


滝が慎重に一歩近づく。
それにたいして俺は怖くて吠えた。自分でも分かるくらい震えてる。
すると、滝は少し切なそうな顔をした。


「岳人……」
「く、来るな……。お前はっ……俺…お……俺、を……」


だめだ、上手く言葉にならない。
全てが喉で詰まって、何も出てこない。
心臓の動きが尋常じゃないくらい激しい。
お前は俺を殺そうとするのか?かつての仲間に問いかけるには酷い言葉。
それは自分でも分かってる。だけど、だけど……!


「お、落ち着いて。岳人……俺は、岳人に危害を加える気はないよ」
「っ……滝、」


滝は、俺の言葉を聞いて悲しそうに眉を寄せる。
だけど俺を責めたりするわけでもなく、優しく穏やかにそう告げた。
それはまだ……俺たちが日常を生きていた頃の表情。そして声音。
俺は……滝のこの言葉を信じていいのか?
滝は3年間テニス部で過ごしてきた仲間……。
確かに、信頼はできる人物だ。


「っ、でも……」


現に、殺されてる奴がいる。
その相手が他人でも、仲間でも。
例の惨劇が思い出される。ここでは、その信頼だって何の価値も……!


「岳人………。そんなに、不安なの…?」


俺が迷っているのを感じ取ったのか、滝は更に優しく、子供に問うようにして言った。
がくがくと震える全身を必死に抑え滝の目を見ると……悲しそうな目で俺を見つめ返してきた。


「寂しかったんでしょ?ずっと一人で……」
「……っ」
「怖かったんでしょう?」


滝の優しくつい安心してしまうような口調に、俺は黙って俯く。
……そうだ。
周りに人は居ないのに、確実に誰かと誰かが接触している。
それなのに俺は一人。誰にも会わないでただ走ってる。

この世界には、俺しか居ないのかと思うくらい孤独だった。


「っ滝……」
「もう、一人じゃないよ?」


でも、出逢えた。
微笑んで、こんな怯えている俺にも手を差し伸べてくれる人物に。
俺の大切な仲間に。
ようやく。
俺は……一人ぼっちじゃなくなった。
そう思うと、俺は今まで錘のようにあった不安が全て安心へと変わるのを感じた。


「た、き……っごめん……」


そして喉から絞り出すように言い、その場に座り込んだ。
何度も何度も滝に謝った。
涙と一緒に出る言葉は、震えてしっかりと言葉になっているか不安だったけど……。
でも滝は、そんな俺の背中を支えて微笑んでくれた。


「いいよ。俺だって、同じくらい不安だから。でも、これからは二人で一緒に居よう」
「……う、ん」
「俺が守ってあげるから。もう岳人は一人じゃないよ」


そう言って俺の手を握った滝の手は、確かに温かかった。
滝と一緒に居れば、
俺の中の不安が取り除かれると思って疑わなかった。
そしてもう、この大切な仲間から離れたくないと思った。
こんな非情な世界でも、二人で……ほんの少しでも、一緒に生きていきたいと思った。