「…っ、どうしよう、どうしよう……っ!」


まだ、僕は誰にも会わないでいた。
生きた人間には。
1日目の日が落ちる頃、歩いていたら偶然仲間の死体を見つけた。
そう、血塗れで倒れてしまっていたバネの姿を。
見た瞬間、僕の中を溢れるようにして支配する、強い恐怖。
おかしいな、こういう時は頭の中は真っ白になるはずなのに。
その時の僕の視界は全部、真っ赤。赤、血、あか、ち。の繰り返し。
それまで僕は、自分でも精一杯平静を保っていたはずだった。
だけどバネの死を見て、それらは全て失われた。
跳ねるようにしてその場を逃げ出す。恐怖でいっぱいで、何も考えられなかった。
真夜中になろうと、僕は逃げることを止めなかった。
誰にも会いたくないから。
会ったら殺されちゃう。
そんな考えが、頭にあったから。
こういう時、僕のこの癖がなければ……


「っ殺せなかったら……僕は死んじゃうっ!!」


この状況が、僕にとって重い重いプレッシャーとなった。
誰かが死んでいるのは確かな事実。嘘でもない、本当のこと。
それがより僕の心を追い詰める。


「っいやだ……怖いっ、いやだ……っ!」


手には武器である鉄パイプを持って。
ずっと、呟きながら動いてる。
死にたくない。
僕はまだ生きたい。
死ぬのは怖い。
そう思って、ずっと周りを警戒していた。
そして。


「よう、六角の葵だっけ?」
「!!?」


その声は上から聞こえてきた。
僕とは全く違う陽気な声。
思わず声の主を見る。


「どうしたんだよ、そんなに怯えてさ」


木の枝に悠々と座っている人。
僕の方をにやりとした表情で見下ろす人。
風が吹き、その人の綺麗な赤色の髪がなびく。
そう……


「お前、まだ誰にも会ってねえだろぃ?」


立海の、丸井さん。


「っ、こ、こないで下さい…っ」
「あぁ?なーにそんな怖がってんだよ」


木の枝からひょいと飛び降り、一歩、丸井さんが近づく。
それに対するように一歩、僕は退く。


「こっこれ以上近づくと……ぶ、ぶちますよっ!」


震える手で鉄パイプを丸井さんの前に突き出した。
僕の、精一杯の脅しだった。
だけど丸井さんは、余裕を崩さない。
むしろ、好戦的な態度で。面白そうに笑った。


「へーえ。できるもんならやってみろぃ」


言いながらガムを膨らませると、丸井さんは背中に隠していた短刀を僕の目の前でちらつかせた。


「ひっ!や、やめてくださいっ!殺さないでください…っ!」


咄嗟に、僕は両手で鉄パイプを構える。
丸井さんをぶつようにではなく、自分を守るように。
そんな僕の様子を見て、丸井さんは呆れたように溜息をついた。


「……お前さぁ、力はいりすぎ」
「っあ、」


丸井さんは易々と片手で僕の持っていた鉄パイプを握った。
そして、まるでアドバイスを言うかのように軽々と言った。


「こんなに震えてちゃ、なんにも役に立たねぇぜ?」


丸井さんの力が強いのか、僕の手に力が入っていないのか、鉄パイプは動かない。
びくともしない。さっきまでの震えさえ、分からない程に。


「ははは離してくださいっ!お、お願いしま……」
「お前、ずっと震えたまんまこのバトルに参加すんのかよ?」


焦りのせいで早口になってしまう僕に、丸井さんはガムをパチンと割って聞いた。
その丸井さんの顔は、真剣だった。


「……え?」
「ずっとそんな怯えた目でこの世界を見て、当たらせようともしない武器振り回して過ごす気かよ」


冷静に、何かを諭すように言う。
睨むような強い視線。
厳しいその言葉に、僕は何も言えなかった。


「本当は、すぐにでもここから逃げ出したいんだろぃ?楽になりてえんだろぃ?」


ついに僕は俯いてしまった。
それは、丸井さんの言葉が事実だからだ。
僕はこんな世界に居たくない。
こんなところで殺し合いなんかしたくない。
そんなの……当たり前じゃないか。


「僕は……誰も、傷つけたくない……っ」


今まで僕が怯えていたのは、死に対する恐怖だけのせいじゃない。
誰かと出逢って、相手を傷つけないといけない状況になるのが嫌だったんだ。
僕は……そんな酷い人間になりたくない。
だから、この状況に居ることを息苦しく感じていたんだ。


「だったらさ……」


急に、丸井さんの声のトーンが低くなった。
そして待ってましたと言わんばかりに口角を上げ、目を見開き言った。


「俺が楽にしてやるぜぃ?」


その言葉に答える間もなく、僕の腹部に衝撃がきた。
刺されたんだと思う。腹部を確認することはできなかった。
だけど、一瞬にして焼けるような痛みを腹部から全身に感じた。
凄く……凄く痛い。苦しいよ。どうして、こんな思いをしなきゃいけないの?
助けて。もう、嫌だ。楽になりたい。この苦しみから解放されたい。
そう思いながら、何秒叫び続けていたかは分からない。
でも意識が遠ざかると同時に、その痛みを忘れることができた。
そしてようやく、楽になれたんだ。

痛みや苦しみは一瞬。
それを終えた時、
僕は永遠の……安息を手に入れることができたんだ。








死亡者:葵剣太郎

残り37名。