ふと空を見上げる。太陽が輝き自分を照らしていることが分かった。
今は2日目の……もう、昼頃になるだろうか。
俺は眩しい日差しを避けるように木陰に隠れ、地図を開いた。
今俺たちの居る島の地形が描いてある。
……地図で見るとこんなにも小さいものなのか。
今の俺には、この場所が果てしなく続いているように思える。
これまで誰とも出会っていないせいだろうか。
まるで、俺だけがこの場に取り残されたような虚無的感覚。
だが現実はあと40人近く生き残ってる。
その中には仲間もいる。かつてのライバルもいる。

この状況で俺は、これからどうなるだろうか?
いつかはここから抜け出せるのか?
それとも抜け出せずに俺は死ぬのか?
誰かに殺されてしまうのか?
ああ……一人で居ると気がおかしくなりそうだ―――





「こんなとこで何やってんだ?手塚よぉ」


俺は反射的に振り向いた。驚きというよりは、無意識に。
何度も聞いたことのある声。少しだけ懐かしい。


「……跡部」


視線の先には、木にもたれ腕を組んでいる跡部。
余裕のある笑みを浮かべながらこちらを見ている。
……そうして堂々と声をかけてくるということは、俺に戦意がないと思っているからだろうか。



「何してんだよ、お前は」
「……何もしていない」
「そうか。……お前はもう、人を殺したか?」
「………」

じゃり、と小石や木の枝を踏みながらこちらへ歩み寄る跡部。
俺は少し目を細め、日の光に照らされた跡部の服を見てみた。
……返り血だろうか。赤黒い染みが残っている。


「……俺は何もやる気が起きない」
「ふん、そうかよ。だったら、俺もお前には何もしねえ」


そう言って少し安心したような顔つきになり、ちらりと見えていた武器を引っ込めた。
てっきり……俺を殺そうとしていたのかと思ったが、そうではないようだ。
跡部は正気だ。
それは実に喜ばしいことなんだろう。
だが逆に言えば、正気のまま跡部は誰かを殺したということになる。
正当防衛だとか理由はあるだろうが……俺は睨むようにして跡部を見た。


「……だがな、手塚。生き残るには人を殺すしかないぜ?」


そんな俺の視線に気づいていながら、気にしていない様子で跡部は言う。
確かに、それは正論だ。この世界での論理としては実に正しい。
そう頭では理解しているが……。


「生き残ろうと思っていない俺には不要な忠告だな」
「っは。……俺は、青学の乾を殺した」
「………!」


俺の言葉に鼻で笑ったかと思うと、跡部は真剣な顔つきでそう言った。
突然の告白に驚きを隠せない。目を見開いて跡部を見る。
この跡部が、乾を?


「あいつは既に狂っちまっていた。自分では気付いていないようだったがな。……お前は、どう思う?」
「……何がだ」
「乾のように、狂っちまった仲間を放っておけるのか?」


跡部が俺にどんな答えを求めているのかは分からない。
だが今の質問で言えることは、


「……放っておけないな」
「だろう?……だったら、止めるしかねぇんだよ」
「……止める?」


少し悲しげな、だがちゃんと意志のこもった言葉を跡部は繰り出す。
止める、か。では跡部はそのために乾を手にかけたということか。
何となく、跡部が乾を殺した理由とその状況が頭に浮かんだ。


「俺だって、誰かが狂ってるところなんざ見たくねえ。特に仲間のはな。だったら、その前に止めればいい」
「………」
「俺たちは部長として、最後まで部員の姿を見届けなきゃいけない。……そうだろ?手塚」
「……ああ」


跡部の言葉が、やけに俺の脳に心に残る。
大切な仲間が。
狂ってしまう前に。
止めるには。
一人しか生き残れないこの状況で。
それが可能な方法は。

殺すことだけ―――


「それが務めだと俺は思ってる。いや、乾の一件で思わされたな」
「……そう、か」
「仲間のこと、部長として最後まで面倒みてやんねえとな」


そう言った跡部は少しだけ物悲しげな表情をしていた。
あの跡部にこんな顔をさせるなど、氷帝の部員は凄いと思わされる。
色々と常識が欠如しているとは思っていたが、俺が思っている以上に跡部は部長として全うしようとし、部員からの信頼もあったということか。
俺にはそんな跡部が、少しだけ太陽と重なるようにも見えた。


「じゃあ、俺は行くぜ。次に会う時は、お前を殺すかもしれねえ。覚悟しとけよ」
「………ああ」


跡部は勝気な笑みでそう言うと、森の中に消えていった。
俺は何も考えることなく、しばらくその後ろ姿を見つめる。


「……ふっ、お前は、俺を狂わす為に来たのか……?」


そして大きな溜息をついたあと、自嘲しながら額に手を当てて呟いた。
馬鹿げてる。部員が狂ってしまう前に、誰かを殺してしまう前に、俺自身がこの手を汚すこと。
守るために人を殺すこと。そんなこと……認めて良いものか。
現実社会に居れば、きっとこんな提案即座に却下していただろう。
だが、この世界では常識や良識など何も通用しない。全て、正当化されてしまう。
人殺しすら、誰かを守る手立てのように思えてしまう。
俺ははじめにしたように、空を見上げる。色鮮やかな空の色。青学が誇りを持つ色。
その色と重ね合わせるようにして青学の皆の顔を一人ひとり思い浮かべた。
青学の皆を……大切な仲間を……止める……。
俺にしかできないこと。
部長として。
仲間として。
あいつらの為に―――