「……遅いな、裕太たち」
「そ、そうですね…。部長、何かあったんスかね?」


俺は裕太と別れてから、寄り道などせず真っ直ぐに、観月の言った民家に辿り着いた。
それから丸一日が経ったというのに、まだ裕太は来ない。
加えて、木更津も来ない。
こんな状況、おかしいと思うに決まってる。
ここに向かう途中に誰かに襲われたりしていないか、最悪の予想が何度も頭を駆け巡る。
今までも観月に何度か心配の旨を告げたが、「もう少し待ちましょう」と言うだけだった。


「……やはり、何かあったんだろう」


大人しく待っているのも限界だ。
仲間が危険な目に遭っているかもしれないというのに、黙ってじっとしていられない。
そうして外へ行こうとドアを開けようとした時、


「待ちなさい、赤澤部長」


観月が冷たく静止の言葉を放った。
俺は一旦立ち止まり、振り返る。
観月はてこでもこの場から動こうとしなかった。そして、俺たちが動くことも許さなかった。
初めは二人の心配をしていないのかとも思ったが、違って二人を信用しているためだと思うことにした。
そう、観月を信じることにした。でもそれも同じく限界が近付いている。
どうしても、二人が心配だ。


「……だが、裕太たちが…」
「心配要りませんよ。きっと……あの二人はここには来ないでしょう」


腕を組みながら、観月は言った。
それは俺にとって、あまりにも予想外な言葉だった。


「!?な、何でだっ?」
「んふ、二人を信じて2日目が始まるまで待ちましたが……」


観月は癖である、髪をいじる動作をしながら呟く。


「木更津くんはきっと、お兄さんの所へ向かうでしょう」
「……?あの、六角のか…?」
「ええ。彼にとって、双子の兄の存在は大きい。……我々より、兄の方へ行くのが妥当でしょう」


……考えてみれば、そうかもな。
あいつは元々六角中だったし、それ以前に木更津亮とは血を分けた……双子の兄貴。
その存在は大きく特別。誰だって大切だと思う。
こうして俺たちより兄貴を優先にしても、おかしくはないし、むしろ普通だと思ってしまう。


「……でも、裕太は…」
「例え兄を慕っていなくても、こういう場合は血の繋がりを求めるものです」


観月は落ち着き払っている様子で、すらすらと言葉を並べた。
でも……そう、か?
最初に遭った時、裕太は俺たちの元へ来るような気持ちを示していた。
さらには、木更津を捜しに行くとも言っていた。
……もしかしたら、木更津を連れてくるかもしれない。
未だここに来ていないのは、その捜索が難航しているからかもしれない。


「……本当は、彼らが来てからにしようと思っていましたが」


俺が黙っているのを、二人が来ない理由に納得したからだと思った観月はおもむろに言い出す。
そしてバッグから、武器として与えられたスタンガンを取り出し、足元に捨てた。


「……み、観月?」
「だって使わないでしょう?……貴方たちと居るのに」


何事かと目を見開いた俺と金田に、観月はそう穏やかに言った。
……そして、微笑んだ。普段あまり見せることのない優しい表情だった。
なんだ……いつもは厳しく俺を叱ったりしてるけど、こういう時はこんな顔も出来るんだな。
そうか、こいつが俺たちを集めたのは……こうして、仲間でいる安心感を得るためだったんだな。
仲間と居るのに武器なんて必要ない。例えそれで死んだとしても……俺たちは決して人を殺さない。
観月が武器を捨てたのも、そういう意志の表れなんだな。


「……そう、だよな。よし、俺も捨てよう」
「!?ぶ、部長……っ」
「俺は人を殺さない。……絶対に」


俺も、観月と同じようにして武器のダーツを放り投げた。
観月がここまで覚悟を決めて、俺たちのことを考えてくれているとは思わなかった。
俺たちを仲間として信頼して……一緒に居ることを決めてくれたんだ。
それが嬉しくて。何の躊躇いもなく武器を捨てることができた。


「……じ、じゃあ……僕も」


そして金田も、武器を捨てた。
足元に、3人の武器が転がっている。
たったそれだけで、言い表しようのない解放感……安心感が芽生えた。
ここだけ、BRなんて悪夢が侵入していないような、そんな感覚。
その光景を見て、俺たちは互いに見合い笑った。楽しい。少し前の部活のようだ。
すると、観月はそんな優しい笑みのまま、何かを呟いた。


「んふ……っ。本当、人に流されやすいですね、貴方たちは……」


一瞬にして観月は足元のスタンガンを拾い、俺たちに突進してきた。
そして数秒後、全身に痺れるような電流を浴び……俺はいとも簡単に意識を手離してしまった。





どのくらい時間が経っただろう。
俺は、手首から来る痛みで目を覚ました。


「う……?」


目の前には、一つの人影があった。
ぼんやりとしか見えないが、こちらを見下ろしている。


「……んふ、目が覚めました?」


その悠然たる声で完全に目が覚めた。
聞き覚えのある声。いや違う。さっきまでずっと傍に居た奴の……。


「!?み、観月……お、前……っ!!」


すぐにでも胸倉に掴みかかって理由を聞き出そうとしたが、できなかった。
俺の手首と足首はロープできつく縛られていたからだ。


「すぐそこにあったんですよ」


観月は視線を流すようにし、壁を見やる。
俺もつられるように壁へと目を向けるが、すぐ隣に金がが居ることに気付いた。
俺たちの会話で目が覚めたのか、何度も目を瞬きさせている。
そして、俺と同じように拘束されている自分の身を見、驚愕の様子で少し声を上げた。


「これは……どういう、事だ……?」
「んふ、簡単な事ですよ。貴方たちに死んでもらうための準備です」


子供の簡単な質問に答えるようにして観月は、いつもの微笑みのまま言った。
……俺が倒れる前に見せたものと同じ、穏やかで屈託のない笑み。


「これが何だか分りますか?」


そして、俺たちによく見せるように近付き、手に持っていたペットボトルと得体の知れない粉末を掲げる。


「あ、あ…っそれは……」


金田が気付いたようで、恐る恐る視線をその粉末に集中させる。
そう、観月の持っているのは食料として与えられた水と、さっき金田が武器として捨てた粉末状の毒薬だった。
俺と金田は無意識にそれらを交互に見てしまう。
そして観月は、俺が考えていた一番最悪な行為を目の前で行った。


「よかったですね。二人分は優にありますよ」


言いながら、ペットボトルの蓋を開けてその粉末を遠慮なく全て中に入れた。
そして少し振りながら、毒を水に溶かしている。
その行為に何の罪悪を感じていないかのように、にこりと笑って。


「それでは、金田くんからどうぞ」


毒が完全に溶けきった頃、観月は金田に近づいた。
手足の自由が効かない金田は身をよじりながら観月を拒む。


「い、嫌…嫌だぁっ!こ、来ないでくださいぃ!」
「んふ、大丈夫です。少し苦しいでしょうが、すぐに楽になります」


そう言って、がくがくと震えている金田の顎を掴み、口を開けさせている。
俺は、助けようともがくが、手足を縛られていては何も出来ない。
その代わり、必死に声を出して……止めさせようとした。


「どうしてだ観月っ!!待て、止めろ!!」
「さあ、どうぞ――――」


だが俺の声など耳にも入れず、観月は金田の口に毒薬入りの水を流し込んだ。
金田の抵抗もあり勢いよく水はペットボトルの出口から駆け抜け、地面にも落ちた。


「んぐっ……ぅ、あああ゙っ!!」

観月に両手で口を押さえられ、無理矢理ごくんと嚥下させられた金田。
地面で前屈みのくの字になったり、逆に海老のように身体を反らせたりしてのた打ち回るっている。
即効性なのか、すぐに効いている。
俺は拘束を解くこともできず、身体をうねらせるだけで何も出来ない。


「観月っ…お前……!!」
「んふ、人が苦しむ姿を見るのは中々ですね」


観月は、とても楽しそうに微笑んでいた。
感情も何もないような目。その瞳の色は真っ黒だ。
この微笑みも……いや、違う。この顔はいつもの観月のじゃない!


「……っ、ぁ゙……っ…」


やがて、力尽きたように金田の動きが止まった。
くの字の状態で……見開かれた目は焦点が合っておらず、口からは泡を吹いていた。


「……ほら、短い苦しみでしょう?」


そして、次はお前だと言わんばかりに俺へと視線を移した。
毒入りのペットボトルが、どんどん近づいてくる。


「……っや、めろ…!!」
「今更、止めるわけないでしょう?」


金田の様子を目の前で見てしまった俺には、もうその恐怖しかなかった。
必死に、必死に身体をくねらせて観月から遠ざかるものの、手足が自由な観月には勝てない。
すぐに捕まってしまい、観月は俺の顎を掴み、ペットボトルを強く握った。
その表情は笑みさえ崩した様子はないが、どこか焦りを感じているように思えた。
それに気付いた時には……俺の舌から喉へ流れるようにして毒水が伝っていく。
強い力で口を閉ざされ、それらを飲み込んだ瞬間。
心臓がひっくり返るような激痛が全身を駆け巡り―――





「んふ、どうですか?死の味は」


目を細めて、二人の姿を眺めた。
とっくに息をしていない二人は、この世の惨劇を見ていたかのような表情をしていた。
変わって僕は、激しく動いたわけでもないのにはやる心臓を抑え、荒れた呼吸を整えていた。
落ち着いたところで、さっきまでの微笑みをやめて無表情になる。


「……すみませんが、僕は生きたいのです」

何故か震えの止まらない手で握られたペットボトルを、床に置く。
そして冷や汗を、袖で拭った。
僕はどうしても生き残りたい。貴方たちより遥かに強い気持ちで。願っていた。


「……死にたく、ないんです」


自然と眉が寄り、苦しげな表情になってしまう。
貴方たちに行ったことも……仕方なのないことだったんです。
この世界で生きるには、必要である犠牲だったんです。
人を殺すことにはもちろん抵抗はありましたよ。
でも例え、無抵抗の貴方たちを殺そうとも。
自分が死ぬよりは大分マシでしょう?


「……生き残る為なら、貴方たちなんて捨てますよ」


僕は、貴方たちの屍を踏み越えてでも生き残ってみせる。
絶対に、絶対に、絶対に……!!

でも本心は、
生き残りたい≠謔
死にたくない≠フ方が

正しいのかもしれない―――








死亡者:赤澤吉朗
    金田一郎

残り38名。