とうとう1日目が終わり、2日目が始まった。 この見渡す限りに広がる森にも……大分慣れてきたかな。 初めこそ歩く度に引っかき傷ばかり作っていたけれど。もう歩き方も覚えてしまった。 それでも、人に会えないのは少々寂しいけれど。 ……なんて、言いながらも僕は人の叫び声がする度にその声から遠ざかるようにしてこの森を歩いていた。 人に会いたいと思っているのに。なんて天邪鬼な足なんだろうね。 「……不、二……?」 そんな他愛もないことを考えながら、森の中を足音を立てずに歩いていた。 すると、聞き覚えがある優しげな声が僕を引き止めた。 ふとその声の方を見やると、ああ、僕と同じジャージを来た人物が。 「不二……やっぱり不二だ……っ!」 そう、言いながら嬉しそうに僕に近づいてきたのはタカさんだった。 たった1日会っていないだけなのに……なんだか懐かしく思える。 どくん。タカさんの姿をしっかりと捕えた時、僕の心臓が跳ねた。 「やあ、タカさん。久しぶりだね」 「ああ……。不二は、大丈夫だった?」 僕の安否を気にする余裕があるということは、タカさんは無事みたいだね。 それを確証づけるように、タカさんの体には目立った傷はなかった。 安心したよ。なんだか自分のことのように嬉しい。 そんな気持ちに伴うように、心臓の伸縮が激しくなる。 「うん。なんとも無いよ。誰にも会わなかったしね」 「そっか……。俺もだよ。最初に会ったのが不二で良かった」 タカさんは心底安心したように、顔を綻ばせた。 でもその安心は長くは続かなかったのか、笑みもすぐに暗いものへと変わる。 僕も同じように笑みを作ってタカさんを見るけど、内心は疑念でいっぱいだった。 「……僕も、最初に会ったのがタカさんで良かったよ…」 とりあえずタカさんと同じ言葉を繰り返す。 でも言ってすぐ後悔した。 良かった、なんて。本当はそうは思わない。 だって、周りは全員敵じゃないか。 昨日……1日中叫び声や銃声が聞こえたように。 常識など通用しないこの世界。いつ何が起きるか分からないんだから。 「でも……さっきの放送。青学では、桃と乾が……っ」 「……そう、だね」 悔しそうに俯くタカさん。拳を握っていたのが分かった。 でもね、タカさん。君はお人好しすぎるよ。 僕と最初会った時もそう。こんな状況の中、他人の心配をしているなんて。 ……まあ、タカさんらしいと言えばそうだけど。 それにどうしたんだろう。僕の心臓は。伸縮が止まらない。 さらに血液まで……物凄い勢いで流れている気さえする。 「……タカさん、怖いの?」 そんな僕の体内の異常は置いておくとして、微妙に震えているタカさんにそう問いかけた。 おかしいな、心配しなきゃいけないのに……どうして、こんなに全身が熱くなるんだろう。 「……うん、怖い……」 小さな声で、呟くように言った。 そして僕を見て、 「……皆が変わっていくのが、怖いんだ……」 そう、喉から絞り出した。 悲しそうに。切なそうに。そして無気力に。 何かを訴えているような目で。 「……なに?タカさん」 「不二……。不二は、変わっちゃったんだね……」 何を言ってるんだろう、タカさんは。 僕が変わった? どこも変わっていないよ。普段と同じじゃないか。 狂気に駆られて動き回る殺人鬼じゃないし。 仲間に対して問答無用に襲いかかる気違いでもない。 それなのに、タカさんは何を根拠に……。 「……さっきからずっと、笑ってる」 おずおずとタカさんが言った。 その言葉は僕の全身に電流が通ったようにして衝撃を与えた。 ああ、そうだったのか。ようやく……僕は気付いた。 タカさんが無事で、そして会うことができてとても嬉しかった理由。 心臓が高ぶり全身の血の巡りが良くなって、気分が高揚とした理由。 ―――クス。さっきまで、自分でも気付かなかったよ。 タカさんに会えた事で、ずっと僕は待ってたんだ。 感じたかったんだ。求めていたんだ。機会をうかがっていたんだ。 人を殺すというスリルを。 「ああ……そうだったんだ。僕は……」 気付いた時、僕は今まで浮かべていた笑みを更に深いものへと変えた。 ……意図的に変えたというよりは、ほぼ無意識に。 自然と口元が緩み、目元が細くなった。 僕はね、タカさん。もうとっくに狂っていたんだね。 どうやら僕は……君に会ってからずっと、君を殺したいと思っていたんだね。 悟った僕に気付いたのか、タカさんは一層悲しそうに僕を見た。 それは僕が怖いからかな?それとも、僕が狂ってしまったことを悲しんでくれているのかな? どちらにせよ、 「……タカさん、大丈夫。すぐにそんな思いから楽になれるから……」 僕が及ぼす行為に変わりはない。 そんな僕の脅かすような言葉にも、タカさんは驚かなかった。 それもそうだよね。僕より先に僕の狂気に気付いて……覚悟を決めていたんだから。 「不二……できれば、前の不二に会いたかったよ……」 動じていない様子で、とても残念そうな顔をして僕に言った。 それに傷心することなく、僕はタカさんの目をじっと見た。 今やその表情も快感。スリルの一部でしかない。 最期に、謝っておくよ。ごめんね。 「………クス、じゃあね」 そして僕は、迫りくる快感の波に打ち震えながら。 武器であるマシンガンをタカさんに向けて。 気持ちが高ぶりすぎて震える指先を手前に引いた――― 「タカさん、気付かせてくれてありがとう」 目の前で倒れる、血塗れのタカさんに対して心からお礼を言った。 失望させたことは本当に悪いと反省しているよ。 でも僕は、初めから狂ってたんだ。 それに気付かなかったのも狂っている。 ……タカさん。 本当に、会えて良かったよ。 結果的にはこんな悲惨なことになってしまったけど。 一人で寂しかったのは本当だったんだ。 そして、この狂気を受け止めてくれてありがとう。 この狂気に気付いたからには、 これから、安心して……スリルを味わうことができるよ。 君のおかげでね。 死亡者:河村隆 残り40名。 |