「………どうして、桃先輩」


俺はしばらく茫然と立ちつくした後、目の前に仰向けで倒れている桃先輩に近付いた。
手を握ってみると、もう冷たかった。
そうさせたのは、誰でもない俺の所為。
二人を殺したのは俺。その事実は変えようがないし。
もう、二度とその声を聞くことはできない。


「……ねえ、桃先輩」


俺、桃先輩を殺す気なんてなかったんだよ。
大らかで、頼りがいがあって面倒見が良くて……何かと世話をしてくれた先輩。
それなのに。


「っ…喜多さんも、桃先輩も……どうして……っ」


俺を止めてくれなかったの?


「っ、だめだって……人を殺しちゃいけないって……。一緒に、生きようって……」


どうして言ってくれなかったの?
俺、怖かったよ。
二人がこのゲームの仕組みを理解して、覚悟しているのを。
そして俺に殺されると分かっても、逃げてくれなかったことを。
説得してくれなかったことを。間違いだと言ってくれなかったことを。
どうして……俺を、正しい道へと導いてくれなかったの?
こんな状況になっても冷静で……狂ったように見える俺には、もう用はない?何を言っても無駄だと思った?
もう俺は……元に戻れないの?この殺人鬼のような姿から。


「俺……もう、皆に顔合わせられない……っ」


ごめんなさい、喜多さん、桃先輩。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。


「っごめん、なさい……」


信頼していた桃先輩も、俺を止めるどころか逃げようともしないと分かった時。
悲しくて。切なくて。苦しくて。泣きたくなった。
でも最後に、桃先輩に泣き顔を見られたくなかったから。
口元を引き締めるように力を入れて……涙を零すのを我慢した。


「俺、どうしたらいい……?」


もう二人も殺してしまった。
自分の身を守ろうとしてじゃなく、自分から。
こんな俺の姿。誰にも見せることはできない。
特に、青学の先輩たちには。
知られたら……怒られる……いや、軽蔑される……。
そんなの嫌だ。また孤独を感じてしまうなんて、絶対に嫌だ。


「……だったら、」


もう、俺は正気を捨てたらいいのかな?
そうしたら、辛い気持ちで皆に会わなくて済む?

人を殺した感触を求める、感情も何もない殺戮マシーンのように。
ただ人を殺すことだけを考えて……。
今の、俺の気持ちを誰にも悟られずに……。


「……こうするしかない、よね」


少しは罪滅ぼしにはなるかな?
もう悲しまなくて済むかな?
二人は許してくれるかな?


「俺、自分を殺すよ」


俺は桃先輩のバッグの中から、武器らしいノコギリを取り出した。
そしてジャージの袖を捲り、右の腕に刃を当て……ゆっくりと線を引いた。


「―――っ!」


声にならない痛みが俺を襲う。
焼けるような痛み。ギザギザしている刃が何度も俺の腕の皮膚を裂く。
っだめだ。声を出したら。こんなことで苦しむようじゃだめだ。
この二人はもっと痛い思いをしたんだから。


「っつ……!」


痛い。痛い。痛い。身体も、心も。
でも俺は痛がったらいけない。それが俺の罪だから。


「……っ、この傷に、誓うよ…。俺は、もう感情なんて捨てる……」


そしてこの傷が痛む度、二人を思い出す。
決して忘れないように。ここに二つの命があったこと。それを俺が奪ったこと。
ノコギリをバッグにしまい、俺は帽子を桃先輩の胸に置いた。
それ、桃先輩が預かっててね。


「……さようなら、喜多さん、桃先輩」


そして、


「さようなら…………越前リョーマ」





皆と、自分に別れを告げた瞬間だった。