皆、馬鹿だろ。
榊監督の放送で俺が思ったことはそれだった。
あの放送で呼ばれた死亡者。
多分、ほとんどが殺されたんだろう。
……皆、本当に馬鹿だ。

こんなにムキになって。
テニスで好敵手だったことも忘れ、自分の事だけを考えている。
自分が生きたいがために。死にたくないがために。
まさかこんなところで醜い人間の本性を見るとはな。
こんな、形で……。

俺は切ない気持ちを拳にこめる。
そして辺り一面の森をぐるりと見渡した。
……なんだか、一生この森から出られない気がしてきた。
こんな気分の悪い空間に、ずっと閉じ込められてしまう気がした。
そうなると、もうテニスができない。古武術もできない。
家族や友達に会うことすら……。
それならこんなところ、居たくない。
全てを奪われた、牢獄のような場所。
……居ても、しょうがない―――


「………ん?」


そう思っている時、数メートル先の木々の間をある人物が通っていった。
俺は自分以外の存在を見つけ、浮かれたのか小走りで近付いて声をかけた。


「……あなた、山吹の亜久津さんですよね」
「あぁ?……誰だ、てめえ」
「氷帝の日吉ですよ」
「………」


ポケットに無造作に手を突っ込み、歩いていた亜久津さん。
俺を睨みながら黙っている亜久津さん。
俺との間合いを詰めているわけではない。殺気を感じない。
襲ってこないということは。俺はその予想を確証づけるため一つ問いかけた。


「……貴方は、このゲームに乗ったんですか?」
「そう言うてめえはどうなんだよ」


人に聞く前に自分から言え、とでも言いたげに俺に聞き返してくる。
苛々しているのがよく分かった。だが俺はその問いを不快に思い眉を寄せて、答えた。


「……乗るわけないでしょう」


そう思われるのは誰だって気分が良くない。
……まあ、本気でゲームに参加して狂った奴がどうだかは知らないがな。
俺がそう不機嫌丸出しで答えると、亜久津さんは吐き捨てるように言った。


「はっ、そうかよ」
「意外ですね。貴方は乗った方だと思いましたが」


こういった人は、どうして乗らないのかと聞いても答えてくれない。
挑発にも近い発言だが、こうでもしないと亜久津さんはきっと何も言わないだろう。


「ちっ……くだらねえんだよ。いちいち自分から襲い掛かるほど楽しくねえんだよ、こんなもん」
「……そうですか」


思った通り、亜久津さんは少し理由のようなものを話してくれた。
どうやら人を殺すことに躊躇いを持っている……かまでは分からないが、拒否しているのは確かだ。
思っていたより正常な判断をしている。でも、自分から、か。
ということは、いざという時は反撃をするってことか。
俺が探るような目で見ていたことに気付いたのか、亜久津さんは目を細めて舌打ちをした。


「用がないんなら消えろ」


俺はそう言う亜久津さんに少し気落ちした。
この人は完全に、人を殺すつもりはない。
何も、亜久津さんが狂っていたら良いと思っていたわけじゃないが……当てが外れた。


「……残念ですね。あなたに、殺してもらおうと思ったのに」
「……はぁ?」


何とも情けない顔をしながら呟く。
すると、亜久津さんは驚いたのか目を見開いて俺を見た。
何言ってるんだこいつ、と思われているだろうな。
だがこれは、俺の正真正銘……本当の思いだ。


「こんな所、生きてても仕方ないんですよ。……だから、殺してもらおうかと」


人の狂気ばかりが充満するこんな場所に居たくない。
最後の一人なんかに残れるわけがない。
何故なら俺は人を殺すつもりなんて更々ないからだ。
そうなると必然的に、誰かに会って殺されることになる。
長くこんなところに居たくない。これからのことを考えるだけで、本当に狂ってしまいそうになる。
そうなる前に、今すぐにでも……こんな狂気に満ちた場所から抜け出したい。


「んな事、知らねえな。人に頼むな。自分で勝手に死にやがれ」
「……それができれば、こんなこと頼みませんよ」


吐き捨てるように言う亜久津さんに、俺は悲しげに眉を下げて呟いた。
俺は、生きたくなければ死にたくもないんだ。
自分で、死へと踏み出すことのできない人間なんだ。
そんな弱い人間なんだ。ああ、誰だって……死は怖い。


「……けっ。とにかく、俺は誰も殺す気はねえ」


俺の希望を打ち砕くように、亜久津さんは俺から視線を逸らした。


「ましてや、自分から望んで殺されようとするような弱え奴はな」


そして俺に背を向け、完全に俺を見捨てることを決めたようだ。
俺は黙ってその姿を見ている。確かに、この俺の願いは都合が良すぎたな。


「どうしても死にてえんなら、他の奴に頼め」


最後にそう言い、亜久津さんは一度も振り返ることなくこの場を去った。
……はあ。何もやる気が起きない。
せっかく人に会えて、チャンスだと思ったのに。
……今でも、どこかで殺り合ってる奴らが居るのだろうか。
そう考えると……指先にすら力が入らなくなるくらい、気力が削がれていく気がした。
もう、いい。早く……誰か俺を殺しに来いよ。
こうなったら誰でもいい。いつでもいい。

俺はもう、いつ死んだっていい―――