捜してた。きっと、悲しんでると思って。
自分を見失ってしまったいないか心配で。
観月さんの言っていたことよりも、あの人が気になって。
人と出逢うかもしれないという危険も無視して。
捜し回った。それなのに、
俺の目には信じられない光景が飛び込んだ。


「………木更津、先輩……」


木更津先輩が居た。
いや、ただ居たのならいい。会えて嬉しいとも思った。
でも……。


「……ああ、裕太。居たんだ」


手には血だらけの矢を持っていて。
それよりもずっと木更津先輩の姿は血塗れで。
もう……ユニフォームは元々赤色をしていたんじゃないかってくらい。
そしてその口元は、笑みに歪んで。
でも目は何も映していないかのように真っ黒で。
足元には、事切れた人が転がっていて。
俺は、見てしまったんだ。

木更津先輩が、六角の黒羽さんを殺してしまう瞬間を―――


「どうしたの?こんな所で」


その瞬間を見られていると気付いていながら、先輩は顔色一つ変えなかった。
それどころか木更津先輩は、少しずつ俺に近づいてきた。
正面から見ると、頬や髪も……血で染まっていることが分かる。


「あ…っ、うっ……」


俺はその狂気≠ニいう言葉が相応しい光景に思わず吐きそうになる。
辺りを漂う生々しい血の匂い。それを全身に浴びながらも笑う木更津先輩。
その姿が……とても異様だ。
俺は手を口に当て、吐きそうになるのを必死に、飲み込むようにして堪えた。
どうして木更津先輩が?
どうして悲しんでいるはずの木更津先輩が?
人の死を間近で実感した木更津先輩が?
自ら進んで人を殺しているんだ?


「驚いてる?」


俺のすぐ目の前まで来た時、木更津先輩は言った。
いつも、部活で見せてくれる時のと同じ笑顔で。
殺される?木更津先輩に?そんなこと疑いたくもないのに。
今の木更津先輩は異常だ。だからより、最悪の未来を彷彿とさせる。


「クスクス、大丈夫だよ。裕太は殺さない」


その最悪の予想をあっさりと裏切り、木更津先輩は血のついた手で俺の頬を撫でた。
優しく、やけに生温かい……そんな感触の手で。
俺は不思議とそれに恐怖することはなかった。むしろ安心してしまいそうになる。
木更津先輩の表情や声音、全てが優しい部活の木更津先輩そのものだったから。


「裕太は僕と同じ立場だもの。……捜さないといけないでしょ?」


俺が何も言えずにいると、それを分かっているのか次々と声をかけてくれる。
また、笑うように目を細めた。
それに、同じ立場って……?
疑問を口にする前に、俺は自分のやるべきことを思い出した。


「……き、さらづ先輩…、観月さん、たちが……っ」
「観月たち?……ああそういえば、待ってるって言ってたね」


未だ、人の死の瞬間と血の匂いを引きずってしまい、うまく声が出ない俺。
そんな俺の頬から手を離し、言いながら腕を組んだ。
しばらく何か考えているように黙っていたと思えば、


「……僕は、行かないよ」
「え……?」


眉を寄せ、明らかな拒否反応を示した。
そして何かを諭すように俺に言う。


「裕太は無防備すぎるよ。……観月を、本当に信じるの?」
「…だ、だって、観月さんはっ」
「クスクス。……お兄さんと、どっちが信用できるの?」
「………っ!」


強情を張るかのように言い返そうとした俺に、冗談を言われた時みたいに笑った。
そんな木更津先輩に、俺は何も言い返せなくなった。
そして一旦、先輩は俺から目を逸らし、


「僕たちは、血の繋がった兄しか信用できないんだよ。部活の仲間よりも。……その兄が狂ってたら、どうだか分からないけど……」
「……!?」


何か意味ありげな視線を俺に送った。
俺はその視線に、何か悪寒のようなものを感じた。
そんな……いや、まさか。あの兄貴に限って……。


「僕はもう、狂っちゃったみたいだけどね」


俺が切なげに目を地面に移した後、木更津先輩は自嘲気味に言った。


「もう……目的は、亮に会うことだから……」


そして寂しそうに、空を見上げた。
その目はとても……狂っているようには見えない。
見えない、のに。


「……祐太も、気をつけてね」


ゆっくり俺から離れて、背を向けて歩み始める木更津先輩を止めることができなかった。
俺はしばらく苦しい気持ちでその後ろ姿を見つめていた。

どこか寂しげで……悲しそうな背中。
初めて会った時はあんなに狂気的で異常だとも思ったのに。


「……っ、兄貴……」


あの木更津先輩の言葉が俺の脳内で木霊する。
同じ立場っていうのは、血の繋がった兄弟がいるということか……?
確かに、あんな兄貴でも同じ血を分けた兄弟だ。
会いたいか会いたくないかと問われたら、会いたいと思う。
……でも、聖ルドルフの人たちが待っている。
俺はジレンマに陥ったように、しばらくその場で思案した。
……少しだけ。少しだけ、聖ルドルフの人たちに会って。
それから、兄貴を捜す……。
木更津先輩が言ったみたいに、兄貴は信用できる人だから。
少し性格は悪いけど……、この血が証拠だ。
切っても切れない縁。俺と兄貴は、そういう関係。

……そんな縁はないけど、でも聖ルドルフの人たちは皆仲間なんだ。
会えば、今の不安な気持ちも少しは無くなる。
安心できるんだ。俺を受け入れてくれた大切な仲間だから。

だから、少しだけ。寄り道をさせてくれよ。