びゅう。 風が唸るようにして吹いている中。 俺は行く当てもなく、ただただ歩いていた。 開始からどのくらい時間が経っただろうか。 それすらも分からない。時間の感覚がないためか、何故か時が長く感じる。 彷徨うように歩いているが、まだ誰にも会っていない。 ―――誰かに会ってしまったら? その時はその時だ。相手の反応を見て臨機応変に対応するさ。 誰も死は望まない。 だからといって……絶対に殺さない保証はできないが。 「………」 今はただ、無言で歩くだけ。 人に会うことに恐怖は感じてはいない。 それは何も、自分が絶対に死ぬことはないと自信過剰になっているわけではない。 何とかなる。俺らしくもないと思うが、少しそんな余裕を持っていたんだ。 「……君は、」 突然、声が聞こえた。 俺は立ち止まり、冷静にその声の主が誰かを記憶の中探る。 「……その声は……乾か?」 「そうだよ」 草陰から出てきたのは青学の乾。 遠目から俺に殺意がないのを読みとったのか、近づいてきた。 ……いくら知り合いを見つけたからって、迂闊すぎる。 頭が切れる乾らしくもない。俺は不思議に思って、しっかりと距離を取りながら乾を見た。 「こんなところで、何をしている」 「……少し、考え事をしていたんだ」 乾は普段と何も変わらない……いや、少しばかり冷静すぎるくらいだ。 そんな口調で呟き、眼鏡を掛け直した。 「自分の武器の使い道を」 そのレンズから、俺の目に向かって光が反射する。 俺は少しばかり目を細めて、乾を見やった。 「……そうか」 「跡部、お前の武器はどうだった?」 「お前に言う義理はねえだろ」 「……まぁ、それもそうだが」 おかしい。いくら何でも落ち着きすぎている。 この状況の中、周りは全員敵だと思ってもおかしくはない。 そんな相手に急に武器の話をするか? 乾のことだ、何か考えがあるのか少し思案したが……何も思いつかない。 そうしてお互い沈黙し、少しの間。 先に口を開いたのは乾だった。 「君は、これからどうするんだ?」 「さぁ……知らねえな。そう言うお前はどうだよ」 「……俺は、自分が分からない」 「………」 無感情な言葉。急に、何を言ってやがる。 俺は眉を寄せて乾を見た。 「この状況で、俺は何をどうすべきか分からない」 「……そんなの、俺様の知ったこっちゃねえな」 妙に落ち着いていると思ったら、ただ迷っていただけか。 こいつの自己分析に付き合う暇もない。 こいつといても何も変わらない。 そう思い踵を返すと、 「……そうだな。だから、俺は俺なりに答えを探すことにするよ」 瞬間、またしても風が唸った。 そして後ろから迫ってくる気配に気付いた。 「っ!」 乾は、俺に自分の武器を振り降ろそうとしていた。 俺はそれを防ぐために屈み、乾の腹に拳を当てた。 「……てめえ、何しやがる」 「……ふっ、答えを、見つける……ためだ」 腹を押さえながら、俺を睨む乾。 「……本気で言ってんのか?」 「お前を殺せば……少しは結論付けられるだろう」 「結論、か」 「ああ。そのためには、俺は……」 もはや正常な思考ができない目が俺を見つめる。 俺はそれを軽蔑とも、同情ともいえぬ目で見返す。 ……こいつは、狂いやがった。 俺と会う前にすでに狂っていたのかもしれない。 とっくに、別の答えに辿り着いている。 「……そうか。お前がその気なら、」 俺は自分の荷物から武器を取り出した。 「!跡部……っ」 パアァン――! ライフルから出た弾が、乾の胸に当たった。 確かな手応え。……やけに、嫌な感触だ。 「ぐっ……うああぁっ!」 乾が重力に負けたかのように倒れこむ。 弾が貫いた胸からは止めどなく血が溢れている。 「……狂っちまった奴に、確かな答えなんか見つからねえんだよ」 俺は、どこか苦しい表情で呟く。 こいつは、俺を殺して正当な理由を手に入れようとしていた。 一歩踏み出す勇気を欲しがっていた。 生き残る勇気、すなわち人を殺す理由を。 人を殺して得られることなど、何もないのに。 そうしてこのゲームに踊らされ、いずれ自滅する。 そんな奴を、俺は見たくない。 「……跡部…」 「………」 「っお前の覚悟は、……本物、だったんだな……」 「………」 「……もっと、データ…を、取るべき…だったな……」 そう言って、奴は力尽きた。 自らの代名詞でもあるデータマン。 それをも忘れてしまう程に自らを見失い、人を殺めようとしたのか。 何て気分の悪い世界だ。 そう思い、俺は吐き捨てるように乾に言った。 「……あの世で、ここの観察でもしてな」 この狂ったゲームを。 誰が誰を陥れ、 誰が誰を殺し、 誰が生き残って行くのかを――― 「……俺が、どうするのかを―――」 お前に予測できるか? できたとしても、俺はそれを反してやるよ。絶対にな。 死亡者:乾貞治 残り42名。 |