このゲームが開始して早2時間。
ようやく、これだけのメンバーが集まった。


「……皆、今頃どうしてるかな」
「……もしかして、誰か……」
「不吉なこと言うなよ」


南、東方、室町くん。そして、俺。山吹中の面々。
俺たちも扉をくぐる前に集まる意志を伝えて、ようやく4人になれた。
他の学校、特に不動峰とか橘くんが冷静に対処していたみたいだけど。
やっぱり皆、はじめは仲間と集まったりしてるのかな?


「……千石さん?どうしたんスか?」
「え、ああ…何でもないよ」


俺は一人で行動していたところ、すでに集まっていた3人に見つかり声をかけられて一緒にいるけど。
本当は、一緒に行動したくない。俺は今すごく迷っているから。
こんな非日常的な空間に放り出されて。俺の頭を支配するのは嫌な妄想ばかり。

もう、誰か殺されているかもしれない。
もう、誰か殺したかもしれない。

次、殺されるのは俺かもしれない―――


「……他の奴らは、大丈夫かな」
「きっと……亜久津先輩は平気でしょうね」


相変わらず自分より他人の心配をする南と、ポジティブな考えしかしない室町くん。
ああ……どっかに行って欲しい。この状況に、ますます俺の中の不安が膨らんでくる。
もしこの中の誰かが殺されたりしたら、俺は完全に正気を失ってしまう。
今まで一緒に過ごしてきた仲間だから。目の前で離れ離れになりたくはない。
だから、俺の傍に居ないで欲しいのに……。


「……千石、さっきからどうしたんだよ」
「……え?」
「なんかずっと、難しい顔してるぞ」
「いつものテンションはどうしたんスか?」
「いくら俺でも、こんな状況で明るくできないよ」
「……まぁ、それもそうッスけど」


ああ、苛つく。答えることも億劫になる。
合流してからこの3人に心配されてばかり。こんなの、俺じゃない。


「……千石、何を迷ってるんだ?」


触れないで欲しい。お願いだから。
これ以上俺を甘えさせないで。


「……南。少し黙っててよ」
「……っ」
「千石、言いすぎだ。南はお前のことを心配して、」
「うるさい!こんな時ばっか話しかけないでよ!いつもみたいに地味にしてればいいだろ!」
「………千石、お前!」
「いいよ、東方。……千石の気持ち、よく分かった」


興奮している俺と打って変わって、南はひどく落ち着いていた。
俺は睨みにも似た目を南に向ける。


「お前がそう怒鳴るなんて珍しいな」
「っ……」
「やっぱり踏み切れないんだろ?心の迷いから。自分が今どうするべきか」
「………」
「ルドルフの奴が目の前で殺されて、何かが心の中に生まれたんだろ?……で、俺たちの事を邪魔だと思ってる」


南らしいね。いつも、部長として俺たちの事を見ているだけある。
いとも簡単に、本心を当てられた。
俺はそれを隠すように、目を逸らして呟く。


「……いきなり、何?地味な説教は止めてよね」
「俺は……お前に、覚悟を決めてもらいたいんだ」
「………?」
「俺は、初めから無理なんだ。こんな状況を生き抜くことを。……初めから、諦めてた」


言うと、南はバッグの中からカッターを取り出した。
東方と室町くんは、それに驚いて南の名を呼ぶ。
それを無視して、南は俺を真っ直ぐ見て言った。


「俺は、お前に任せたい。お前が生きろ…千石」
「南……?」
「……結局俺は、地味な死に方しかできないけどさ」


南は、俺以外の二人の制止の声も聞かず、カッターを首元に当てた。
俺も驚きで目が見開いてしまっている。
南が何をしようとしているのか、ここまでくれば十分分かるはずなのに。
止める言葉も、何も口から出せなかった。


「でも勘違いするなよ。これは自殺じゃない。……俺は、政府に殺されたんだ」


ザッ―――。

死ぬことに恐怖することもなく、南は首元に当てたカッターを思い切り引いた。
開いた肉の間からは止めどなく血が溢れ出し……すぐに南の手や首が赤に染まった。
……俺の視界も、鮮やかな血に染まっていく。
そう、ルドルフの柳沢くんだ撃たれたときと同じように。


「こ、れで……っ少し…でも、お、まえが……決心っ、できる、なら……!」
「南…っ!南ぃ!!」


膝からがくんと崩れ落ち、呟く南の肩を支えて東方が叫ぶ。
室町くんも、サングラスで見えないけど、きっと目を見開いていると思う。
目を閉じ、もう息をしていない南を抱くようにして支える東方。
室町もしゃがんで、南の血塗れの手を握った。

そんな中、俺は目覚めた。何かが、俺の心の奥でぷつんと切れた。
南の血を見て。言葉を聞いて。死を感じて。





「………はは、」





二人は、いきなり笑い出した俺を凝視した。


「……南ってば、相変わらずお人好しだね……まさか、こんなことするなんて」
「っ、お前!!」
「おかげで、決心がついたよ」


これから、俺がどうすべきか。
俺は、どういう運命を辿っていくのか。
全部。ありがとう。南はこれが目的だったんだね。
俺がさっきまで迷っていたのは、俺に感情があったから。

でも……これで俺は、俺を殺せるよ。


「あ、はははっ……」


南は、俺にBRを生き抜く理由を作ってくれたんだ。
自ら死ぬことで。……いや、政府に殺される≠アとで。
さっきまで俺は人の死を恐れていた。だって、まだ失っていなかったから。
こんな近くに……3人もいたから。
ここでの覚悟は失う覚悟。仲間、正気、日常、感情。本当に様々なものを。
それを失う覚悟を、南は持たせてくれた。自分の死をもって。
南は、俺の為に死んでくれた。
その命を、俺は無駄にはできない。
……何だかんだ言って、仲間だったんだもん。


「……南、馬鹿だよ。……こんな俺の為にさ」


小さく、呟いた。
周りの人に聞かれないように。


「ははっ……馬鹿だよ」


どうしてお前、そんなに優しいんだよ。
どうして……俺なんかに賭けることができるんだよ。
南も、俺のこと仲間だと思ってくれていたのかな?
いつも面倒ばかりかけて…からかってばかりの俺を。
俺はもちろん、大切な仲間だと思っていたよ。
だから……こうして、南の予想通りになってる。
大切な仲間を失った俺は今、そうさせた政府に復讐する≠ニいう決意を手に入れた。
南の仇を取るために、このBRを生き抜く必要がある。それが俺の覚悟。


「っ、南は、馬鹿なんかじゃない……!」


俺の発言に怒りを感じた東方が、俺を睨んだ。
それも当然の反応だよね。


「……うん、分かってるよ。ごめん」


俺は素直に謝って、涙を流す東方に抱かれ動かない南を見た。
南が馬鹿なんじゃないって、俺が一番よく知ってる。
俺がそそのかして始めた部長も、南は真面目にこなしてくれて……。
いつも、俺たちのことばかり気にして。
本当……最高の部長だったよ。


「っ……俺も、南とは同じ考えだ」


東方は辛そうに涙を浮かべ、南を見つめる。


「最後の一人になるつもりもないし、人を殺すつもりもない」
「………」
「千石、最後に一つ頼みがある」


そして、東方は東方の……覚悟を決めた目で、俺を強く見た。


「俺には南を一人にすることはできない。俺を……南と同じところに行かせてくれ」


意志のこもった目。切なそうに歪む表情。
それは死への恐怖といった表情ではないように思えた。


「お前に頼むのは酷だろうけど……お前は生き残ってくれるんだろう?だったら、一石二鳥だろ」


どうやら東方も南と一緒で、俺に託してくれるようだ。
全く……ダブルスパートナー二人して……試合と同じように、最後の最後は俺に頼ってくるんだから。
表面では当然と思っていたけど、俺はそうして頼ってくれることを嬉しく思っていたんだよ。
だから、期待に応えないとね。


「分かったよ、東方。……南のところに連れてってあげる」


そう言うと同時に、俺はバッグの中にあったサバイバルナイフを取り出す。
きらきらと嫌な光を出すナイフをそっと、東方に向ける。


「ごめんね、ありがとう。俺に期待してくれて」
「………ああ」


そう穏やかな声音で言うと、東方もどこか落ち着いた口調で頷いた。
二人の期待通り、俺は何が何でも生き残ってやる。
その為に……邪魔する奴は消す。そう決意させてくれたのは二人だからね。
だから、これはせめてもの俺のお返し。
最初で最後の、俺の優しさ。
ナイフの柄を握る力を強くし、俺は少しでも苦しくないように勢いよく、東方の胸にそれを突き刺した。


「―――っぐ!」


一瞬、呻くように低い声を出して地面に倒れた東方。
刺された胸を抑えながら倒れるも、まだ少し意識が残っているみたいだ。


「……ぅ、あ…っ……せ…んごく……」
「何?東方」
「……っ、生…きろよ……?」


最後に目を細めて微笑み、東方は逝った。
……分かってるよ。
そのために、二人の命を犠牲にしてしまったからね。
俺にはそれをやり遂げる使命がある。


「……室町くん。君は、俺から離れてくれるよね?」
「………でも、」
「俺はもう、生きる為には何でもするよ?君を……傷つけてしまうかもしれない」


どうせここでは一人しか生き残ることはできない。
もう、目の前で仲間は失いたくないんだ。


「……っ分かり…ました」


俺の言いたいことが伝わったのか、室町くんは渋々頷いた。


「……じゃあ室町くん、最後に少しだけ手伝って」





そうして俺たちは、近くの大きい木の根元。
南と東方が寄り添うようにして……一緒に眠らせてあげた。


「……あっちから、見守っててね……?」


俺は、まだそっちには行かない……行けないから―――








死亡者:南健太郎
    東方雅美

残り43名。