あいつはどこだ?どこにいる?あいつは―――

例の放送が終わった後、俺は一人孤独の中、俺ではない別の人物の安否を案じた。
自分でも無意識にあいつの顔が脳裏を過ぎったんだ。
そうなると居てもたってもいられなくて、あいつを捜し求めて走り回った。
他の奴らに出くわす危険が高い。そうすれば俺自身無事でいられる保証はない。
そいつは狂っちまった奴で、もしかしたら襲ってくるかもしれないからな。
それでも、俺は捜し回った。
俺にとって何より今……あいつのことが心配だから。
深い森の木々を掻き分けて掻き分けて……俺はとある姿を捜す。
すると視界の隅に入った、白い帽子。

ようやく見つけた―――!


「はぁっ……はぁっ………越前、」
「………ああ、桃先輩」


見つけた―――
やっと。
それなのに。


「どうしたんスか?そんなに汗だくで」
「………越前……」
「……さっきから何スか?そんな、……………狂った奴を見るような目で」


生意気で、愛想がなくて、勝気で自信家で……でもどこか憎めない、部活の後輩。
そんな姿はもうなかった。
どうしても心配で捜し回った越前。そいつの服は、すでに赤く染まっていた。
それはが越前本人の血じゃないことはすぐに分かった。
ある一点から血が滲んでいるわけではなく……頬や服、靴といった様々な部分に血が飛び散るようにして付いていたからだ。
そんな血塗れな越前は、それを気にした様子もなく無表情で立っていた。


「……お前……」


俺は眉を寄せて目を見開いた。視線の先、越前の手には拳銃。
そいつの恐怖を、俺はまだ忘れてはいない。見ただけで寒気がする。
越前の足元には―――人=Bうつ伏せになって倒れている。
もう、生きてはいない。


「……ああ―――これ?」


くすりと笑いながら、足元にある人間に足を乗せ少し体重をかけた。
死体であるそれは、重々しくその身体を揺らした。
自分より小さく、まだ子供らしさの残る後輩。
その姿に飛び散る生々しい血と狂気的な笑み。
その光景は異様なほど不釣り合いだった。


「聞いてくださいよ、桃先輩」


複雑な感情で目を細める俺の事は気にせず、越前はその死体を更に強く踏みつけた。
越前の視線は、冷たくその死体に向けられていた。


「この人……、山吹の喜多さんだっけ。変な事言ってたんスよ」


その目は、もはや正気じゃなかった。
人を殺した―――狂気に満ちた目。
俺の知っている、越前の目じゃない。


「俺が、歩いてたら―――」





越前side



俺の姿を、恐怖か悲しみかといった表情で見つめてくる桃先輩に、俺は事の経緯を話すことにした。

開始の合図がされてから1時間経っても誰にも会うことがなかった。
だから仕方なく、うろうろと彷徨ってたんだ。
その間、とりあえず荷物を確認した。
重いバッグの中には、水やパンといった普段目にするものが揃っていた。
でも一つだけ、それらとは全く異なるもの……黒く光る金属があった。
何かと取り出してみれば拳銃。明らかに場違いというか……浮いている。


「……ふうん。充分じゃん」


でも、使えないものではない。むしろ、ここでは最も重要なもの。
これなら、襲われてもすぐに反撃できる。とりあえず、身は守れるかな。
少しだけ安心に思い、誰かと合流できないかとふらついていた。


「……お前、青学の?」


そして急に横から声がして、立ち止まって見てみれば、


「……あんた、」
「やっぱり、青学の1年だね」


山吹の喜多さんが立っていた。
安心したような声音に聞こえたけど、表情は全然そんな顔してなかった。
初めは確かに、自分以外の人物に会えて嬉しかったかもしれない。
でもすぐに……俺を探るような目で見てきた。


「……何?」
「いや、君は乗ったのかな…って」


苦笑を浮かべて呟く喜多さん。
乗る?ああ、このゲームにか。
不安そうな表情になる喜多さんに、俺は首を振りながら答えた。


「……まさか」


こんなゲームに、本気になるわけないじゃん。
人を殺すなんて……そんなこと、狂った人たちだけでやればいい。
勝手にしてればいい。俺は巻き込まれたくはない。
そうくだらないものだと、俺は思っていた。


「……そっか」
「あんたは?……乗ったの?」


とりあえず聞くと、喜多さんは困ったように首を振った。


「……分からない」


しばらく間をおいて呟いた返事は、正確な答えじゃなかった。
どうやらまだ迷ってるみたいだった。


「……なんで?」
「………人を殺したくないから……かな」


その答えも、まだ曖昧で。
本人も自信なさげな顔をしていた。


「……じゃあ、殺されるのを待つの?」
「さあ、ね。どうなるかな」


何を聞いてもはっきりしない。俺はだんだん苛ついてきた。
このゲームに乗るか反るか。
答えはそのどちらかじゃないの?


「……何が正しいのか、分からない」
「分からないって、人を殺すか殺さないか、どっちが正しいのかも?」
「そうだね。きっとここでは……どちらも正しいし、どちらも間違いなんじゃないかな」


どういうこと?俺には、難しすぎてよく分からないよ。
はっきり言えばいいじゃん。人殺しは間違ってる、罪だって。
喜多さんの顔はとても正常な判断ができていないようには見えない。
正気を保ってる。それなのに。どうして。そんなことを言うの?


「じゃあ俺があんたを殺しても、あんたはそれを咎めないの?」


そう言った時には、俺は拳銃を構えていた。
何も……脅しや正確な答えを求めているわけではない。
喜多さんの正直な気持ちを聞きたかった。
銃口を向けられても喜多さんは下を向いたまま。
やめてとも言わない、怯えた表情も浮かべない。

……俺が、あんたを殺すことを受け入れている。
余計に腹が立つ。なんで、何も言わないの?


「………うん」


パアァァン―――!

俺はすぐに引き金を引いた。
喜多さんが……無気力に笑ったから。


「これであんたの答え、見つかった……?」


最後の質問の答えは、聞けなかったけど。
俺はようやく分かったよ。あんたの答え。

あんたはつまり……弱かっただけなんだね。





桃城side



「……ね、変でしょ」


話し終えた後、越前は自嘲気味に笑った。
さっきまで、淡々と無感情な声で話しながらずっと死体を見ていたのに。
自分の思いを語りながら、ずっと。
どんな目をしているのかまでは分からなかったけど。


「……それで、こんなになっちゃった」


そしてついに、俺を見た。
少し両手を広げ、血のついたジャージを見せるようにして。
そして片手に持っている拳銃を握り締めた。
俺は足に根がはったように動くことが出来なかった。

何をされるか、分かっているのに―――


「もう、俺への答えは一つ……」


下に向いていた銃口が、俺に向く。


「俺が出せる答えは……」
「……っ、えちぜ…っ」


俺は恐怖で顔が強張った。
越前から目が離せない。俺を上目で見て、近寄る越前に。
すでに拳銃は俺に向けられ、撃つ体制が整っていた。
動かない……全身が痺れているようだ。
でも、もし動けたとしても……俺はこんな状態の越前を一人にしておけただろうか?
背を向けて仲間じゃないと見捨てて……逃げることができただろうか?
そんなことを考えながらも越前を見つめていると、


「……………桃先輩も、逃げないんだ」


ほんの一瞬、越前は目を伏せた気がした。


「……じゃあ、いいよ」


パアンッ――!

痛みは本当に一瞬だった。
何かが胸を突き抜けて、倒れるまで数秒。
その数秒、俺はどんな顔で越前を見ていたのだろうか。
大事な大事な、俺の後輩。

倒れる瞬間にふと見えた越前の口元は―――笑っているように弧を描いていた。








死亡者:喜多一馬
    桃城武

残り45名。