「……ふぅ、終わった」


部室内全体を丁度終えた時、日向は息をつきながら呟いた。


「ね、このくらいでどうかな?」


そして俺に向かって首を傾げる。


「…い、いいんじゃねえの?」


びっくりするほど綺麗になった。
正直言うと、金持ちが掃除なんてできるのかと思っちまったが……。
それは撤回だ。
日向は俺よりずっと掃除が上手だ。


「ふふ、良かった。宍戸くんの役に立てて」
「い、いや……役に立ったというか、ほとんど日向が……」


結局俺がやったのは机拭きだけ。
日向は掃除機をかけて、さらにロッカーや資料棚、トレーニングルームまで整頓してくれた。


「そう?」


事実だがはぐらかすような事を言って、他の女と違って全然媚も売らねぇし……。
こういう女って………て、俺は何を考えてんだ!!

バンッ!


「終わったか?宍戸、未胡」


言葉に詰まっていると跡部が入ってきた。
その後ろにはレギュラーも揃っている。


「おっ!思ったよりずっとキレーになってるし!」
「どうせ嬢ちゃんが全部やったんやろ?」
「な……、」


図星だから返せねぇ……。
いやそれより、当てた忍足のにやにや顔が許せねえ……!


「そんなことないよ、宍戸くんだって頑張ってたんだから」
「えー?宍戸はここまで器用なんかじゃねーぜ?」
「うっせぇよ岳人」


お前も忍足とおんなじ顔してるぜ。
…かなりむかつく。


「あ、もう着替えるんだよね?私、邪魔だから外行ってるね…」


気付いたように日向はととと、と部室から出ていく。
俺たちはその姿を見送った。


「……で、宍戸。嬢ちゃんと何話したん?」
「は?別に……何も話してねえよ」
「嘘つけ。二人っきりの男女の中に沈黙なんてあるわけ……「てめぇはちったぁ黙れ」


俺の耳元でぼそぼそ喋ってた忍足の頭を跡部がどつく。
ゴツッという鈍い音がしたが忍足だから問題なしだ。


「いった!ちょ、何すんねん!ゲンコツはないやろゲンコツはっ!」
「てめーが未胡を変な風に言うからだ。未胡が宍戸なんかに妙なこと言うわけねーだろ」
「おい…どういう意味だよ」


眉を寄せて言ったが跡部は軽く流した。
……どいつもこいつもむかつくぜ。


「早く着替えろ。外に未胡が待ってんだからな」
「…せやな。嬢ちゃんに一緒に帰ろーって誘ったろ」
「アーン?それは無駄なことだぜ」
「「「え?」」」


俺もつい声が出てしまった。


「未胡は俺様が送ることになってるからな」
「……なんでや。何で跡部…お前はいつもそうなんや……」


かなり脱力してる感じで忍足は言った。
…そっか、未胡は跡部と帰るのか…。
まぁ、幼馴染だから仕方ねえよな。

チク、


「ん?」
「「「は?」」」
「あ、いや……何でもねえ」


なんだ、今の刺激は。
チクチクってこの……胸の辺りが……。


「跡部ってほんま過保護さんやなー」
「黙れ眼鏡。本当は未胡の家から頼まれてんだよ」
「え?頼まれてるって?」
「未胡は小さい頃から可愛いからな。狙われたりするんだよ」


淡々と言う跡部。
……っつか、普通に言えるお前がすげーよ。


「だからってボディガードつけるのも未胡は嫌がるし、自分家の車で一人で帰るのも嫌だ、ってな…」
「へー。だから跡部が送るんやな?」
「ああ。俺と未胡ん家は結構近いからな」


腕を組んで告げる跡部。
へぇー…家も近いのか……。

チクリ。

っ…だから、さっきから何なんだこのチクチクは!!


「……宍戸、何やってんだ?」
「え?あ……別に」


無茶苦茶にネクタイを締めたら、案の定ぐちゃぐちゃで……。
俺はもう一度やり直した。
そんな間も跡部と忍足の会話は続いている。


「跡部……お前って……」
「何だよ」
「かなりの幼馴染コンなんやな……」
「るっせえ!」


ガツン!
今度は跡部の蹴りが忍足の足に直撃した。


「いったあ!だから痛い言うてるやろ!!」


脛に直撃したから少し涙目で言う忍足。
……忍足の言うこともちっとは理解できるが同情はしねえ。


「……なら俺はもう行くぜ」


鞄を持ってドアノブに手をかける。


「…最後に言っておくが、」
「ん?」
「これから、暇な時は未胡に声を掛けてやってくれ。未胡も早くこの学校に慣れて、友達も作ってやんねーとな」


俺達の顔を見て言わなかったが……。
その方が都合がいいだろ。
忍足と岳人はにやーっと笑みを浮かべて、


「任せとき。しつこいくらい話しかけたるわ」
「つーか、日向なら友達100人以上できるんじゃね?」


岳人…例えが古いな、おい。
俺は心の中で苦笑いをした。


「ほら、宍戸も何か言い」


いつものパターンで忍足が小声で言う。
はっとして、俺も少し言葉を考えた。


「あー……お、俺も…仲良くするぜ……」


こんな言葉しか浮かばなかった。
忍足はあちゃーって顔をしたが、


「……ふ、じゃあな」


跡部は珍しく笑って、部室から出て行った。


「……良かったな、宍戸」
「…だから何なんだよ忍足」
「昼休みんなったら昼食に誘いに行こーぜ!」
「お、それええな。屋上やったら誰も居らんし…」


俺らが使ってるからな。
屋上は昼になったらテニス部レギュラーで昼食を食べるのが最近多くなったからな。


「ほな、明日から猛アタックや!」
「おー!」
「ほら、宍戸も!」


……盛り上がんのはお前らだけで十分だ。
俺まで巻き込むな。


「早よ!」
「……おー」
「声が小さい!」
「うっせえよ!!」


しつけえ!
俺は付き合いきれなくなって一人で部室を飛び出した。


「ったく…マジ意味がわかんねー…」


俺は早歩きで進む。
忍足たちのあの勢いがわからなければ、自分の気持ちさえ分からない。
それが…腹立たしい。

ドンッ!


「って……」
「す、すみません!」


下を向いて歩いていると誰かにぶつかった。
俺は平気だったが、ぶつかった相手はよろけてドサッと尻もちをつく。
おいおい。
俺の方からぶつかったみたいだから仕方ねえか。
見た感じ俺より背がでかいが……敬語を使ってるから下級生か。


「ったく……ほら、」


仕方なくそいつに手を伸ばす。


「あ…す、すみません」


そいつは戸惑いながらも手を掴んで起き上がった。
立つとますます俺との身長差が目立つ。
…何か嫌だな。


「お前、ぶつかったくらいで尻もちなんかつくなよ」
「は……はい…」


ん?
よく見てみると……こいつ、氷帝テニス部のユニフォーム着てやがる。
こんなやつ居たんだな。


「テニス部なんだな、お前」
「は、はい……宍戸先輩…ですよね」
「お、知ってんのか」
「そ、そりゃあ……」
「なんだ、だったらちゃんと鍛えろよー?ぶつかって倒れるようじゃ激ダサだぜ?」
「す…すみません……」
「コートで見かけたらフォームくらい見てやっからよ」
「あ……ありがとうございます」
「おう。んじゃ、俺行くから」
「はい!」


そいつは小走りでコートの方に戻ってった。
でも、流石に200人もいちゃあコートで見つけるのは難しいかもしれねーけどな。
とりあえず顔くらいは覚えておいてやろうと思った。
そして、そのまま家に真っ直ぐ向かった。





ちくりと心に刺激がくる
(ほんっとに何だか判んねーけど……良い気持ちではねえな)