それからはしばらく、体と心を休めるようにして未胡とベンチに座っていた。 途中、話のネタが尽きて沈黙になることもあった。 だが……未胡と居ると全然苦にはならなかった。 ただ傍にいるだけで、すごく安心するし癒される。 本当にすげえと思う。未胡の存在感っつーか、独特な雰囲気っつーか……。 「ねえ、亮くん」 縁側で湯のみでも啜ってるような呆けた気分で遠くを見ていると、ふいに未胡の声が聞こえた。 はっと我に戻り、慌てて未胡を見る。 「わ、悪い。つまんねえよな、座ってるだけじゃ……やっぱ、未胡も跡部たちの練習を……」 「ううん、いいの。私はここでいいの」 自分だけが癒されて、未胡をないがしろにしてしまったんじゃないかと焦ったが、未胡は優しい微笑で首を振った。 そして俺をじっと見つめる。 「なん、だ……?」 水晶玉みたいな綺麗な瞳としばし目が合い、俺は心臓の動きが速くなったことに気付いた。 ……おかしい、な……さっきまで、すげえ落ち着いてたのに……。 未胡と目が合った途端、急にドキドキし始めた。 「明日、学校お休みだよね」 「あ、ああ」 未胡はそんな俺の内情を知らないまま、口を開く。 ただの日常会話だと気付いた俺は、目を逸らしながら頷いた。 「それで、その……亮くんさえよければ、なんだけど……」 未胡は少し言葉に詰まりながら言う。 なんだかいつもと調子が違うと感じ、俺は逸らした視線を未胡に戻した。 「明日、少しだけでいいの……二人だけで、街を歩きたいな」 「え……?」 それは夕陽のせいかもしれない。 だが、確かに、未胡の頬が赤く染まっているようにも思えた。 「っ……だ、だけど、明日も部活が……」 土曜で学校は休みだ。だが、部活はある。 しかも、関東大会も間近ということで、1日中だ。 それを未胡もわかっているはずだが……俺は不思議に思い首を傾げる。 「だから、少しだけ……。部活が終わってから、30分だけでもいいの」 言いにくいお願いを言うように、未胡は控えめに俺を見上げながら言った。 ………ほんと、なんだよそれ……反則だ。 そんな表情されて、拒否できるやつがいたら見てみたいぜ。 「も、もちろんいいぜ。用事もないしな……」 「本当っ?よかった……」 照れ隠しをするように、後頭部を掻きながら答える。 すると未胡の表情はぱあっと明るくなり、にこやかに笑った。 ……こんな笑顔が見られるって分かってたら、用事があってもイエスと答えちまいそうだな……。 「でも、急にどうしたんだ?」 「えっ!えっと……」 理由を聞くと、未胡は驚いたように目を見開く。 そして顎に手を添えて考える素振りを見せた。 ………ちょっと待て、今考えてるのか? 「……明日まで内緒」 まさかただの気まぐれだったんじゃないかと、何故かショックを受ける俺の心。 だが、未胡がそう困ったように笑うのを見て、そのショックも一気に吹き飛んだ。 なんて現金なんだよ俺の心。馬鹿か……っ! 「わ、わかった……」 でもこれは俺だけが悪いんじゃない。 幼い子供が見せるような、無邪気な笑顔で内緒≠ニ言う未胡のせいでもある。 「じゃあ、約束ね!」 納得したように頷くと、未胡は嬉しそうに笑って立ち上がる。 「だから明日も、部活頑張ろう!私も応援してるから」 そして俺の方を振り返り、見つめながら言う。 太陽の光を背に隠し、まるで未胡自身が光っているような錯覚を起こさせた。 「っ……」 俺は思わず目を細める。 その異変に気付いたからか、未胡がはっと場所を90度ほど変える。 「ごめんなさい…!眩しかったよね……」 無意識のうちにやってしまったであろう未胡は、眉を下げながら謝る。 「………ああ。でも、平気だ」 「本当にごめんなさい……」 「謝るなって」 本当は、逆光のせいだけではない。 未胡の表情が、俺には眩しすぎたんだ。 時々思う。 未胡はこの通り言動も上品で、生まれなんて俺とは全く違うお嬢様だし。 一番最初に跡部を見た時と同じだ。……あいつの場合は、眩しいというよりはただの悪目立ちだったけど。 とにかく、近寄りがたい存在だという認識は同じだ。 それなのにどうして、未胡はこんなにも優しいのだろうと疑問に思う。 皆に対してもそうだが、俺に対しても。 こうも心配し、応援し、優しくし、微笑みかけてくれるのか。 嬉しいと感じながらも……その理由が分からずに、少しだけもどかしくも感じた。 友達だから、と。 そういう理由で片付けてしまえば楽だったのに。 どこか、それを嫌がる自分がいることも。 この時は気付くことができなかった。 「もう、部活が終わる頃だな」 「うん……」 跡部が部員を集合させているのを見て、俺も立ち上がり言った。 未胡も隣で頷く。 「結局、最後までここにいちゃったね」 「ああ。まあ部長直々の許しだし、いいんじゃねえの?」 そして一歩踏み出し、俺は未胡を振り返って笑う。 一瞬、未胡はぼうっと俺を見つめていた。 「俺、クールダウンには参加してくるな。またあとで、未胡」 「う…うん……いってらっしゃい……」 笑い、手を振ると未胡もつられるように手を振った。 その少しぎこちないとも思える言葉を聞きながら、俺はクールダウンに間に合うよう急いだ。 未胡はその後ろ姿を、切なそうにじっと見つめた。 「………力強い、亮くんの笑顔」 その姿が無事部員達と合流できたところで、未胡は静かに呟いた。 先程の宍戸の笑顔を思い出しながら。 宍戸はテニスが関わると、自分でも驚くほど見惚れてしまう表情を見せる。 「たまに……たまにね、亮くん……」 自分にはないその表情を見て、未胡はきゅっと手を握る。 「亮くんが……遠い人に思えてしまうの……」 物事に一生懸命になれる姿を見て。 何かを得て、嬉しそうに笑う姿を見て。 現状では満足しない、常に前を向く姿を見て。 「私は……………」 一度諦めてしまった未胡にとって、その宍戸の姿はすごくすごく眩しいものだった。 眩しい君、遠い貴方 (それでも、目を逸らしたくはない)(それでも、もっと近づきたい) |