試合はそれから、互いに一歩も譲らないシーソーゲームを続けた。
1ゲーム目は長太郎のサーブでとれたが、続く2ゲーム目は俺も長太郎もまだまだダブルスの試合は不慣れな為、相手二人の息の合ったコンビネーションに撹乱させられて取られてしまった。
3ゲーム目は俺のサーブ。もちろん、長太郎のような威力はなく平凡なサーブのためすんなりと相手の岳人に打ち返される。
だが、少しずつ見えてきた相手の隙を付き、デュースの末俺たちがゲームキープする。
4ゲーム目、相手のサービスゲーム。このままじゃいけないと思ったのか、忍足のテクニックと岳人の奇抜な動きの合わせ技を何度か決められ、4ゲーム目は取られてしまった。
そうして互いにサービスゲームをキープし合い、ゲームカウント4−4と互角だった。
続く9ゲーム目は、長太郎のサーブ。
前回のゲームではまだまだコントロールが悪く、ダブルフォルトを取ってしまっていた。
だが、今回の試合ではフォルトはたまにあるものの、ダブルフォルトにはなっていない。


「一……球……入……魂!!」


集中力も高いのか、放ったサーブは見事オンラインという際どいコースをつき、9ゲーム目ながらサービスエースを決めた。


「うっし!!今日は大分調子いいじゃねえか、長太郎!」
「………はい!」


伝う汗を袖口で拭い、真剣な目で返事をする。
ここまできたらサービスゲームは絶対に落としたくない。
サーブを受ける忍足も速さに目が慣れてきたのか、返してくることが多くなっている。
完全に攻略される前に、このゲームも……。


「フォルト!」


大体のビジョンが見えてきたという頃、審判がそう言ったのが聞こえた。
俺はふと相手コートを見る。
そこには忍足の後ろで長太郎が放ったボールが転がっているのが見えた。
どうやらネットではなく、相手のサービスコート内に入らずアウトコースでボールが跳ねてしまったらしい。


「ドンマイだ長太郎!気にすんな!」


にっと笑いながら長太郎を振り返りそう声をかける。
だが長太郎は慌てず焦らず、ただ真剣に、コースを見極めるように相手コートを見ていた。
その真っ直ぐな視線に俺も刺激され、ぐっと口元を引き締めて前を向いた。
そしてもう1球。バコンとボールがラケットの、スイートスポットに当たった良い音が聞こえた。
だが、


「ダブルフォルト!15−15!」


審判から聞こえたのは、あまり良い言葉ではなかった。
さっきのサーブと同じく、ボールはアウトコースを跳ね、忍足は一歩も動くことなくボールを見送っていた。


「へへっ、鳳の奴も体力の限界なんじゃねえの?」
「ちっ、てめえじゃねえよ」
「なっ!俺だってまだまだ跳べるぜ!」


今は長太郎のサーブを待っている間休んでいたからそうでもないが、試合中息も荒く汗が滴り落ちている岳人。
そんな岳人に言われるほど、長太郎の体力がないわけではない。
振り返ると、長太郎はすみませんと謝り、自分の掌を見て首を捻っていた。
―――この時、宍戸も鳳も気付いてはいなかった。忍足がサーブリターンの位置を微妙に変えたことと、それに対応すべく無意識のうちサーブを打つコースを決めかねている鳳の弱点に。向日は体力の限界だと思っている。忍足だけ、何となくその鳳の弱点に気付き始めていた。


「どうした長太郎。手元が狂ったのか?」
「分かりません……ただ、際どいコースを狙おうとすると、上手くいかなくて……」
「そりゃお前がノーコンだからだろ」
「し、宍戸さん……」


きっぱり言ってやると、長太郎は苦笑しつつも、やはり言い返せないようで頭を掻いた。


「ま、今のは忘れるんだな。んで、俺との特訓を思い出せ」
「え……」
「あん時、お前が狙ってたのは入るか入らねえかの際どいコースじゃねえだろ?」


俺のカウンター能力を上昇させるため、ボールが返ってきそうな位置を常に狙って長太郎はボールを打ってくれた。
中にはノーコンが災いして際どいボールもあったが、ほとんどはしっかりとコート内に収まってた。


「お前のそれは、2週間かけて俺が追いかけてようやく追いついたスピードだ。もっと自信を持て」
「宍戸さん……」
「お前がサーブを入れる、次に俺が返す。……それが俺たちのダブルスだろ?だったらサーブ1本で決めるんじゃなくて、入れて俺に繋ぐことも考えろよ」


そう言って、ばしっと長太郎の背中を叩くと、気合いが入ったのか「はい!」と良い返事が返ってきた。
心なしか、表情も自信を取り戻したように思える。
その表情を見て俺も安心し、自分の位置に戻った。


「ははっ、後輩のお守は大変そうだな、宍戸」
「んだよ。随分と余裕じゃねえか」
「まーな。鳳のサーブは確かに怖えけど、侑士はもうあのサーブを返せるからな」


にいっと岳人が笑う。
その一拍後に、長太郎がサーブを放ち、今度はしっかりとサービスコートに入れる。
そのスピードは、確かにゲーム後半ということもあって少し疲労を窺えるようなものかもしれない。
それでも大分速い。まず、常人には返せない。
だが、岳人の言う通り、


「んあっ!」


忍足は全意識をボールに集中させ、サ―ブを返した。
初めて忍足が長太郎のサーブを返した時は、返すというよりも当てるという表現の方が正しいんじゃないかってくらい、ラッキーなボールを俺たちに寄こした。
だが、今の返球は違う。
しっかりと狙いを定め、しかも深いコースに返してきた。
怯むことなく、後衛の長太郎がその打球も打ち返す。


「甘い甘い!」


その打球は上手く前衛の岳人の逆側をついたが、動きの素早い岳人は得意のアクロバティックを披露しながらそのボールに追いつき、打ち返す。
その球は角度をつけて俺のいる位置の更に遠くへと跳ねて行った。


「15−30!」


ポイントが相手につく。
俺はふうと息を吐いて、一旦帽子を取り髪を掻き上げて再び被った。


「へっ!リターンできればこっちのもんだぜ!怖いものなしってか!」
「……はあ。俺の苦労も知らんと」


こっちのサービスゲームでポイントを取れたことが嬉しいのか、ぴょんぴょん跳ねながらVサインを向ける。
後衛で忍足が呆れたように呟くが、岳人はお構いなしだ。


「宍戸さん……」


長太郎が少し心配そうに俺に駆け寄る。
だが、俺はそんな心配必要ないと言うように、長太郎に笑顔を向ける。


「確かに、岳人のアクロバティックな動きは読めねえ。ボールがどこに行くかも予想は難しい」


ふと、長太郎の遥か後ろのベンチで未胡が座ってこっちを見ているのが見えた。
その表情は若干沈んでいる。明らかに、このゲームの行く末を心配しているようだった。
隣には跡部もいたが、偉そうにふんぞり返って「状況は不利だぜ?」と挑発してくるような目をしていたから無視を決め込んだ。
だが、ったく……相変わらず、未胡は心配性だぜ。
俺はそんな未胡に向けて、自信ありげに拳を突き上げた。
それに気付いた未胡は目を見開いて、俺を見る。
しばらく無言で未胡に大丈夫だと告げ、長太郎に視線を戻す。


「でも、追いつけない球じゃねえ」
「………!」
「あいつらはきっと、まだ俺のことただ動きが素早くなっただけだと思ってやがる」


岳人の余裕さは、きっとそのせいだ。
ただ動きが速いだけなら、そこまで注目することじゃねえ。
岳人だって身軽でアクロバティックな動きを持ってる。


「だが、それが間違いだってこと、経験させてやるぜ。俺はただボールに追いつけるだけの速さを身に付けたわけじゃねえ。追いつくことを前提とした、完璧なライジングを見せてやる」


自然と口角が上がる。
あれだけ馬鹿にしていたダブルスの試合で、シングルス以上に興奮してる。
俺自身が生まれ変わったということもあるが……純粋に試合が楽しい。
相手を頼らないと勝てないのがダブルスじゃねえ。
頼れるパートナーと力を合わせて勝つのが、ダブルスなんだ。


「よっしゃ来いやあああ!!」


気合いを高めるために叫ぶと同時に、長太郎のスカッドが決まる。
忍足はそれをもうほぼ打ち返せるようになったらしく、当然のようにラケットに当てる。
そして向かったのは、俺の正面。
重いサーブを喰らった後は、誰だって体制の立て直しが遅れる。
本来なら忍足と岳人の間を狙うのが定石。
だが、俺はにいっと意地の悪い笑みを岳人へ向ける。


「おらよ!」


挑戦状を叩きつけるように、俺はボールを前衛の岳人のいる反対側にボレーとして返す。
身軽な岳人にとっては、どこにいようと前衛ボールは余裕で取れる守備範囲だ。
俺の挑発は正確に伝わったのか、岳人も同じように笑みを返す。


「前衛エキスパートの俺に、んなボールが通用すると思ってんのかぁ!?」


ひょいっと身を乗り出したと思うと、器用に片手で前転しながら移動し、ボールをラケットに収める。
さらに狙いを定める余裕まであるようで、ボールは上手い具合に俺の逆の位置へ向かった。
俺はそのボールが岳人のラケットを離れると同時に走り出す。
咄嗟の判断力、瞬発力、それらを駆使した動きはまさに瞬間移動のようだろう。
ボールがネットを超える頃には、俺はラケットを構え打ち返す準備ができていた。


「なっ……!」


アクロバットの後、そして返球不可能な位置に返したと油断しきっていた岳人は目を見開いてそんな声を漏らす。
そして慌ててコートのセンターへ戻ろうとするが、遅い。


「うらあ!」


もう一度、俺は岳人の逆の位置をつく。
忍足がサポートに入ろうとするよりも速く、そのボールは角度をつけてコートの外へと逃げて行った。


「30−30!」


そして得点を取ると、ようやく岳人の表情が変わった。


「はぁ、はぁ……」


息を切らし、汗を拭いながら真剣な面持ちで俺を見る。


「宍戸、お前……」
「はっ……俺を甘く見てたんなら、それはお前の油断だぜ、岳人」
「っ……!」


ようやく、脅威が長太郎のサーブだけではないということに気付いた忍足と岳人。
だが、気付いた所でもう遅えよな。
今まで油断していた分を取り戻せるわけねえ。
長太郎のサーブ、俺のリターン……。
最後まで全力を出し切った俺たちの戦い方で、忍足岳人のペアとの試合は6−4という結果で俺たちの勝利となった。
意外な結果になったためか、ギャラリーは大歓声で試合を見届けた。
俺は試合終了の合図が出されるとすぐに未胡へ顔を向けた。
試合の最中、日陰になっているベンチに座っていた未胡は立ち上がり、その表情は満面の笑顔で彩られていた。
そして俺と目が合うと、未胡は高らかと拳を突き上げる。
俺が試合中に送ったポーズと同じポーズを返してくれたことに気付き、俺は思わず笑っちまった。
同じようにもう一度、拳を作り上へ伸ばすと、未胡はまた嬉しそうに笑った。

二度と、約束を破りたくはなかった。
ようやく……ようやく、彼女に勝利を捧げることができた。
俺は未胡に嬉しそうな表情を見ただけで胸がいっぱいになり、テニスを一からやり直すと決めて、ダブルスを組もうとして、特訓をして、試合をして。
本当に良かったと……心から、そう思った。





約束の勝利を、君に
(遅くなってごめん。何度も心配かけてごめん。それなのに、俺はその笑顔だけで報われた気になってしまう)