「跡部もおらへんことやし、後で試合でもしーひん?」


準備運動を終わらせると、忍足が面白そうに提案してきた。
隣には岳人も居て、どうやら岳人も乗り気らしい。


「試合ー?お前らと?」
「前にもしましたよね……」


俺と長太郎は未胡からタオルを受け取って、二人を見る。
長太郎の言う通り、忍足と岳人とのコンビとは前にも試合をやった。
……俺と長太郎はコンビ組みたてだったから、結果は散々だったけどな。
大体、ダブルス初心者相手にこいつらは容赦ねーんだよ。


「でも試合なんて……景吾がいなくても、先生が許さないんじゃ……?」
「そうだな。今日の練習メニューはもう決まってるし」


監督に直談判でもして許可もらわねえと、練習試合なんてできない。
勝手に試合をすれば、怒られるどころじゃ済まされない。


「それがな、許可もらってきたんだよ!」
「「えっ」」


俺と長太郎が驚いて声を被らせる。
まさか既に許可をもらっているなんて、予想もしてなかった。


「でも、いくらなんでも急では……」
「ちっちっち、試合に急も何もねえんだぜ?」
「せや。関東大会も間近に迫ってきよるしな」


関東大会……。
一度は俺の失態のせいで遠のいた舞台。
氷帝が都大会どまりにはならねえとは思ってた。
思ってたが……どうしても、俺の責任だってのが重くまだ俺の心にある。


「亮くん……」


俺の表情が曇ったのを察したのか、未胡が心配そうに顔を覗き込んで来た。
大丈夫だと思わせるため、俺はすぐに口元を引き締めた。


「関東大会、初戦はあの青学だったよな」
「ああ。ビビッとるん?」
「んなわけあるか。丁度良い。あいつら負かす前に、お前らを負かしてやるよ」
「宍戸さん……」
「よく言うぜ。ダブルス初心者のヒヨッコ共が」


忍足と岳人は、俺を挑発する言葉を知り尽くしている。
そして、こういう挑戦に俺が乗らないわけがないということも。


「吠えてろよ。行くぜ、長太郎!この間のお礼参りといこうぜ!」
「あ、ちょい待ち、宍戸」
「は?なんだよ、今更やめたとか……」
「試合はちゃんと練習メニューこなしてからやで〜」
「!?」
「今から気張りすぎて試合中へたんなよ〜」


してやったり、とでも言わんばかりに手を振って練習コートに向かう二人。
俺はその後ろ姿を眉をピクピクさせながら見送った。


「ふふっ……本当、仲が良いんだね」
「未胡……これは仲が良いとは言えねえぜ……」


未だ、空回りさせられたことへの怒りに拳をふるふるとさせ、呟く。
あいつら……なんか俺に恨みでもあるのか?


「でも、いきなり練習試合なんて……」
「あ?なんだよ、ビビッてんのか?」
「……というよりは、不安なんです。まだちゃんとダブルスの試合をしたことはありませんし……」


あー……確かに。
あれからずっと長太郎と特訓をしていたからか、肝心なダブルスの試合をしていないことをすっかり忘れてた。


「えっと、大丈夫……なの?」


それを聞いて未胡も不安に思い始めたのか、眉を下げて心配の言葉をかけてくれた。
だが、不思議と俺の心にはそんな不安なんて影もなかった。
あの時みたいに無様に負けるようなビジョンが、全く見えない。


「大丈夫だ。試合はしてねえだけで、ダブルスの練習もちゃんとしてきたしよ」
「でも……」
「長太郎、お前もあの特訓でサーブとか力の入れ加減、しっかり身体に叩きこんだろ?」
「は、はい」


特訓のことを思い出したのか、長太郎の表情がちっとは頼もしいものへと変わった。
それは未胡も同じなのか、なんだか嬉しそうな誇らしそうな顔をした。


「……そうだよね、二人とも、あれだけ頑張ったんだもん」
「ああ。俺たちはもう負けない。未胡にも、改めて約束な」


もう負けない。あんな姿、もう二度と見せない。
安心して試合を見守って欲しい。


「あ、でもっ、無理は……しないでね……?」
「おう。任しとけ」


にっと笑顔を見せると、未胡もつられるように笑った。


「っつーことで、試合前から心配してる未胡の為にも、頑張っぞ」
「はい!未胡先輩、いっぱい宍戸さんを応援してあげてくださいね」
「うん……って、ちゃんと長太郎くんのことも応援するからねっ」
「そうだぜ長太郎、俺たちはダブルスだろうが」
「……あはは、そうですね」


なんだか長太郎が楽しそうに笑ってやがる。
何か思い出して楽しんでんだろうか。
まあいいや。初めの頃と違って、俺たちも大分ダブルスのコンビらしくなってきたしな。
未胡の応援もあるとなれば、負ける気がしない。


「そうと決まればさっさと練習だな。うるせー跡部が帰ってくる前に終わらせようぜ」
「はい、宍戸さん」
「二人とも頑張ってね。練習で体力全部使わないようにね?」
「分かってるって。練習後のドリンク、とびきり冷やしといてくれよな」
「ふふ、分かった!」





そしてやってきた、練習試合。
準レギュ共、そして監督が見ている……結構な大舞台。
その中心のテニスコート、その更に中心で……俺たちは試合前の握手をした。


「あーあ、一体これで俺たちは何回お前らに胸を貸すんだろうな」
「けっ、頼んでねえよ」
「ま、ようやくダブルスらしくはなってきたんや。楽しもうや」
「はい、よろしくお願いします」


それを終えると、俺たちはお互いに位置に着く。
最初は俺たちからのサーブだ。前回は1ゲームだけだったが、今回は違う。
となると、練習試合前にも長太郎によく言ったが、サービスゲームは落とせない。
……まあ、易々と落としちまったら長太郎の士気に関わるしな。
何せよ、あのサーブをこいつらに攻略されちまうようじゃ、青学との試合の結果は見えてる。
そう言うと、長太郎は緊張していたようだが。
お前なら大丈夫だ。もう、最初の時のような疑いはない。


「一……球……入……魂!!」


お前も、俺との特訓で十分成長してきたんだからよ。


「15−0!」


長太郎の長身から放たれるスカッドサーブ……それは鋭く忍足たちのコートに突き刺さった。


「へー。相変わらず、鳳のそのサーブは怖えな」


前衛に居た岳人が、後ろを振り向いて余裕そうに言う。
さて、いつまでその余裕が続くかな。
続いて放たれた、長太郎の2球目のサーブ。
それも1球目と同じ威力、スピードで相手コートに突き刺さった。


「ナイスだ長太郎!」
「はい!」


フォルトの確率も下がってる。
なかなか良い走りだした。


「っ……おい侑士!見送りはそこまでにしとけよ!」
「……いや、岳人。見送りなんかやあらへんで」


喜ぶ俺たちを見て、少しばかり苛立った様子の岳人が忍足に向けて言う。
だが忍足は楽しそうに口角を上げ、呟いた。


「鳳のサーブの威力、前よりも確実に上がっとるわ」
「なっ……」


前回はすぐに見破られて大変な目に遭ったからな。
絶対に見破れない!とは流石に言いきれねえが。
こちらのサービスキープのための、時間稼ぎにはなりそうだ。
そして最初のゲームは長太郎のサーブのおかげでとることができた。
問題は次だな。サーブを打つのは忍足。受けるのは長太郎。
忍足の球だからスピードや威力はねえが……あいつはテクニックだけは切れるからな。

パァン!

放たれたサーブは長太郎の正面へと向かっていく。
テニスプレイヤーなら誰もが嫌がる正面。それは長太郎も例外ではない。
苦しい表情をしながらも、何とかガットにボールを当てて相手コートへと返した。


「……そうだ、返せばいい」


俺は相手コートに向かうボールを見ながら呟く。
返りさえすればいい。あとは、


「俺が攻める番だ!」


長太郎は見事にサービスゲームをキープしてくれた。
このゲームも物にしたいというのは少々欲張り過ぎかもしれねえが。
やるからには、やってやる。


「うらああああっ!」


忍足が余裕を持って返してきたボールを、俺は前に滑り込むようにしながら返す。
放ったボールは上手いこと忍足と岳人の間をすり抜け、得点は俺たちのものとなった。


「……へえ、やるやん」
「宍戸の奴……一瞬にして目の前に現れやがった……」


前回無様に負けたからって、油断してんなよ。
そういう代わりに、俺はざまあみろと二人に笑って見せた。
すると良い具合に挑発の材料になったのか、二人とも戦意のある表情を返してきた。


「調子いいですね、宍戸さん!」
「ああ。今んとこはな。だがあいつらも百戦錬磨だ。絶対に油断すんじゃねーぞ」
「はい!」





「……はっ、どうやら醜態は晒してないようだな」
「あ、景吾。戻ってきたんだ」
「こいつらが試合やるって部員どもが騒いでたからな」
「……こういう試合もあるんだね」
「?」
「お互いが、お互いの強さを認める試合。コートに居る4人……すごく、楽しそう」


未胡がコートを見つめる視線が穏やかで優しいものであることに気付いた跡部。
その視線の意図を少しばかり知っている跡部は、同じくどこか優しい気持ちになった。
ぽん、と未胡の肩に手を乗せる。


「見守るのもいいが、一歩乗り出して自分の存在を見せつけてやれ。あいつは、それだけで頑張れる男になった」
「……もう、景吾ってば。分かったような口して」
「少なくとも、お前よりあいつとの付き合いは長いからな」


はっと少しばかり鼻で笑う跡部。
そんな跡部をジト目で見つめたものの、一理あると思い未胡は一歩踏み出す勇気を振り絞った。


「亮くん、頑張って!」


両手を口に当てて、叫んだ応援の言葉。


「長太郎くんも、侑士くんも、岳人くんも頑張って!」


その言葉はコートにいる4人に届いたのか、全員が未胡を見て微笑んだ。
すぐに試合へと集中を戻したため、その微笑は一瞬しか見ることができなかったが。
それでも、すごく嬉しくなった。
自分も同じく……あのコートで戦えているような気がして、何とも言えない気持ちが、未胡の心を満たした。





俺たちはもう負けない
(あの日と同じ結果なんか、もう繰り返さない。負けた姿を、見せたくない奴が傍にいるから)