「おい、長太郎どこだ」 ガラッとドアを開けて一言。 長太郎だけを探しているのに、何故かクラス全員がこっちを見た。 俺の隣では未胡がきょろきょろと長太郎を探してる。つられて髪がさらさらとなびいていて綺麗だ。 ただ隣に居るだけなのに……何でか、こんなにもドキドキ緊張しちまう。 「……宍戸、そんな怖い顔で言うたら別のもんや思われるやろ」 「そうだぜ宍戸、怖すぎ。俺らまで怖がれんじゃん」 妙に教室の中が静かになったと思えば、後ろに居た忍足と岳人がそう小声で言った。 「きっと、後輩のところを訪ねるなんて初めてだから緊張したんだね」 「あー、宍戸は緊張すると怖い顔になるからなぁ……」 隣でフォローしながら未胡が笑った。 緊張……するとつまり、俺が怖い顔になったのは長太郎のせいじゃなくて未胡のせいか……。 って、怖い顔っつーのを認めるわけじゃねえけど。 「こんだけドキドキさせられたらな……」 「……な、なんや宍戸?自分あのデッカイのに何か……」 一人呟くと、忍足があわわといった様子で口に手を当てた。 なんか妙な勘違いをしてるみたいだな。面倒だが訂正しようか迷っていた時、 「先輩たち!わざわざ来てくれたんですね」 長太郎が教室ではなく廊下から声をかけてきた。 「こんにちは。一人じゃ部室に行きにくいかなって思ったんだけど……」 「そうだったんですか!わ、ごめんなさい。俺今まで先生の手伝いしてて」 「謝らんでもええで。俺らも今来たとこやしな」 慌てて頭を下げる長太郎に、忍足がそう言葉を付け足す。 「ま、とりあえず用意してこいよ」 そろそろ2年たちの視線が痛くなってきたため、長太郎にそう言う。 すると長太郎は気の良い返事をして、教室に入って行った。 そして戻ってきた長太郎を連れて、部室へと向かう。 「ふふっ、こんなに大人数で歩くと楽しいね」 「そうか?俺は正直、長太郎はもうちょっと離れて歩いて欲しいぜ」 「えっ!?なんでですか宍戸さん!」 言うと、少しショックを受けたみたいで思わず離れて行く長太郎。 ……疑問に思いながらもちゃんと離れるんだな。 「お前が嫌なんじゃなくって、お前と並んで身長差が目立つのが嫌なんだよ」 「あーそれすっげえ分かる!侑士の隣歩くのも嫌だってのに……」 「ちょ、岳人それ初耳やで」 「後輩でそんだけデカいとな……先輩風吹かせられねーじゃん」 吹かすつもりだったのかよ……。 岳人の発言は冗談として。自分が嫌われているわけではないと分かった長太郎は少しだけ安心したみたいで離れて歩くのをやめた。 「あ、だったら、俺がいつも食べてるメニュー教えましょうか?」 「やめろ!そういう優しさが逆に傷つく!」 うぐぐ、と何かに苦しんでいる岳人。 ほんっとに身長の話になるとこうだよな……。 「心配することはないと思うよ?岳人くんはこれから成長期に入るんだよ」 「うっ……そうか……?」 「うん。高校生になったらきっと、長太郎くんも抜いちゃうよ」 笑顔でフォローを入れる未胡。相変わらず優しいな。 言われた岳人も満更じゃないようで、少し照れてる。 「……成長期か。俺ももっと伸びるかな」 「ん?亮くんもまだ伸ばしたいの?」 「ああ……そう、だな」 やっぱテニスするにはもうちょい欲しいし……。 その方が何かと便利だろうしな。 「……亮くんは、そのままでもいいのに」 「え?今何か言ったか?」 未胡が何かぼそっと呟いたような気がして、聞き返す。 「あ、ううん、何でもないよ!」 だが未胡はそう言って誤魔化し、教えてはくれなかった。 ……ま、追及するようなことでもないし、いいか。 「身長を気にするんだったら、ほら!」 隣に歩いていた未胡が、距離が0になるんじゃないかってくらい近くまで来た。 そして俺の腕を組んで、 「私がこうして隣に居るから。そうしたら、亮くんも低く見られないよ……?」 そう呟いた。 何も俺は自分の身長が低いんじゃないかって気にしてるわけじゃねえんだけど……。 それでも、やばい。この距離感。っつーか、触れてる触れてる! 「えっ…と、未胡?わ、わかったからその……近すぎ、じゃねえか……?」 心臓とか色々とやばい。 そう思って、自分でも何を話しているのか分からなくなるくらい頭真っ白のまま、とにかく言った。 「あっ……ご、ごめんなさい!」 なんとか未胡に伝わる程度の言語を話せていたのか、未胡は言いながら俺から離れた。 何も謝らなくてもよかったんだが……まあ、未胡は育ちが良いみたいだからな。 勝手に触った事が失礼だとか思ったんだろう。 「……ええな、宍戸は」 「完全に今俺ら空気だよな」 「……です、ね」 後ろで3人がどんな会話をしているのか、分からない。 それほど俺は……ついでに言うと未胡も、同じくらいパニックになっているように見えた。 「で、ここがお前のロッカーな」 「はい!」 部室に着き、長太郎にロッカーの場所を教える。 ……準レギュたちの部室と全く違うことに目を白黒させていたけどな。 俺との特訓を始めた頃からこいつは正レギュ扱いだったのに、心の準備がまだだの行きにくいだの言って先延ばしにしてたからな。 俺は俺で、どっちの部室も使いにくくて別の場所を使ってたけどな。 「そうだ、あんま汚すなよ。汚くすると跡部がヒステリー起こすから」 「は、はい!」 「鳳にその忠告必要あらへんやろ」 「そうだなー、宍戸と違って綺麗好きオーラがするもんなー」 ……このことについては俺は何も言えねえな。 あの忠告も俺の体験談からのもんだし……。 「ふふっ……」 「う……でも今は結構片付いてるんだぜ?」 「あ、違うの。そのことで笑ったんじゃなくて……」 タイミングがタイミングだから、俺のことで笑われたかと思ったぜ……。 違うと首を振った未胡は、表情を柔らかくしてもう一度笑った。 「なんだかね……このメンバーで正レギュラーの部室に居るのが、嬉しくて」 「未胡……」 「亮くんと長太郎くんはあれだけ頑張ってきたし、侑士くんと岳人くんはその頑張ってきた二人を応援していたし……」 ……未胡は仮マネージャー、友達として。 きっと複雑な気持ちだっただろうな。 俺はレギュラー落ちだが、忍足や岳人は正レギュラーのまま。 それでも、その両方をサポートしてくれた。仮マネージャーとしても、友達としても。 「皆の想いが実ったみたいで……すごく、幸せそう」 「それは未胡もだな」 「えっ……?」 「頑張ってくれたのは未胡も同じだろ?俺たちだけが幸せなんじゃなくて、未胡もその幸せの一因なんだからな」 俺は正直、心配掛けてばっかで未胡を幸せにさせるようなことは何もできてないと思うけど。 それでも……こうして笑ってくれるのなら、俺も嬉しい。 「俺もその通りだと思います宍戸さん!」 「宍戸、珍しくええこと言うやん」 「未胡の前だからって、かっこつけすぎだぜ〜?」 「なっ……!」 そ、そんなにかっこつけたような内容だったか……? 本音をそのまま言っただけだから分かんなかったぜ……。 「私も……皆の、仲間になれたってこと……かな……」 ふっと未胡を見ると、感極まったような表情で呟いていた。 俺はその様子を見て、はあと息をつく。 「何言ってんだよ。もうとっくに仲間だろうが」 言いながら、笑ってみる。 すると未胡も嬉しそうな顔で……綺麗に笑った。 不思議だな。 未胡の笑顔を見ると、すげえ優しい気持ちになる。 前までこんなことなかったのに……。 未胡が来てから、俺には分かんねえことばっかりだけど。 これだけは、分かる。 俺がこんな気持ちになれるのは……未胡のおかげなんだって。 皆が皆、幸せの一因 (俺にとってだけ、未胡の存在が大きいということも分かる) |