何とでも言え。 負け犬の遠吠えだとか。 規則破りだとか。 そんなもの俺は気にしない。 何をしてでも……上へ戻ってやる。 未胡side 「おいっ!向こうのコートで宍戸と滝が試合してるってよ!」 「まじ?あいつ懲りてねーのかよ」 私はその話を、同じテニス部員のこの会話から知った。 それは……亮くんの特訓を知った日から2週間が経った時のことだった。 滝くんと言ったら、亮くんが抜けて新たに入ったレギュラーの人……。 そこまで来て、私は気付いた。 亮くんは、滝くんとの試合に勝って……正レギュラーを取り戻そうとしてるんだ。 「亮くんっ……」 私も急いでコートに向かう。 人だかりができていたから、どのコートかはすぐに分かった。 何とか人込みの間を割り、コートを見つめる。 亮くんは…特訓のせいでボロボロになったその体で、滝くんと試合をしていた。 「おい、宍戸のやつなんであんなに怪我してんだ?」 「さぁ?あいつのことだし、がむしゃらに練習とかしてたんじゃねえ?」 周りの野次も気にせず、亮くんは前だけを見て試合に臨んでいた。 その緊張感は私にも充分なくらいに伝わってきた。 でも……亮くん、あなたは分かっているはず。 敗者は二度と使わない……榊先生の方針。 いくら滝くんに勝ったとしても、亮くんが正レギュラーになれるかは……。 パァンっ! 最後の一球が決まる。 そしてその瞬間……その場に居た人のほとんどが生唾を呑んだ。 「ウソだろ…正レギュラーの滝さんが……」 誰かが呟いた。 私はボードを見る。 「1-6で敗れるなんて…」 そして、私のすぐ横に居た2年生らしい子が、 「凄ぇぞ宍戸先輩!」 「でも何であんなに傷だらけなんだ?」 その疑問を口にする。 だけど、亮くんは何も言わなかった。 勝った事に喜びも表わさず、荒れた呼吸を整えていた。 ……コートの傍に、景吾もいる。 「何の騒ぎだ!」 この事に気付いた榊先生が、コートに入ってきた。 亮くんは、ばっと榊先生の方を向く。 亮くんの目の前には滝くんが地面に伏せている姿。 その様子を見て、状況を理解したらしく、 「滝はレギュラーから外せ!」 全員が驚きの表情を見せる。 そして、続けてこう言った。 「代わりに準レギュラーの日吉が入る!――――以上だ。それでは練習を再開しろ!」 ………やっぱり。 亮くん、あなたは頑張ったよ……。 「監督っ、どうして日吉を……。なぜ俺じゃない!奴を倒したのは俺だ!」 私だって悔しいけど、あの榊先生が考えを変えるなんて……。 「見苦しいぞ宍戸」 「跡部っ!」 ここで口を挟んだのは景吾。 「亮くん……景吾……」 私は急いで二人のもとへと駆け寄る。 「不動峰の橘といえども無様に負けたんだ。負けた奴を監督は二度と使わん!」 「景吾っ……!」 何か言おうとしたら、亮くんの隣に居た、あの鳳くんが口を開いた。 私は咄嗟に景吾の後ろに隠れる。 「宍戸さんはあれから2週間、想像を絶する特訓をしてきたんですよ!」 「………で?」 そう素っ気なく返事を返したと思ったら、景吾はすぐに笑って、 「バーカ…だったら俺に言うな。監督に直接言ってこいよ、みっともねえ」 普通に捕らえたら嫌味にも聞こえるけど、それは景吾なりの優しさの言葉だと分かった。 それは言われた二人にも届いたみたいで、すぐさま走って榊先生を追いかけに言った。 「……景吾、あなた…」 「俺だって伊達に宍戸の努力を見てきたわけじゃねえ。そのあいつの精神を俺は買ってる」 「……もう…素直じゃないんだから…」 「それはお互い様だろ?……ほら、俺たちも行くぞ」 「うんっ……」 「他の部員は練習を再開しろ!」 そう景吾は指示をしてから、私の腕を引っ張り亮くんたちの元へと連れて行ってくれた。 「お願いします!自分を使ってください!」 追いついた時には、亮くんが榊先生に土下座をしていた。 私は胸が苦しくなったが、同じような気持ちで遠くから榊先生を見ていた。 「監督っ、自分は宍戸先輩のパートナーをつとめこの2週間……。血の滲むような特訓を見てきましたっ!俺からもよろしくお願いします!」 隣の鳳くんも必死で榊先生に食らいつく。 二人とも必死だった。 ……この姿を見ていると、自分を見つめ直させられる。 自分は、こんなに必死になれることってあったのかな……。 考えて、すぐに首を振った。 今は二人の姿を見届けよう。 だけど、そんな二人に榊先生は残酷な言葉を述べる。 「では鳳…お前が落ちるか?」 この言葉に二人とも黙ってしまった。 私も同じように、驚いて声も出ない。 そんな時、景吾は強く、安心させるように手を握ってくれた。 少しの沈黙。 口を開いたのは鳳くんだった。 「構いません…」 その瞬間、 ファサッ…… 「宍戸さんっ!?」 亮くんは、どこからかハサミを取り出して長い髪を切ってしまった。 これには…その場に居た全員が驚いたと思う。 「いったい何を!?自慢の髪だったじゃないっスか!!」 私もつい声が出てしまいそうになった。 だが、隣にいる景吾がそれを止める。 「お前は何も言うな。……あいつが男として決めた覚悟が無駄になる」 「っ……」 景吾の言う通り……私は言葉を呑み込み、亮くんをじっと見つめる。 「………」 短く髪を切ってしまった亮くんは、ハサミを地面に置いた。 「だが…、あいつがあそこまでやるとはな」 「景吾……」 「少し待ってろ」 そう言って景吾は前へと足を進める。 「監督…そこにいる奴はまだ負けていない」 「跡部っ!?」 いつから居たのか、そんな目で景吾を見る亮くん。 「自分からもお願いします!」 景吾……。 あの頑固な景吾が、他人の為にここまで言うなんて……。 「勝手にしろ!」 榊先生はそう言って去って行った。 「ちっ、余計なことを……」 「二度目はねーからな」 「わかってる」 やっぱり亮くんは凄いよ。 人の心を……どんどん動かしていく。 景吾も、鳳くんも、榊先生も… そして、 「未胡……」 私の心も―――――― 私の心を動かすあなたの姿 (結局私は何もできなかった。いつも、あなたに与えられてばかり…) |