「っ嘘、だろ………?」


誰かが呟いた。
地区大会準々決勝。
俺達氷帝の対戦相手は、不動峰という無名校。
そこと試合が始まり、ダブルスが終わった時点であの耳障りな程煩かったコールは消えていた。


「っ……亮くん…」


俺の隣に居た日向が悔しそうに、辛そうに言った。
次はシングルス3だ。
ここはまだ地区大会。
こんなところでコケてちゃ、全国の舞台なんか行けねぇ。
俺は日向に大丈夫だと告げ、厳しい表情で負けた奴らに歩み寄った。


「お前ら自分たちが氷帝の看板背負ってんの分かってんのか?」


言うとそいつらは顔を悔しそうに歪める。


「無名校ごときに何油断してんだよ」
「で、でもあいつら本当に強ぇんだよ」


拳を握りしめて、汗だくの額を袖で拭って。
馬鹿らしい。
勝たなきゃ意味がねぇんだよ。
俺で勝ってみせる。
そして、不動峰との試合も終わりへと近づけなきゃならねぇんだ。
少し離れたところで、心配そうに俺達を見つめる日向の為にも。


「俺が20分で終わらせてやるぜ」
「宍戸だ!」


俺がラケットを人差し指で操りながら踏み込むと、途端にコールが戻った。
何故か今だけは、この氷帝コールが心地良いものに思えた。

相手は大将の橘……とかいう男だ。
随分と早いお出ましだが、相手もそれだけ俺達との試合を厳しく見てる証拠だ。
この際相手は誰だっていい。
俺は、この試合に勝つまでだ。


「これより、シングルス3を始めます!」


俺は初っ端から気合を入れてサーブを打った。
この試合だけは負けちゃだめだ。
絶対に。

こんなところで終わる氷帝じゃねえ。
こんな――――――地区大会の準々決勝なんかで。

俺達は勝ち続けなきゃだめなんだ……。
負けたら、だめなんだ。
全国へ。
……それに、何より、
負けたら俺は正レギュラーから落ちる……。
それが怖いわけじゃない。
寧ろ、プレッシャーとなって俺の力を引き出す。

気配で分かる。
日向の視線が。
俺に向けられているのを。
そうだ。
俺は今、
氷帝の全てを背負っているんだ――


「……よう、もう充分楽しんだろ」
「!」
「そろそろ前出てもいいよな?」


俺たちは勝ち続けて、
日向を連れて、
全国へ――――――





未胡side



「ゲームセット!ウォンバイ、不動峰橘6-0」


無情にも告げられた結果を、ただ一人理解できないかのように立ちつくしていた亮くん。
この試合で、氷帝の負けが確定した。
コートで茫然と立ち尽くす亮くんを、どれだけの部員が見ていただろう。
恐る恐る周りを見渡してみると、悲しそうに俯いている人がいたり、怖いくらいの表情をしている人も居た。
その視線の先に居る亮くん。
手を顔に当てて表情を誰にも見せないようにしている。
私はそんな重量のある沈黙に耐え切れなくなり、亮くんの所に向かおうとしたら、


「嬢ちゃん、」
「っ……侑士くん」


落ち着くように肩に手を置かれた。
そして、一人にしてやれ、と首を横に振った。
私は唇を噛み締めた。
こんな時、私は何もしてあげられない。

慰めてあげることも
元気づけてあげることも
何も―――


「………!」


瞬間、ふと、ある存在に気付いた。
ぱっと後ろを向いてその存在を捜す。


「っ、景吾……!」


テニス部に居る以上、そこのルールは教えてもらった。
勿論、敗者切り捨てだということも。
亮くんは負けてしまった。
だから―――


「………」


コートへと向かう為に私の横を通り過ぎようとする景吾の顔を見つめた。
そこには、私の目に気付いているのに、無視して通り過ぎる景吾。
振り向いて呼びとめようとも思ったけど、これから挨拶だということに我慢した。
その時の亮くんの悔しそうに歪めた顔を、私は忘れない。

あなたは今、何を考えているの?
「自分の所為だ」と嘆いているのなら、「貴方の所為じゃない」と慰めてあげたい。
「悪い」と泣きそうな顔で謝るのなら、「大丈夫」と言って安心させたい。

そして、私は貴方の為に、
ある事をしてあげたいの―――





ただ、勝利を求めていて
(試合後の俺には何も聞こえなかった。ただ、希望が失われた気がした)