試合が終わった俺達にすぐさま駆け寄ってきたのは日向だった。


「お疲れっ!」


そして、用意していたのかドリンクとタオルを俺達に手渡す。
俺はそれを使って汗を拭き取った。


「あーもうっ!今回は負けちゃったC〜…」
「ふふ、でも凄い接戦だったよ」


落ち込んでいる……いや、それは見た目だけだな。
俺の勝ちが決まった瞬間のジローの顔は、心なしか清々しいように見えた。
あいつはやっぱり、勝利より楽しさにこだわってるな。


「むぅー…」
「ほら、拗ねないの」


それでも日向の前で勝てなかったことに納得はいっていないようだ。
頬を膨らませているジローを日向はポンと頭を撫でた。


「次は負けないからなっ!」
「おー。いつでもかかってこいよ」


そう言い放ち、俺達から離れたと思ったら遠くにいる忍足に試合を申し込み始めた。
忍足はこれからダブルスやからあかん!とか言ってる。
ジローは駄々をこねるように頼み込んでいた。
……元気なやつだな。


「勝てて、良かったね」
「……つっても、楽勝ってわけじゃねーからな」


いくら氷帝のレギュラーとはいえ、仲間とはいえ……。
全国を目指す俺としては今の試合じゃ物足りねぇ。


「……それでも、かっこよかったよ」
「……え?」
「あんなにテニスの試合が迫力あるものだとは知らなかった」
「…あ、あぁ…」


一瞬びっくりしたが、試合のことを言っていると気付くとすぐに気持ちを抑える。
……最近、日向は気にかかるような言動が多いような気がする。


「私、……思わず、魅入っちゃった」


試合を思い返すように、囁くような声で言った。


「ははっ、ありがとな」


少し言いすぎのような気もしたが、悪い気はしないから笑って返す。


「もう、冗談じゃないんだからね」


俺の笑い方が馬鹿にしたように見えたのか、日向は上目で俺を見て頬を膨らます。
それが可愛くて、思わずどきっとしてしまった。
ふいに、顔を背ける。


「今日の部活は終了だ!各自、片付けろ!」


跡部の声で部活が終わる。
時間っつーのはなんか早いな。


「行こっか。宍戸くん」
「ああ…」


日向は跡部を待たないといけないから部室の外まで一緒に行った。
途中後ろから岳人が飛び込んできたのはわざとだと思うけどな。





「なぁ、宍戸」


部室に入るなり、忍足が話しかけてきた。


「……なんだよ」
「自分、今日の試合嬢ちゃんの為に頑張ったみたいなもんやろ」
「はぁ?」


当たってる。
……だが、相手が忍足だから素直に頷けるわけねえ。
一生ネタにされる。


「ち、ちげーよ」
「嘘だー。何回も日向のこと見てたじゃねーかっ」


岳人はこういう時だけよく人のこと見てるな。
試合とかは形振り構わず突っ走ってるくせに。
今はこいつら二人と帰っているから、まぁその話題になったらしばらくは続きそうな予感がするわけで…。


「そういえば今日の数学の…「嬢ちゃんも宍戸のこと応援しとったもんな?」………」
「宿題…「宍戸も真剣そうだったし〜?」…」


こいつらのコンビネーションは半端じゃねえ。
テニス以外でもそうだとは知らなかったぜ。
そんなにも俺をネタにしたいのか。


「っ俺はただ、マジで勝負に真剣になってただけで……」


半分は本当だ。
だが、半分は確かに日向の方に集中はしていた……。
嘘をつけるタチでもないから、俺の口は言いながら引きつる。
それに忍足が気付いたのは、俺は知らなかった。


「まぁ、ええんちゃう?誰かの為に頑張っても。それもええことや」
「………」


何かいきなり語りだしたぞ。


「宍戸はほぼ自分のことしか考えんし、嬢ちゃんが居ることで……」
「………」


岳人は胡散臭そうなものを見るような目で見ていた。
が、俺はちょっと耳を忍足の言葉に向けていた。


「…宍戸が、恋に生きるような奴になっても俺は…」
「誰が恋に生きるだよ」


ハンカチを取り出して演技をしている忍足の腹部を蹴った。
予想していたのか忍足はひょい、と避けたがそれでも当たったには当たった。


「冗談や。まぁ、今は自覚したなくても、そのうちくるで。自覚せざるを得ない時が」
「うるせー。もう忍足の言葉何か聞きたくねー」


俺はじゃあな、と言い残して先を進んだ。
岳人はおー、と言っていたが、忍足はまだ笑ってた……しつこい野郎だ。


「………」


だが、帰ってからの俺の頭にはある言葉が響いていた。

そのうちくるで。自覚せざるを得ない時が

……何だよ。
一体、何なんだよ―――





隠していたい気持ち
(俺自身も、まだ確信が持てないんだから)