部室から出ると、まず目についたのがフェンスの外に居るギャラリー。 真ん中にはいくつかのコートがある。 懐かしい。 3年になってから、まだコートに立ってないからそう思うのか……。 「さーてっ、今日も日向が居るから頑張るぜー!」 「あほ。嬢ちゃんが居らん時も頑張り」 「わーってるよ!ただ、日向が居た方がやる気が出るって思っただけだよ!」 横のダブルスのペア同士はそんな事を言いながらコートに入っていった。 ギャラリーはその姿に気づいたのか、すぐにキャーキャー耳が痛くなりそうな声を上げる。 その声援の真ん中に行くと、鼓膜が破れっぞ。 「宍戸くんは行かないの?」 「え?……あぁ、日向か」 突然の声に俺は驚かされる。 ……いや、声の主はすぐ分かるんだが。 女子はフェンスを越えた……部室やテニスコート付近には入れないからな。 だから、反射的に女子の声だと思うと驚いてしまう。 「驚かせちゃった?」 「あ、いや……別に、んなことねぇよ」 「久しぶりだからってビビってんじゃねーだろうな?」 日向の横から声が聞こえた。 この声は嫌だと思っても本人が判ってしまう。 憎たらしい口調に一度聞いたら忘れそうにない声。 「……跡部」 「3年になって初めてだよな?てめぇがコートに入るのは」 「………んだよ、それがどーしたってんだよ」 つーかな、跡部。 俺が部活に来れなかった大半の理由にはお前が絡んでんだぜ。 「景吾、そんな意地悪言わないの」 「………ふん」 日向は言うのを止めてと促しているのか跡部の服の裾を引っ張る。 それに気づいた跡部は俺からそっぽを向いた。 「ごめんね。それと、部活頑張って」 「ああ、サンキュ」 そして日向が俺に向けてくれた微笑に俺も少し笑みが零れる。 「……んじゃ、そろそろ練習行くかな」 「ああ。お前は2年の頃と同じシングルスのメニューをこなしてろ」 「ああ、わかった」 俺はそれを聞いてすぐにコートへと向かう。 準備運動としてまず走んなきゃいけねーが、それでも身体を動かすという行為が嬉しくてたまらなかった。 「……ねぇ、景吾」 「何だ?」 「これでレギュラーとは会ったのかな」 「ああ。3年は、今のとこあれが正レギュラーだな」 「そっか…。じゃあ、2年生は?」 「それはこれから決まってくるが、とりあえずは樺地が入るだろ」 「あ…樺地くん!うわぁ、懐かしいなぁ……後でまた挨拶しなきゃ」 「ああ、そうしてやれ。樺地も喜ぶ」 「うん」 俺は走りながら、二人の様子をチラチラと見ていた。 ……いや、別に気になるってわけじゃねーんだけどよ。 跡部と話してる時の日向の微笑は、いつもより綺麗で。 その視線の先には跡部が居るから、遠くから見てみるとほんと、お似合いっつーか…。 まぁ、跡部も外見はいいみたいだからな。 それ以外は認めねぇけど。 走っているときに時折聞こえるギャラリーの会話にも二人について話題が出ていた。 「あー……日向さんと跡部様が話してる」 「しかもすっごい仲良さげだし……」 「悔しい……けど、お似合いよねぇ」 会話を聞く限りじゃ、日向を悪いように言ってねえ。 憎悪より、羨望。 そんな感情が他の女子にはあるみたいだ。 だから、俺は少し日向は凄いと思う。 ……よく皆が噂してるが、テニス部にはファンクラブってのがあるらしい。 そん中でも跡部が一番熱狂なやつが多いとか……。 女子が個人的に跡部に近づくのをそいつらは好かないらしい。 もしそんなのが発覚したら虐められるとか、ないとか……。 そんな噂をよく聞いていた。 俺はどうでもいいけどな。 でも、日向は違う。 生まれ、立ち振る舞い、跡部と幼馴染ということ、容姿、性格……全てが非の打ちどころのない。 って、周りは思ってる。 だから虐めには発展しないだろう。 それは忍足や跡部も話してた。 だから俺も少し安心している。 「おーいっ!宍戸〜宍戸〜!」 「……あん?」 考え込みながら走っていると、覚醒しきってるジローの声が聞こえた。 俺はゆっくり立ち止まってコートを見る。 すると、ジローが俺に向かって走ってきた。 「俺とシングルスの試合しない?久しぶりにさ〜っ!」 「お前と?」 「うん!1ゲームでもいいからさ〜!」 ははーん。 もしかして、日向にいい所を見せたいとかからか? ……それに俺を使うってのは少し気に入らねぇが。 ジローの純粋な気持ちが表れていて断ることはできなかった。 「ああ、いいぜ。でも、俺も他にメニューがあるから本当に1ゲームマッチな」 「いいよ〜!よし、んじゃ早くやろう!」 と、余程早くしたいのか俺の腕をコートに引っ張ってくジロー。 「ちょ、少し落ち着け!俺まだラケットベンチにあるっつの!」 「え?あはは、マジ?んじゃー俺先に行くね」 「ああ」 飛び跳ねてコートに向かうジローを見送って俺もラケットを取りに戻る。 ……覚醒したジローの相手は疲れるな。 でも嫌じゃないし、逆に試合となると楽しくて顔がほころんでしまう。 ベンチに置いたラケットを見つけると、ついでにタオルもないか辺りを見渡す。 すると、白いタオルが俺の目の前に飛び込んできた。 ……じゃなくて、横から渡された。 「はい、宍戸くん」 「あぁ……サンキュな」 「今から試合なんだね」 「まーな」 俺は日向からタオルを受け取る。 そのタオルで滴り落ちる汗を拭った。 「頑張って。私、応援してるから」 「お、ありがとな。……でも、いいのかよ?」 「ん?何が?」 「どうせ、ジローに応援とか頼まれてんだろ?」 「あ……うん、だからジローも応援するよ」 やっぱり。 ジローは日向に懐いてるな……。 「だったら無理しなくていいぜ。ジローを応援してやれよ」 「でも……」 俺の言葉に対して何か言いたそうな顔をする日向。 少し俯いたが、すぐに俺の目を見た。 「私は……宍戸くんに、勝ってほしいかな」 「……え?」 小さな声で少し聞き取りにくかったが、それでもちゃんと内容は聞こえた。 それでも、確定はしていないからもう一度聞き返す。 「あ、ほら、ジローが待ってるよ。早く行ってあげないと」 それも呆気なく、すぐに日向は俺の背をコートへと押す。 振り向いてみると、日向は笑顔で見送る体制を取っていたから俺は仕方なくコートへと向かう。 ……違う。 深く考えるな、俺! 胸の鼓動が速くなり、熱くなる感情を落ち着ける。 今の言葉に深い意味なんて無いんだ。 そう……き、興味! ジローとは幼馴染だからプレーは見たことあるだろうが、俺のプレーは見たことがない。 だから、ジローと比べたら俺の方が見たいかな、という程度なんだ。 それなのに……落ち着け俺の心臓っ! 俺の願いとは裏腹に、どんどん速くなる鼓動。 後ろに日向が居ると思うと急に体中が熱くなる。 何でだよ……。 君と他人との違うところ (他のやつなら『サンキュ』で終わる言葉なのに……あいつだと、違う……) |