「…………げ」 私は朝目覚めて早々携帯を凝視する。 若からのメールやら着信やらの履歴が結構な数残っていた。 昨日はあれだけ話してから携帯は放置して寝ちゃったからな……。 今になってよくよく考えてみたら、若に失礼っていうか心配させるようなことしちゃったかも。 私はとりあえず今日の夜また電話するとメールを打ち、学校へ行く準備をした。 もちろん、昨日と同じ時間。しばらくは続けようと思う。 そうして学校に着き、また同じように準備を始める。 立海のコートや道具も大分使い勝手が分かってきてスムーズにし終えることができた。 準備が一通り終わり休憩していると、 「今日も早いな」 「おはよう」 「おはようございます」 真田さんと柳さんが1番に来た。 二人とも驚いた様子もなく声をかけてくれる。 「今日は、幸村部長は…?」 「ああ、あいつももうすぐ来るだろう。俺たちも、いつも一緒に行動しているわけではないからな」 幸村さんが居ないことに首を傾げると、柳さんがそう答えた。 と言っても、私はどうして幸村さんが居ないのか見当がついている。 ……まあ、それは明日に回すとしよう。 「おはようっ!」 そして少し遅れて神田と幸村さんが一緒に来た。 神田はどうやら、昨日のこともあって早く来るようにしたみたい。 「梨花子か。今日は早いんだな」 「うん、昨日弦一郎に怒られちゃったからね」 「そう怒ってないだろう。それに、こうしてすぐに改善できるところがお前の良い所だ」 「そうだよ。梨花子が気にすることなんて何もないのに」 柳さんと真田さんは感心したように柔らかい表情を作る。 幸村さんにも庇われるようなことを言われ、神田は少し嬉しそうな顔。 ま、こうなることは想定内なわけだけども。 「な…何だかすみません。私がはりきっちゃったせいで…」 「ううん、夏姫ちゃんのせいじゃないよ。私が少し気を抜いちゃってただけだから」 そう言って、またにこっと笑う神田。 見た目は確かに悪くないから、笑うと可愛らしく見える。 男を騙すにはもってこいの……笑顔。 私はそんな作り物の笑顔を見て、微笑を作った。 「おはよう」 「はよー」 「プリッ」 「おはようございます」 続いてゾロゾロとジャッカルさん、丸井さん、仁王さん、柳生さんが来た。 時間は部活開始10分前。やっぱり切原が最後か。 「お、珍しく梨花子が居るな」 「珍しくって…もう、失礼だよ、ジャッカル」 「やはり、朝から梨花子さんに会うと清々しいですね」 「本当?そう言ってもらえると嬉しいなー」 神田が居るからか、空気が明るい。 私は居辛くなっただけだけど。 丸井さんも、苦笑いを浮かべている。 「間宮は今日も早いんじゃな」 「あ、はい……」 仁王さんが私を見つめながら言う。 私は愛想笑いをしながら、仁王さんがスキンシップをしてこないか警戒していた。 「ちょっと手、見せてみんしゃい」 「………え?」 まさか堂々と言ってくるとは思わなかった。 私は意図が分からず困っていると、仁王さんは強引に私の掌を掴んだ。 そのことには少々他のメンバーも驚いているみたいだった。 柳生さんは注意しようか引き剥がそうか迷っている様子だし。 神田は…信じられないとでも言いたげな目で私たちを見ていた。 「じゃけどな、コートの準備はやらなくてもいいんじゃよ?」 「え…っと……」 「お前さん一人では大変じゃろう?掌に、傷ができちょるよ」 「………」 仁王さんは私の掌にある、準備をする際にできた傷やマメをそっとなぞる。 その優しい目つきと手の感触に、私は今の状況がうまく飲み込めなかった。 「のう?間宮が来る前は1・2年の仕事だったし、間宮は部室内でできることをやればよかよ」 「それもそうですね…女性一人では、確かに大変ですね」 仁王さんの言葉に柳生さんが同意する。 そのことでようやく私は自分の置かれている状況に気付き、仁王さんからぱっと手を引っ込めた。 一応、恥じらっているという風にできたと思う。 突然のことで理解できなかったけど……私は今、心配されているんだ。 「い…いえ、私なら大丈夫です!それに、仕事ができる方が嬉しいですし……」 そして、私は反論した。 仕事を他の…マネ以外の人物に取られることを避けたかった。 私が仕事をしている≠アとが重要なのだから。 それが部活時にできる私のアピール。 「だが、一人でやることが非効率的なのは明らかだ」 「平気です。私は、どうしても皆さんの役に立ちたいんです。…やらせてください」 仕事が奪われる状況を打破するために、私は頭を下げる。 頭を下げてお願いすると、それ以上皆は何も言わなくなった。 「いいんじゃないかな。間宮さんがそう言っているなら」 「幸村部長…」 「そういう心は大切だと思うし、やりたいと言っているものを止めさせるわけにはいかないからね」 珍しく柔らかい口調で……私を真っ直ぐ見て、言ってくれた。 私は少し驚きながら幸村さんを見ていると、 「だから、君にお願いするよ。頼むね」 そう言って…目を細めて笑った。 私は心の中で「よし」と呟きながら、表面上で皆にお礼を言った。 「ギリギリセーーーーーーーーフ!!」 と、ここで部室のドアを開く音と大声が同時に響いた。 その正体は切原。私たちは一斉に切原の方を向く。 「どうッスか?時間ぴったりっしょ!」 ちらりと時計を見ると、7時丁度……部活が始まる時間だった。 すると真田さんが一歩前に出て、切原を見る。 「ふ、副部長……?」 「本来ならば5分前には到着しているのが理想だが…。お前にしては、よくやったな」 「!」 素直に切原を褒めた真田さん。 丸井さんや柳生さんは珍しいとでも言いたげにそれを見ていた。 「やったね、赤也!弦一郎に褒めてもらったね!」 「うす!」 すかさず神田が切原の前まで来て頭を撫でて、それを嬉しそうに切原は笑って返した。 私はそれを見て、心が締め付けられそうになった。 こうしていると…ただの、仲の良い部活仲間なのに。 どうしてあんな悲劇が起ったのか。 どうして皆変わってしまったのか。 どうして姉が消えてしまったのか。 悔やまれる。本来ならばここに居るのは私じゃなくて…姉のはずだったのに。 そして神田と同じように切原を褒めていたはずなのに。 ……私は、下唇を噛みながらその光景を見ていた。 「じゃあ、部活を始めようか。皆着替えて」 そう幸村さんが切り出し、私と神田は奥の部屋に入った。 その時は神田は始終無言で……私も、何も言わずに準備を進めた。 初日の頃とは明らかに空気が違っているのは肌で感じている。 さっきの仁王さんの行動は予想外だったけど……いい刺激になったかも。 「梨花子先輩、今日もよろしくお願いします」 「……うん、よろしくね」 神田の醜い心を刺激する、いいスパイスに……ね。 私にはちんたら立海で過ごす時間なんてない。 早く姉の無念を晴らしたい。真実を明るみに出したい。 早く……早く……神田の素顔を暴きたい。 そして、立海の奴らに奪われたもの全て、奪い返したいから。 これから少しずつ……神田の嫉妬心をつつき始めないと。 ×
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