午後の授業も終わり、帰りのHRが終わった後。 「先生、その荷物、どちらへ運ぶんですか?」 私はたくさんの書類を抱えた担任教師へと近づく。 そしてそう声をかけると、担任は驚いたような様子で、 「3階の生徒会室だが…」 「私が運びます」 「え?」 「早く校舎内を覚えたいですし、何かお役に立ちたいので…」 私は優等生らしく、頼み込むような態度で接する。 すると先生は疑問を浮かべるどころか、むしろ大歓迎といった様子で、 「そうか。間宮は優しいんだな」 と笑顔で任せてくれた。 私も笑顔で頷き、先生を見送る。 「……ということだから、部長に少し遅れるって伝えておいてくれないかな」 「本当にお前、お人好しだな……」 私と先生の会話を聞いていた切原は、呆れた様子で言った。 私が苦笑いすると、切原は溜息をついて、 「……俺が手伝ってやろうか?」 なんて言い出した。 私は首を振って、 「大丈夫よ、これくらい一人でできる。それに、部活に遅れたら危ないんじゃない?」 「げ、それもそうだな…」 私が首を傾げながら言うと、切原も今朝のことを思い出したのか苦い顔になる。 その様子を見て、私はくすっと笑い、 「ふふ、今度は怒られないようにね」 「わーってるよ。んじゃ、また部活でな」 そう言って、私は手を振って切原と別れた。 切原の姿が消えた瞬間、私は振っていた手で拳を作り下ろす。 ………笑顔が増えて、私を受け入れ始めたことは計画通り。 だけど……あいつらの笑顔を見ることが辛いという気持ちも大きくなる。 憎いと思ってしまうことも事実。 そんな複雑な心境のまま、書類を持ち教室から出た。 そしてそのまま、3階の生徒会室へと向かう。 角まで来て、私は立ち止まった。 「……少し早かったかな…」 時計を見ながら呟く。 私が何故ここまで来て生徒会室に入らないのか。 それは、あの中に柳生さんがいるから。 毎週火曜日に生徒会室で委員会が行われると、姉の日記に書いてあった。 そして、それに参加しているのは真田さん、柳さん、柳生さんの3人。 その中で今日私が狙っているのは柳生さん。3年生の中でも比較的崩しやすそうな人物。 あの人は真田さんの手伝いでよく生徒会室に訪れるとか。 これは絶好のチャンスだと思い、私はわざと用事を作ったというわけだ。 「っ………来た」 そんなことを考えている間に、生徒会室の扉が開く。 一番に出てきたのは、狙い通り柳生さん。 真田さんも一緒に出てきたからヒヤッとしたけど…どうやらまだ会議が続いているのか外に出たのは柳生さんだけだった。 真田さんは風紀委員長だからかな。 そして柳生さんがこちらを歩いてくるのをじっと待つ。 もうすぐというところで私は数歩下がり、歩みを始めた。 そして、 「きゃっ!」 「っ、」 私はタイミング良く柳生さんとぶつかることができた。 散らばる書類。尻餅をつく私。 柳生さんはよろけたものの、倒れるまでの衝撃はなかったみたい。 「す、すみません…大丈夫でしたか」 「わっ私こそすみません!前、見えてなくて……っ」 「……もしかして、間宮さんですか?」 平謝りしている私に、柳生さんはそう声をかける。 不安そうに顔を上げると、驚いている柳生さんの顔があった。 「や…柳生先輩……」 「やっぱりあなたでしたか。お怪我はありませんか?」 「あ、だ、大丈夫です……」 紳士という異名の通り、尻餅をついている私に手を伸ばす柳生さん。 私は躊躇いの気持ちもあったが、ここは振り切って柳生さんの好意を受け取った。 「す、すみません…柳生先輩こそ、大丈夫ですか?」 「少々ぶつかっただけなので平気ですよ。ああ、お手伝いします」 「わ、悪いです先輩!」 しゃがんで、書類を集める柳生さん。 私も慌てて書類に手を伸ばす。 そして数分かけて二人で全部の書類を集め終えた。 「ありがとうございます、柳生先輩」 私は何度も頭を下げてお礼を言った。 「お気になさらずに。当然のことをしたまでです」 「本当に…ありがとうございます」 「ですが、女性一人にこの量は関心しませんね。どなたですか?あなたにお任せしたのは」 どこか、不満そうな柳生さんの顔。 紳士と呼ばれるこの人のことだから、心配してくれると思っていた。 「それは……お恥ずかしいんですけど、自分から…」 「え?」 「すみません…少しでも役に立ちたくて…それで……」 ばつの悪そうな顔をして、俯いて語尾を小さくする。 こうしてか弱い雰囲気を漂わせれば、誰も責めることなんてできない。 「そうでしたか…。あなたは本当にお優しい人なんですね」 「とんでもない!現に、柳生先輩にご迷惑をおかけしましたし…」 「そんなことありませんよ。頑張っている人の、お手伝いができるなんて光栄です」 「……あっ、」 そう言って、柳生さんは歩き出した。 その方向はもちろん、生徒会室。 「や、柳生先輩!私が運びます!」 「この距離です。少しくらい私がお手伝いしても構わないでしょう?」 「でっでも……」 「頑張る姿勢はいいですが、人に頼ることも大切ですよ」 その言葉に私は何も言えなくなったかのように黙り、そのまま柳生さんの親切を受け取った。 そして生徒会室に書類を運び終え、再び廊下に出た。 「本当にありがとうございました…」 「お礼は結構ですよ」 言いながら、微笑する柳生さん。 「今朝のことといい、あなたは本当に努力家ですね」 「そ、そんなことないですよ」 「……あなたの姿に、少しだけ勇気づけられる気がします」 「……えっ」 少しだけ沈んだ声で告げた一言。 その言葉に私は首を傾げると、 「失礼、なんでもありません。それより、よろしければ一緒に部室まで行きませんか」 「あ……すみません、まだ教室に荷物を置いてあるので」 「ああ、それなら仕方ありませんね。では、先に行きますね」 そう言葉を交わし、柳生さんと別れる。 その背中を見送り……私も教室へと戻る道を辿った。 柳生さんが紳士と呼ばれる理由、実際に会って言葉を交わして分かる気がした。 姉の日記にも、ただひたすら優しい∞紳士的≠セと書いてあった。 その言葉が本当に似合う人だと思った。 世間一般ではね。 でも、自分にとってマイナスになる人間には、ころっと態度を変えるんでしょう? 姉に対するような…酷い態度に変えるんでしょう? なんて都合のいい人。そして残酷な人。 そんなあなたに一番似合う言葉は似非紳士≠ネんですよ。 そのうち……思い知るといいですね。 ×
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