そして私はレギュラーたちよりも早く出、教室に入りすぐに座る。 昨日のように同級生が集ってきて話しかけられた。 その言葉に適当な返事をしていると、HRが始まるギリギリの時間に切原は戻ってきた。 私は、大きな溜息とともに席に着いた切原に向けて声をかける。 「随分と遅かったね」 「ああ…真田副部長の説教が長かったからな」 「大変だね」 「全くだぜ。つーか、お前早く来すぎ」 少し呆れているともとれる切原の表情。 それに私は苦笑いで返す。 「……聞いたんだ」 「まあな。副部長に、3回くらい見習えって言われたぜ」 「ごめんね、タイミングが悪くて」 「別にいいって。いつものことだし。それにしても、お前張り切りすぎだろ」 「ええと…つい気合いが入っちゃって」 「はぁ…そんなにマネになれて嬉しいのかよ」 ジト目で私を見る切原。 その表情の裏にはどんな気持ちが隠れているのかは知らない。 だけどまだ少し疑っている感は窺えた。 私のこの早起きアピールが、媚を売っているように見えたのかもしれない。 私は何度目かの笑顔を作る。 「違うよ。マネになれたことじゃなくて、皆のサポートができるようになって嬉しいの」 「……え?」 「私、人の役に立つのが好きなの。…よくお人好しって言われるけど」 「………」 瞬間、切原は黙って目を逸らした。 …どう?切原くん。 人の役に立ちたいと思うことも。 お人好しだと思われるところも。 姉にそっくりでしょう? 「変……かな?」 急に黙った切原に、少し心配そうな表情で私は聞く。 さあ、あなたはどうする? 「……そう、だな。なかなかそんな奴いねえよ。お前みたいなお人好し」 …驚いた。 てっきり…誤魔化されるか無視をされると思っていたら。 ばればれな作り笑いをして、そんなことを言うなんて。 姉が貶められた頃の切原からはあり得ない行動だった。 ……どうやら私は、自分でも思っている以上に今の人間像の好感度は高いみたい。 「どうした?間宮」 「う、ううん…なんでもない」 私は誤魔化すようににへらと笑うと、 「おいこら切原!私語は慎め!」 「って、俺だけッスか!?」 HR中だったため、担任教師が切原に怒号を浴びせた。 話していた私には何も言わなかったため、切原は若干不貞腐れている様子だった。 「………なんか、ごめんね」 「いいって、気にすんな」 ……なんてね。 こうしてフォローを入れておくのも、気配りができるアピールとして大切だと聞いたことがある。 どこぞの青春ドラマみたいなやり取りをして、そのHRは終わった。 そしてつまらない授業の時間を流れるように過ごして、昼休み。 クラスメイトに誘われてお昼を済ませ、私は颯爽とある場所へと向かう。 そこは、ある人物行きつけの場所。 「柳先輩」 「ん……間宮か。どうした」 その場所とは、図書室。 目の前には、参謀と言われるほど頭が切れるデータマンの柳さん。 姉の日記に、本を借りに行くと必ずと言っていいほど柳さんが居ると書いてあった。 今朝も思ったけど、この人は三強の中でも一番崩せそうな人。 「少し聞きたいことがありまして…今、お時間大丈夫ですか?」 「ああ、問題ない」 そう短く答えると、柳さんは本を閉じて私を向かいの席に座るように促した。 私は席に座ると早速話題を切り出した。 「単刀直入に言います。テニス部の皆さんのプレイスタイルや特徴を教えてください」 「……プレイスタイル、だと?」 「はい。…あ、これは別にスパイ目的とかではなくて、その、マネをするからには知っておいたほうがお役に立てるのではないかと思い…」 テニス部の人たちは皆、私が氷帝から来たことを知っているから。 保険としてそう言っておく。 すると柳さんは軽く笑い、 「お前がスパイをするなど思っていない。素直に驚いただけだ」 「そ、そうですか」 「ああ。今までそんな風に積極的なマネージャーはいなかったからな」 柳さんの表情が柔らかくなった……と思う。 この人はあまり表情を変えないから分かりにくいけど、声のトーンが少し穏やかになったから…きっと私を素直に受けて入れてくれている。 下手に出れば出るほど、上手くつけ入れられるタイプね。 「それで、どうして俺に聞こうと思ったんだ」 「その…柳先輩はデータテニスをすると聞いて」 「なるほど。そうすると、大まかな情報は得ているんだな」 ……でも、確かに頭が切れるというのは厄介。 少しでもミスが出れば、後の行動に影響すると思わないと。 「はい。氷帝に居た頃に、聞いたことがあります」 「そうか。…では、全部教えることは時間の都合上できないが、お前にとって必要であろうデータは教えてやる」 そうして、昼休みの短い時間だったけれど、柳さんは細かくデータを教えてくれた。 おまけ程度に、真田さんの鉄拳制裁のことや切原の赤目についても。 「……ありがとうございます。とても勉強になりました」 「いや、礼はいい。熱心に聞いてくれて、こちらとしても教え甲斐があった」 頭を下げると、柳さんは首を振ってそう言った。 「それにしても、今朝も思ったがお前はよく頑張っているな」 「いえ、私なんてまだまだ……完璧に皆さんをサポートできるのはいつになるやら…」 「そう慎ましいところもお前の良いところだ。あまり卑屈にならなくていい」 ……柳さんに真っ直ぐ褒められ、私は苦笑いをする。 どうやらこの人は、他人にあまり左右されず自分の意思で人を評価しているようね。 それが姉の時はどうだったか…分からないけれど。 今の私は、嫌われているということはないみたい。 「だが、」 それだから余計に、 「あまり頑張りすぎるな。気持は有り難いが……今の俺たちには、刺激が強すぎるかもしれない」 「あっ…す、すみません…」 「謝らなくていい。……お前が悪いわけじゃないからな」 こうして心配をさせてしまうようだ。 私が頑張ってアピールすればするほど、レギュラーたちの好感度は上がっていく。 だけど、それに伴うように…危険度も増していく。 柳さんが真実を知っていたのかは分からない。 知らなかったとして…今のような言葉は、私と姉の姿が被ってしまうことを危惧している言葉なんだろう。 そうすると、必然的にレギュラーたちの気持ちは困惑したり落ち込んだり…もしかしたら憤ることもあるかもしれない。 そう全てを見渡して、最善の策を見出そうとするのがこの人だから。 「それでは、また何か気になることがあったらいつでも聞いてくれていい」 「はい…今日は本当にありがとうございました」 私は最後ににこりと笑顔を見せ、静かに立ち上がる。 そして図書室を出て…少し歩いたところで大きく息を吐いた。 柳さんも何とか警戒心は解けたかな。 その為にわざわざ知りたくもないことを聞いたんだから、当然の結果とも言えるかな。 念のため、教室に変える道のりでミスを犯さなかったか顧みる。 ……うん。多分大丈夫。 しっかりと、熱心な後輩マネを演じることができていたと思う。 それから教室について、また退屈な午後の授業を受ける準備を始めた。 そして、次なる作戦を心の中で考えることにした。 ×
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