そして翌朝。私は昨日と同じ道を辿り学校へと向かった。 ただ、朝練にも参加するから時間は早めだけどね。 校門をくぐり、真っ直ぐ部室に行くと静かなテニスコートが見えた。 「うーん……流石に早く来すぎたかな?」 誰もいない。私以外。 時刻は……6時30分。部活が始まる30分前だ。 早く起きるのは、氷帝でのマネの仕事を朝早くにこなしていた分苦手ではないけど…。 さすがにこんなに早く学校に来たのは初めてかもしれない。 だけど、こうでもしないとアピールができないからね。 私のやる気と、純粋にテニスを想う気持ちをね。 「一人のほうが、かえって気楽かも」 早速部室に入って着替えて、準備を始めた。 コートの準備、タオルの用意、ドリンク作り……やれることは全てやった。 そして、ちょうどドリンクを冷蔵庫に入れ終えた頃。 真田さん、幸村さん、柳さんが部室に入ってきた。 「おはようございます」 「む……早いな」 「本当だね。真田より早く来る子、初めて見た」 「気合い十分のようだな」 真田さんは驚いたように、幸村さんと柳さんは笑いながら言った。 いきなりビッグ3が現れるとは……予想はしていたけど、少し驚いた。 「気合い、か。時間でも間違えたのかと思ったよ」 「いえ…先輩たちはいろいろとお疲れかと思って、少しでも役に立てばと思っただけです」 いろいろ=c…って言ったのに。思いつくことは一つみたい。 言った瞬間、3人は微妙に表情を変えた。 もしこれが切原や丸井さんだったら、あからさまな態度をとっただろう。 「そうか…気を遣わせてしまったな」 「…だが、お前が心配するような何もない」 「それもそうだね。俺たちはいつも通りだし、……君には何も関係ないことだからね」 さすがというべきか…大人な対応をするのね。 決して本心を曝け出さない。……柳さんは少し、済まさなそうな顔をしたけれど。 「精市、その言い方はあまり良いとは言えないな」 「……すまない。つい癖で、余計なことを言っちゃうんだよね」 癖……か。 私には、意図して言っているようにしか見えないんだけど。 この3人の中で崩せそうなのは…柳さんかな。 もともと冷静な人だし、姉に暴力を振るったことはない。 もしかしたら、姉の死後で何か気付いたかもしれないし、気付こうとしてくれたかもしれない。 ……なんて、私の考えすぎだろうけど。 「皆さん、どうかしたんですか?」 「なんじゃ、妙な組み合わせやのう」 続いて部室に入ってきたのは柳生さんと仁王さんの二人。 二人は私たち4人が立って話をしているのを不思議そうに見た。 「ああ、間宮さんが早く来ていたからね。少し話をしていたんだ」 「へえ…皆さんより早く、ですか。それは珍しい」 「そういや、コートも準備されてたな…」 二人が私に視線を向ける。決して敵意のない、単純に驚いているだけの視線。 私がすかさず挨拶をすると、二人も普通に返してくれた。 ほら。人の好意を得るなんて……意図してやればこんなに上手くいく。 「凄いのう。今までこんなマネ見たことなかよ。褒めちゃる」 「あ、はは……ありがとうございます」 触るな。人殺しの手で。 そう叫びたいのを抑えて、私は大人しくされるがままになっていた。 せめて同じ年だったら…振り払っても、恥じらいで済まされるかもしれない。 だけど、今の私は大人しく純粋な女の子を演じている。 振り払うなんて真似、できない。 「仁王くん!あなたは気軽にスキンシップをしすぎです」 「おーおー、お堅い奴が騒ぎだしたのう」 仁王さんはひらひらと両手を肩の位置で振って逃げる。 柳生さんはふうと息を吐いて、 「すみません。ご迷惑をおかけしました」 「いえ……」 この場に神田がいなくてよかった。 こんなところ見られたら、一気に標的にされるところだった。 神田が来たらこんな隙を見せないようにしないと……。 苦笑を浮かべながら呟くと、再び部室のドアが開いた。 「お、よかった、ギリギリじゃん」 「そうだな。……って、まだ着替えてねえのか?」 「皆、おはようっ」 入ってきたのは丸井さん、桑原さん、神田だった。 校門辺りで出逢って、ここまで一緒にきたという感じかな。 「って、皆集まって…何かお話してたの?」 「ああ、間宮さんが早く来て準備をしてくださったんです」 「それより、3人とも遅刻寸前とはたるんどる!少しは間宮を見習ったらどうだ」 柳生さんと真田さんが説明する。 説明をしなくて済んだのはいいけれど、真田さんのその発言は私的に少しアウトだ。 ばっとこっちを見る3人。神田は「何してくれてるの?」というような目で。 私は慌てたような素振りでフォローを入れた。 「は、早く来たというか…っ、その、早く目が覚めてしまっただけで…!」 「そんなに謙遜するな。準備の手間が省けて有り難い」 そう言うも、柳さんが首を振ってそう言った。 私は続きを言えなくなり、その場で小さくなる。 こうすれば、神田にも企みがあって私が早く来たとは思わないだろう。 「梨花子も、新入りに教わることがあるかもしれんのう」 「ま、雅治までっ…」 「ふふ、いいんだよ、梨花子は。部活中に頑張ってくれてるからね」 「精市……」 仁王さんが意地悪を言うように言う。 少し困ったように呟く神田だけど、すかさず幸村さんがフォローを入れていた。 庇うほど、その女が大事みたいね。 まあ、誰もがからかい程度で神田に言っているのは目に見えているけど。 「その頑張りは認めるが、遅刻寸前に来るのは直してもらわんとな」 「弦一郎……わ、わかったよ」 規律に厳しい真田さんが最後にそう言って、着替える為に私と神田は奥の部屋に向かった。 その時の神田の大人しいこと……こっちが笑ってしまいそうで大変だった。 わかる?私がわざわざ早く来た理由。 一つは、レギュラーの信頼を得る為だけど……。 もう一つはね、あんたのその顔が見たかったからだよ。 どう?少しだけ惨めな気持ちになれたでしょ? 部屋について、勢いよく神田が振り返って私を見た。 慌てて、私は真顔になることに集中する。 「夏姫ちゃん……頑張るのはいいけど、程々にね?」 「……すみません」 「えっと、働いてくれることは有り難いのよ?ただ、あまり無理をしちゃ後々辛くなるだろうと思って……」 神田の言うことも大概可笑しいことばかり。 素直に言えばいいのに。 お姫様である私の下僕たちに媚を売るな、って。 そう言えないのは、私がまだ使える駒になる可能性があるからでしょ? 少しでも楽してレギュラーたちとお話したいからでしょ? 「私の心配なんて…平気ですよ。身体だけは丈夫ですから」 「でも…」 「それに、早く準備を終わらせたほうが洗濯が楽なんですよ。部員全員のタオルを洗うのは少し骨が折れるので」 氷帝は準レギュラー以降は全て自分たちでやっていたけど…。 立海はそういう隔てがないから。全てマネがやらなければならない。 そういうところが大変っていうのは本当。 何回にも分けて洗濯機を回さなきゃいけないからね。 「そう…わかった。一生懸命やってるのを邪魔しちゃ悪いわね」 神田はあっさりと引いた。 それは何故か? 私に魂胆がないことが分かったから。 早く仕事を終わらせて、レギュラーと友好を図ろうとしているのではないか。 それだったらいち早く潰す必要があるだろうから。 でも私は違う。別の仕事を終わらせたいから。 そう言うだけで安心できるなんて……単純で馬鹿な人。 「はい。では、今日もよろしくお願いします」 「うん、よろしく」 「赤也!今頃来たのか!」 「うげえっ!ば、バスが出遅れてたんスよ副部長〜〜!」 隣の部屋で真田さんの怒号と切原の焦り声が聞こえた。 どうせ、遅刻か何かだろう。 切原が遅刻の常習犯だということは既に知っている。 「あーあ…こんな時に遅刻なんて、赤也もついてないわね」 「あ、あはは…」 神田の言葉に私は苦笑いで返した。 そうして着替え終わり、私の宣言通り、レギュラーとはほとんど関わることのないまま朝練習は終わった。 |