洗濯を終えて、干す時間になっても…神田は戻って来なかった。
私が居るからか、安心してレギュラーたちとお喋りができるようね。
確か、姉と神田がマネになるには3ヵ月の時間差があったのよね。
先に神田がマネになって……それで、後から姉が丸井さんに誘われて…。


「……おい」


考え事をしながら洗濯物を干していると、誰かに声をかけられた。
私は表情を柔らかくして……振り向く。
その相手は、


「お前、どうしてマネになんかなるんだよ…」


丸井さんだった。
丸井さんには、何かもっとはっきり言いたいことがあるみたいだけど…さすがに言えないようで。
悲しそうに顔を歪ませているだけだった。
……馬鹿ね、この人。
もし私が何も事情を知らない子だったら……そんな顔を見せて、余計に不安にさせるだけなのに。


「どうして、と言われても…」
「あの事件…知ってんだろ……」
「……知っています。だから、テニス部には人手が足りないんじゃないかって…」
「っ、余計なお世話なんだよ!」
「………」


拳を強く握り、言う丸井さん。
決して視線を合わせようとしない……そんな丸井さんを見て、私は眉が寄った。


「頼む。後悔する前に……マネ、辞めてくれ」


ああ、この人は…同じことが起きると思っているのね。
私がまた…姉のように、神田に虐められると。
そう思っているから、こうやって警告みたいなことをして私を辞めさせようとしている。
本当に馬鹿。姉の死から何も学んでいない。


「……どうして、そんなことを言うんですか?」
「なっ、」
「私、ただテニス部のサポートがしたいだけなんです。テニスが好きなんです。だから…後悔なんてしません」


本当に守りたいのなら、本当に誰かが傷つくのを見たくないのなら……行動で示して。
何もしなかったから神田は調子に乗るんじゃない。
姉は自殺なんてしたんじゃない。
何一つ、守れなかったんじゃない。


「っお前……」
「先輩が何を心配しているのかは分かりませんが…。私は大丈夫です。ほら、早く練習に戻らないと。先輩たちが探していますよ」


貴方の目に、私はどう映っているのかな。
健気な後輩?……そう見えているのなら、私の演技は上出来かな。
今はこうやって心配していても…私が神田に気に入られていると分かれば、こんなこと言わなくなる。
それまでの我慢。この人は……何もできない人だから。


「では、私も失礼します」


私はにこっと笑ってお辞儀をして…部室に戻った。
残った丸井さんは、どこか複雑そうな顔で私を見ていたけれど。
部室に戻ってタオルを準備していると、


「夏姫ちゃん。タオルの用意はできた?」
「あ、はい。今ちょうどしていたところです」
「そう、さすが元氷帝のマネね。準備が早くて助かるわ」
「ありがとうございます」


ふらっと戻ってきたと思ったら、タオルを持ってまた出て行ってしまう神田。
その潔いとも言える態度に、私は呆れて溜息が出た。
レギュラーの人も、よく気付かないわね。
それは神田への贔屓目があるから……なのかしら。


「まあ……どうでもいいけど」


もうそろそろ部活も終わる。
今日で大体、要領を掴むことができた。
明日から本格的に動くことができる。姉の日記を頼りに。


「待ってなさい…馬鹿なお姫様」


私は窓から見える……楽しそうに話をしている神田とレギュラーの姿を見て呟く。
私の計画に狂いはない。だからその憎らしい笑顔を見るのも我慢できる。
全てに気付いた時、一体どんな顔を見せてくれるのかな。
私が満足できるような顔を見せてくれるといいんだけど。


「じゃあそろそろ、部活終了の合図をかけようかな」
「そうなの?じゃあちょっと待ってて、夏姫ちゃん呼んでくるから」
「む。もう名前で呼んでいるのか」
「そうよ。夏姫ちゃん、とっても良い子だから」
「へえ……それはよかったな」


外の様子がざわざわしている。どうやら部活が終わるみたい。
そして神田が部室の方に駆け寄ってきたと思ったら……。


「夏姫ちゃん、号令がかかるから、外に来て!」
「はい、今行きます」


笑顔の神田を見て、私も同じように笑ってついていく。
そんなふうに笑っていられるのも、今のうちですよ?
せいぜい、楽しめるといいですね。


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