私はゆっくりと階段を上がり……姉の部屋へと入った。
そこには見慣れた光景。
落ち着いた色で統一された……姉の部屋。
普通なら、私はベッドに、姉は椅子に座って話をしている部屋。
それが……こんなにも空気が重くて、色々な匂いが充満した部屋に変わるなんて。
私は姉の居ない部屋に違和感を感じながらも、一歩、また一歩と進んだ。


「………警察の人、来たのかな…」


私は気力を失った瞳で部屋を見回す。
綺麗好きの姉にしては、少々部屋が散らかっている。
母が疑われるということは、まだ姉の遺書が見つかっていない証拠。
警察は遺書も探していたのかな……。
そう思いながら、私は姉の学習机に向かった。


「……これ、」


綺麗な飾りがついている写真立て。
ああ……覚えてる。これは私が去年姉に贈った誕生日プレゼント。
一番大切な写真を入れてねって、念を押したっけ……。
てっきり私は自分とのツーショット写真を入れてくれると思ってた。
それでも中に入っていたのは私との写真じゃなく……。


「お姉ちゃんの大好きな、立海テニス部の皆だ」


何の写真を中に入れているのか……今まで気になっていた。
自分の写真じゃない事に今は少し悔しいけれど、立海のテニス部の皆なら私は文句は言えない。
姉が、あんなにも優しそうに幸せそうに、テニス部の皆のことを話すから。


「…………どうして、お姉ちゃん」


何で自殺なんかしたの?
何か嫌なことでもあった?苦しいことがあった?悲しかったの?
それは私には言えないことだったの?
少しくらい、相談してくれてもよかったのに……!
私じゃあ何の役にも立たないって思ってたの…?
他に周りを見回しても、特に変わった物はなかった。
これじゃあ本当に、姉が何を考えていたのか分からない……。
その時、ふとある思い出が蘇った。

「夏姫は日記、つけないの?」
「え…だって、すぐに忘れちゃうもん」
「ふふ、夏姫は三日坊主なんだから」
「……お姉ちゃんが几帳面すぎるの」
「日々の出来事は、何でも書き残したくなっちゃうの」
「……じゃあ、今日はなんて書くの?」
「夏姫が遊びに来てくれたこと」


……そうだ、日記だ。
姉は中学に上がった頃から毎日日記をつけていた。
それは特別楽しかったことや、小さなどうでもいい出来事まで、全部。
とにかく、姉は日記を書くのが好きだった。


「確か、ここに……!」


そうとなると話は早い。
何でも書き残す姉のことだから……きっと、日記にだって。
私や母には言えなかったことが書き残されているのかもしれない。
私は机の引き出しを開け、奥を探る。
そして、引き出しに入れるには少々厚めの、日記帳を見つけた。


「あった…!」


その少しアンティーク調の冊子の表紙には、確かに日記帳と書かれてあった。
私は急いでページを開く。そして古いページから新しいページへと遡っていった。
すると、最近になるにつれて書く内容が短くなっていることに気付いた。
私はページをぱらぱらとめくり、ふと目についたのは一昨日のページ。



6月4日

もう、覚悟はできてる。何もかも捨てる覚悟を。
……そう思うと、何だか少し楽になる。
皆のあの顔を見ても、怖いとも思わなくなる。
慣れちゃったのかな。
私がいなくなれば。
私が消えれば。
楽になれる………。
あと少し。

あと少し。



その分を見て、私は不可解なワードがあることに気付いた。
皆=c怖い=c…?
覚悟と言うのは自殺をすること?
だとしたら、その気になるワードが自殺の原因に関係ある…?
私はそう思い、もう少し古い方へとページを遡った。



5月29日

苦しい。
もう死にたい。



「っ……」


私はふと目についたそのページを見て、何だか胸が熱くなった。
一体どうして姉がこんなことを……?
不思議と手に汗が滲む中、私は更にページをめくる。



5月17日

今日も、テニス部の皆に殴られた。
私の意見なんか……もう、聞く気もないのかな。
私が何も抵抗しないと思うと、次は罵って。
どうして……信じてくれないの?
私が一体何をしたっていうの…?
身体の節々にできた痣が痛い。
動くだけで痛むよ……。
それ以上に、
心が痛いけれど。



「テニス部…!?」


私はそのページに書かれた内容を凝視した。
とても信じられない内容。
テニス部に殴られた……そうはっきりと書いてあった。
テニス部って…立海のテニス部のこと…だよね?
姉が大好きで、すごく幸せな場所だと言っていた……あのテニス部のこと、だよね?
そんな人たちがどうして、姉を?
姉が何か悪い事をしたの?いや、姉はそんなことする人じゃない。
じゃあ………姉が虐められていた?


「そんな、ことって……!」


私は一度に信じられないことを押し付けられたような気がした。
それでも見なければならない。私は……真実を知りたい。
そしてまたページをめくる。めくる。
そこからしばらくは似たような内容だった。
テニス部の皆に暴力を振るわれた。
クラスの子に物を投げつけられた。
○○くんに酷い事を言われた……内容は様々でも、まるで姉が虐めを受けているかのような内容だった。
そして、
私はようやく見つけた。



4月24日

私には何がなんだか、さっぱりわからない。
理解しようとする前に……皆は、すでに答えを出してしまっていた。
私が……私が梨花子ちゃんを虐めているということを。
そんなありもしない…梨花子ちゃんが作った嘘なのに。
誰も私の否定の言葉を聞いてくれなかった。
それどころか、私を怒って……泣いている梨花子ちゃんを慰めて。
どうして梨花子ちゃんはそんな嘘を言うの?
私のことが嫌いだったのかな……。
それでも、私は皆が信じてくれない事が悲しかった。
私は皆の事が大好きなのに。皆はきっと、私の事を大嫌いになった。
それだけは……今、私に分かること。
あれだけ優しかった皆が…あんなに怖い顔をするなんて。
………初めて受けた鉄拳。口から血が出ちゃった。
それでも……何回も話し合いをしたら分かってくれるよね?
だから、明日もう一度皆に話をしてみよう。
私は皆を信じているから。



その内容で、私は全てを悟った。
4月24日……そこから姉の苦しみは始まったのだと。
梨花子とかいう女に騙されたのだと。
そして立海テニス部の皆から虐められるようになったのだと。
それが全校へと広まってしまったのだと。


「っどう、して……!!」


私は、どんどん頭に血が上っていくのを感じた。
立海テニス部への怒りが、私の感情をどうにかしてしまうのかと思うくらい。
心の底からテニス部を憎い、憎いと思い……すごく感情が高ぶった。
日記帳を閉じ……きつく拳を作って、床に何度も叩きつけた。
ああ……だめだ。怒りや悔しさや悲しみ、色んな感情が混ざって……涙が出てくる。
どうして姉が虐められないといけなかったの?
どうして姉が自殺まで追い込まれないといけなかったの?
どうして、どうして……!


「…………?」


私はふと、日記帳から何かがはみ出ているのに気付いた。
そして何か挟まれているページを開く。
そこは、昨日の出来事が記されているページだった。
私は少しだけ昨日の分の日記に目を通し……挟まっていた、白い封筒を取った。
それは紛れもない、姉の遺書だった。
私は封を開けてみて…中に書いてあることを読んでみた。
そこには両親や私への謝罪。自殺という行為をして後悔はしていないといった、ごく普通の遺書だった。
姉の決心がひしひしと伝わってくる遺書を見て……私は悲しみというより、怒りを感じた。
文面で、姉は謝罪ばかりしていた。
自殺に追い込んだのはあいつらなのに。そのことに一切として触れずに。
ただ自分が決めたから……ごめんなさいと、親不孝でごめんなさいと。
それだけが書いてあった。
姉は何も悪くないのに。悪いのは…立海大付属なのに……!
きっ、と私は写真立てに飾られてあった写真を睨む。
全て…あいつらの所為なのに……どうして姉はそのことを告白しないの?
どうして……

どうして姉は、未だ写真立てにあいつらの写真を飾っているの?


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