「………どういう、ことよ」 青木が訝しげに麻央に聞く。 対する麻央は、静かに、 「……確かに今なら、あなたの首を締めることもできるわ」 「………!」 「でも、それはアタシが澪の身体を借りているから」 「っまだそんなことを、」 「どうしても信じないというのなら、教えてあげる」 麻央はくすりと笑うと、壁にもたれた。 「あなたの夢も、もう終わりだということを―――」 青木は何が起こるか分からず、麻央を見つめることしかできなかった。 そして、自分の予想をはるかに超えた行動をとることを、まだ知らない。 目の前の澪≠ェ、笑っていたと思うと……力が一瞬で失われたように、がくんと膝から崩れ落ちた。 青木は驚き、壁にもたれ眠ったように目を閉じている澪≠見ている。 「……ちょっと、何してんのよ…」 黙ったままでいることに腹を立てたのか、青木は眉を寄せて聞く。 だが、答えは澪≠フ口から返ってくるはずもない。 かわりに、 『どこに話しかけているの?』 澪の意識から抜けた―――――麻央自身が青木に声をかけた。 「!!」 青木はそれを目にして、驚きに後ろへ後ずさる。 目の前にいるのは、澪と同じ姿。 ただ違うのは……身体が透けているということだけ。 「………澪、?」 『何とぼけたことを言っているの?アタシよ、アタシ』 麻央は小首を傾げ、青木を見つめた。 その、困惑と恐怖に冷や汗を流している青木を。 「ま…さか、麻央=c…!?」 ようやく喉から絞り出した言葉。 その言葉に、麻央は満足げな表情で、 『そうよ…。やっと、アタシの存在を信じてくれたようね』 「……っなんで、」 『簡単に言うと、成仏できなかっただけよ。だからこっちに来て、復讐を企てたってわけ』 「!」 青木の額にあった冷や汗が、頬を伝う。 常識ではありえない事が目の前で起きているからだ。 『ふふ、素敵よ。その表情……あなたがいつもしている、不気味な笑顔よりもずっと』 麻央も我慢することがなくなったからか、余裕の様子だ。 「なにを……っ死人のくせに!」 『………』 「自殺した人間に、何が出来るって言うのよ!」 青木は冷静を欠いて、そう声を荒げた。 対する麻央は何も言わず腕を組んだ。 その瞳は、どことなく暗い。 『死んだ人間に、何ができる………か』 「……そうよ、あんたみたいなこの世に居ちゃいけない存在に…」 『………』 「私の邪魔なんてさせない!……さっさと、消えたらいいのよ!」 青木はそう吠えた。 ……それに麻央は黙る。 何か考えているのか。 それとも、反応できないのか。 訪れた沈黙に、青木は少し息を吐いた。 そして、 『……あなたの言う通り、アタシはもうすぐ消えるわ』 「………ふん」 『でもね、アタシはただでは還らない』 「?……」 『あなたも一緒に、堕ちない?』 ひどく静かな麻央の呟きに、青木は言葉を失った。 『もちろん、復讐を終えてからよ』 「……な、」 『くすくす……こんなのどうかしら?』 麻央は余裕のある笑みで、青木を見る。 『まず、アタシがあなたの意識を奪う』 「!?」 その言葉に、青木は脳裏に澪の姿を思い出した。 澪がぐったりとした瞬間、何もなかった空に麻央が現れた。 それは…澪の意識を麻央が奪っていたということ。 それだと澪の態度がおかしいっていう今までの辻褄が合う……。 だから、麻央の今の言葉は決して脅しではなく、可能な事実。 『そうして…アタシはあなたの振りをして、テニス部の前で事実を話すの』 青木が頭の中で考えている間にも、麻央は楽しそうに話している。 『「澪ちゃんを虐めていたのは私。ごめんなさい」って……そうしたら、皆どんな反応するかしらね?』 麻央の言葉に、青木は悪寒が走った。 そんなことをしたら、 『今度はあなたが、澪みたいになる番よねぇ?』 澪みたいに虐められる。 テニス部だけじゃなく、学園全体から。 無視されて、罵倒されて……。 そのうち、存在さえ認められなくなる。 青木は、考えるだけで恐ろしくなった。 『澪を虐めていた張本人だもの。どうなるかなんて、考えたくなくても分かるでしょ?』 今まで澪に向けられていた憎悪が―――――私に向けられる。 「……っあ……、」 青木は頭を抱えた。 無意識に、震えているみたいだ。 『……どうしたの?顔色が悪いけど』 「っそんな……そんなことをしたら、パパが、」 『あら、結局はそこに頼るのね』 だが、そんな青木の考えも麻央はお見通しだった。 『それなら、自分で罪を償いましょうか』 「っえ……?」 『大丈夫。アタシに任せて。アタシがあなたの中に居る時は、あなたに感触も思考能力もないから』 麻央は何かを理解しているかのように言っている。 だが、青木は麻央の考えの一片も理解できなかった。 何が言いたいのか。 このまま麻央の話を聞いていると、自分はどうなってしまうのか。 『ふふ、こんなシナリオはどう?』 そんな自分の恐怖の色を気にしないで、目の前の麻央は物語を語るかのように話し始める。 ×
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